35.マシキ
エレベーターで都市部に戻った後、姉に引率されたゴブリンさんたちは2台のバスに乗って、都市部に向かっていった。流れが、結構強引だった気がしないでもないけれど、姉がやることはいつもあんな感じだった。今さらか。
思った以上に時間が経っていたみたいで、既に周りは茜色。もう夕刻だ。
「僕たちは、どうしようか」
「そうね。待合所でゆっくりタクシー待つ?」
「オルフェナ戻ってこなそうだしなぁ」
ミモザと2人で、ベンチに座る。
見上げれば相変わらず、ドームの外には黒焦げの蛸が張り付いていて、あれはどうやって撤去するんだろうか、なんて益体もないことを考えた。
ミモザに顔を向けると、僕と同じように上を見上げていたみたいで、僕の視線に気づいて笑顔を返してくれた。
「何だか忙しい一日だったわね」
「慌ただしかったって言うのかな、正直僕は周りに振り回されていただけなような、そんな気がしているんだけど」
「確かにそうね。イブキって、何も活躍していなかったもの」
「だよね。魔式もマシキになっちゃったし」
「違うわよ、魔式とマシキは別物よ?」
【何かご用でしょうか、マスター】
携帯電話をミモザに見せて、2人で吹き出した。
AI搭載携帯電話は前は一般的だったんだけどな。あの海底火山噴火でインターネットが事実上使えなくなって、同時に携帯電話のAIが一気に陳腐化したのは今となっては懐かしい。
「マシキは、全部の携帯電話にAI乗せるの?」
【いいえ。魔式アプリ経由の通知までは可能ですが、電脳網と魔式網は別回線のため、AIは乗せられませんね。桃華氏も携帯電話には、あえてAIは乗せないと言っていました】
「姉さんも? 何でだろう?」
「そもそもAIいらないんじゃないの? 社会基盤はゼロスタート、魔式があることで個人のできる可能性の範囲が、格段に広くなっているわ。そもそも、携帯電話がただの通信手段に退化しつつあるもの」
【仰るとおりです。私も基本はマスターのアシストで、ダンジョンの管理を代行するのが本筋ですから。余計なことはしませんよ】
タクシーがゆっくりと僕たちの前に止まった。
ミモザと乗り込んで、行き先を自宅に設定すると、その場でUターンして走り始めた。そういえば、色々と移動して現在地がどこだか分かっていないな。
壁沿いをしばらく走り、曲がって森の道に入った。
そうだ、魔式。
「なぁマシキ。僕は魔式アプリが使えないんだけど、使えるようにはできないの?」
「えぇ……イブキ、まだ諦めていなかったの?」
【閲覧までであれば可能ですが、マスターは魔式を使えませんよ】
「いや、魔式アプリが閲覧できるだけでいいよ? みんながどんな魔式生み出しているかが気になるだけだし」
「あら? 閲覧もできなかったのかしら?」
「うん。エラーのままだったからさ、マシキなら何とかできるのかなって思って」
【恐らくエラーを吐いていたのは、私が顕現する前のバージョンでしょう。今は普通にアプリを使えるはずですよ】
森を抜け、住宅地が見える丘にさしかかった。何故かタクシーが減速して、間もなくして止まった。どうしたんだろう?
「ここで止まるって、どうしてかしら。嫌な予感がするわ……」
【ちなみにですが、私は何もしていませんよ?】
「ねえ、マシキは音声対応していないの? 通知の度に画面見るの面倒くさいんだけど」
【マスターの許可が下りたので、合成音声の準備を開始します】
「えっ、今の会話って何か許可したことになるの?」
「ねえイブキ。タクシー止まってるのよ。たぶんまた、何かのイベントみたいなんだけど」
タクシーに待機をお願いして、2人でタクシーから降りた。そして気づく。
「え、誰か倒れてるよ?」
「何てお約束な……それも道の真ん中よ。作為的なものを感じるわ」
『あー、テステス。こちらマシキです。音声テストしていますが、こんな感じでよろしいでしょうか』
「いいんじゃないかな」
「もう。頭痛くなってきたわ……」
念のため片手をかざしたまま、ゆっくりと近づく。
視えたのはアンドロイドっぽい女の人。一瞬、姉かと思ったけれど、髪の色が金髪だから違うなこれは。姉は姉であれ実は、変な髪してるんだよな。黒なんだけどグラスファイバーみたいになっていて、先端から虹色の光が漏れてる。完全に電飾系。
少し離れたところからじっと見ていたら、隣にいたミモザが大きく息を吐いた。
「また余計なこと考えているわね。そこの人ね、完全に機械みたいよ。まぁ、エリクシルなら気付けとかできそうだけれど」
「できれば起こしたくないかなぁ。トラブルの元でしかないし。姉さんに電話してみるよ」
その結果、そっと抱きかかえ……られなかったので、もう一回電話して救急車を手配して貰った。いや無理だって、意味分からないくらい重いんだよ。そうじゃなかったらタクシーに乗せて、緊急車両モードで輸送して貰うって話だったんだけど。
でもこの人、何でここに倒れているんだろう?
「ちょっとイブキ、どうしよう。動いたわよ」
どちらともなく高速後退、音もなくタクシーの陰に隠れた。そっと顔を覗かせると、ちょうど上体を起こしたところで、起き上がろうとしてそのまま崩れ落ち、また動かなくなった。
ミモザと顔を見合わせる。
「なにか、電池切れみたいな感じかな?」
「ある程度エネルギー容量が戻ると、さっきみたいに動ける感じね。どうする? 次に意識が戻ったら……機械も意識って言うのかしら。取りあえず、話をしてみる?」
『データベースを照合。仮登録のゴブリナ星系宇宙船。その船員のうち、魂の照合ができなかった個体です。各船に一体ずつ存在を確認していましたが、下船した形跡がありませんでした……恐らく、何らかの方法で下船したと考えられます』
「その情報の後で、話をするって選択できないかなぁ」
取りあえずまた、姉に電話を入れる。
話をした感じだと、方舟全域に操作をかけて、怪しいところにセキュリティを派遣することになったみたい。
その間、2人とも目を離していたのが失敗の原因だったんだと思う。視線を戻した時には、倒れていた場所には姿形がなく。
「あの……助けて、いただけないでしょうか……」
足下から声が聞こえて、二人して飛び上がった。い、いつの間に……。
「えっと、具体的……って、あれ?」
「……」
そうして声をかけたところ、既に意識が落ちていたみたいで会話にならない。あれか、電話で話していた声が聞こえて、こっちまで来たってことか。隠れている意味がなかった。
そうこうしている間に、サイレンの音を鳴らして救急車が到着した。救急隊員3人だけじゃやっぱり持ち上げられなくて、僕も手を貸して何とか担架に乗せて、救急車に乗せることができた。
少し悩んで、僕とミモザも救急車に乗せて貰った。さすがに、助けを求められたのに知らないふりなんて、できないよなぁ。
そんな経緯も含めて一応姉に連絡を入れたら、弟らしいってなんだか嬉しそうな声で言われた。
弟らしいって、なんだろう?




