37.イブキの異常
リビングは、なんとも言えない空気になっていた。
対面に座る父と姉が、同じように顎に手を当てて目をつむっている。2人とも表情が変わらないけれど、どうやら相当に悩んでいるらしい。
イブキは異常。
マシキが携帯電話経由で、魂から直接僕の体を走査した結果らしいんだけど、ただその細かい内容までは分からないまま。だからこそ、精密検査って言ったんだけれど、じゃあどんな検査が必要なのか、それが分からないんだと。
客間に機人さんを寝かせに行っていた母が、リビングに戻ってきた。入ったところで立ち止まって、首を傾げる。
「篤紀さんも桃華も、どうしてそんなに難しい顔で悩んでいるのかしら?」
「分かるのかい?」
「当たり前よ。何年家族をやっている思っているのよ」
そう。確かに僕らは、家族なんだ。
姉も僕も母、芽依から産まれてずっと育ててもらった。
でも僕だけが、ハーフエルフだ。
「いや、弟よ。問題はそれじゃないと思うぞ」
「……僕、何も言っていないよ?」
「そうね。新参のわたしでも分かるわ。イブキは間違いなく、ここの家族よ」
『私も、DCミモザに同感です。その上で、マスター。識別名『イブキ』は異常であると見解されます』
「ふむ。恐らくだが、魔力飽和が深刻化したのではないかね?」
謎の声に、全員が周りを見回した。父に母に、姉に幸彦さん。ミモザと、あと僕の携帯電話の中にいるマシキ。
誰も言葉を発していない。全員で顔を見合わせて、お互いに首を振る。まずいな、いよいよ幻聴が聞こえるようになっちゃったのかな……?
「いや、そこでお約束の反応はせぬでもよいのだが……」
何のことはない、オルフェナだった。
「ごめん。オルフェナの存在を、完全に忘れていたわ」
「……」
ミモザの言葉に、完全停止したオルフェナ。いや無理じゃないかな、どうしてわざわざテーブルの下にいるんだよ。
そっとオルフェナを抱え上げて、向かい側の姉の膝の上に載せた。姉の口から、フフって声が漏れる。ちらっと顔をのぞき見ると、相変わらずの無表情(喜色満面)だった。ほんと、機械系の人って表情筋動かないな。
「それで、魔力飽和ってもしかしてまた僕の魔力増えたの?」
「我の魔力感知では、間違いなく増えておるな。ちなみに例の、空間の揺らぎ昇華ツアーとやらが始まってからの増加量が桁外れなのだが。桃華殿、現在の進捗状況はわかるかね?」
「今のところ200万人弱、全乗員の二割といったところか」
「止めるわけには、いかぬのだな?」
「そうだな。執行部側が存在昇華を推進しているのもあるが、完全に順番待ちの人気ツアーだからな。中断なんてすれば、間違いなく暴動が起きる」
「そんなに人気なの?」
「ああ。そもそもこの方舟に乗る人なんて、新天地を望んで宇宙に飛び出せるほどの、いわゆる現実より夢を選んだ人たちだ。それが人間の枠から抜け出せると言われたら、喜んでそこに向かうだろうな」
「うむ。だがそのせいで、イブキ殿の魔力量が増加している。そして、今後も増加し続けるであろうな」
つまり、増えるのはもう確定。その上で飽和しないように、消費し続ける方法を確立しないといけないってことか。いやマジでどうしよう。
魔力って、結晶化とかできないのかな……?
「何て考えたから、こんなものができました」
「いや篤輝よ、何を言っているんだ」
「ほら、これ」
手のひらを開いたと同時に、桃華の膝の上にいたオルフェナがぶわっと膨らんだ。いやすごいな、体積が倍くらいになったぞ。
ただどうやら分かったのはオルフェナだけで、他のみんなは首を傾げている。
感覚で分かるこれ、余剰魔力を自動的に吸収してくれる。容量無制限で、どこの収納魔法に入れてあっても効果がある、とんでも魔法。僕の魔法だからね、絶対にやってくれるって信じていた。
それを虹色宝箱に放り込んだ。それだけで膨らんでいたオルフェナが戻った。
「これ携帯電話の中でいいよね」
『待ってくださいマスター、さすがにそれは――』
虹色宝箱を携帯電話の背面にかざすと、スッと消えた。それだけのことなんだけど、何だか頭がすっきりとする。体も心持ち軽くなった。
ふと、全員が目を見開いて固まっていることに気がついた。
「えっと……みんなどうかした?」
「あのね、篤輝ちゃん。姿がね、戻っているのよ。髪の色が白から黒に、顔つきも私が昔から知っている篤輝ちゃんよ。耳だけがさっきまでの面影として残っている」
「だが弟は、わたしの認識だとまだハーフエルフのままだ」
「つまりあれかしら、イブキは今までが異常だったってこと?」
『私の診察も、今度は素通りしました。異常なし。マスターは今の状態が、正常だと思われます』
「さすが篤輝だな。自らの力で問題を解決したか」
「これが本来の弟君なんだね。改めて、初めましてかな?」
「しかしイブキよ、先程の魔力結晶は驚いたな。我も初めて見た。あれ一つで星が産まれる程だ」
突然みんなに話しかけられて、思わず苦笑いが漏れた。いやほんと、みんなどうした。
「じゃあこれで、まず最初の問題は解決したってことだね」
「ああ。そうだな、全部解決だ」
ちょっとした違和感。
「全部? まだ機人さんの対応が残っているよ?」
「篤輝、キジンとはなんの話だ?」
焦燥感に、不安感。思わず息を呑んだ。
「だって、客間に休んでもらっているんじゃ……」
「篤輝ちゃん。客間には誰もいないわよ。さっき届いたみんなの布団を、積み上げてあるだけよ」
「おお、母さん。頼んであった雲布団が届いたのか。今夜からしっかり寝られそうだ」
「ちょっとイブキどうしたのよ?」
冷や汗が出る。
弾けるように立ち上がって、部屋を飛び出した。
「いない。確かに布団だけがある……」
まるで世界が改変されたような、恐ろしいほどの違和感を感じた。
居間にある全部で6人分の布団セットは、まだビニール袋に覆われていて、わざわざ調べるまでもなく新品だった。そこに、少し前に病院から一緒に戻ってきた機人の姿はなくて、異様な静謐さだけが漂っていた。
「弟君、いったいどうしたんだい?」
「そうだぞイブキ、魔力に乱れが生じておるが。どうしたのだ」
「そんなに雲布団が気に入って……って感じでも無さそうだな、どうした弟よ。何があった」
「それが姉さん――」
そうして、姉に詳細を話した。
宇宙蛸のこと、ゴブリナ星の宇宙船とゴブリンたち。出入船待機ロビーの拡張と、宇宙船から方舟船内に散らばった機人のこと。
話を進めるにつれて、機械肌で無表情な姉の顔が、それでも分かる程の困惑顔に変わる。
「それはだいぶまずいな、さっきの一瞬で時間軸か、もしくは世界線が変わった可能性が高い。今も方舟が宇宙を進航している事実だけは変わらないが、他にも影響があるかもしれんな。一度現状の再確認しないとだ」
「そんなに?」
「誰にも違和感がないのが問題なのだ。世界羊として、数多くの世界を観測してきた我ですら今回の世界改変が知覚できておらぬ。正直、今も意味が分からぬ」
ヤバいと思ってはいたけれど、僕の想定以上にまずい状態なのかも知れない。
取りあえず、居間に戻ろう。




