34.ゴブリナ星人
減圧室の扉が開き、10名の異星人らしき人たちが、出入船待機ロビーに入ってきた。鈍い銀色の宇宙服が、天井の照明を反射して虹色に光っている。
異星人たちはゆっくりと、腰の銃に手を乗せたまま周りを見回し、僕らに気がついてその場に立ち止まった。
「ようこそ、方舟へ。異星の方々、歓迎しよう」
姉の言葉に、遠目に見て全員が息を呑んだのが分かった。
全員がゆっくりと膝をつき、銃をホルスターごと腰元から外して床に置く。そのまま、頭を垂れて固まった。
「まさか、機人様がいらっしゃるとは知らず、無礼を切に謝罪いたします……」
「ちょっと待って欲しい、キジンとはなんだ? もしかして機械の機に人の字を書くのか?」
「はい。その通りです。宇宙生物に蹂躙された星から、我々を救ってくださった恩人です。戦闘機も彼らから齎されたものになります」
「なるほど。大筋理解した」
姉が手元コンソールを操作すると、制御室の扉のロックが解除された。同時に、エレベーター前の隔壁も収納されていく。
「姉さん!?」
「大丈夫だ。あと、父と母は、わたしの後ろに立っていて欲しい」
「ああ分かった、任せろ」
驚いているのは僕とミモザ、幸彦さん、オルフェナだけで、父と母なんて姉の後ろを完全にしたり顔でついていく始末。いや違うな、あれは無表情顔をいいことに完全に顔がにやついてるぞ。
遅れて僕らも、姉たちとちょっと離れたところまで進んだ。
機械系の3人で異星人たちの前に立つ。さらに異星人たちの頭が深く下げられた。
「さて、こちらとしては対等な取引を望むのだが、まず顔を上げて欲しい」
「いえ……そんな……」
「わたしたちはね、その機人とは恐らく別の存在だろう。見てもらえれば分かると思うのだが、まず3人いても全員が色が違う」
「…………えっ?」
ゆっくりと顔を上げた宇宙服の、ヘルメット越しに見えたのは緑色の顔。その瞳が驚きに見開かれていた。いや濃いな、緑。鼻の先端も異様に長いし。
この顔の造形、どこかで見たような気がするんだけど……?
「君たちは、ゴブリン種で間違いないかね?」
「えっ、ええ。何故それを……」
「であれば、生存環境は君たちの母星であるゴブリナ星とほぼ一緒であろう。もう一度言おう、ようこそ、方舟へ。異星の方々、歓迎しよう。残りの乗員180名も含め、歓待することをここに約束しよう」
今度こそ異星の方々は、深く深く頭を下げた。
【進入した船の解析が終了しました。核融合炉を主動力に、局地的な重力場制御で推進している模様。またデータベースに対消滅システムの理論データを確認、本船データにアーカイブとして保存します】
そこまで読んで、携帯電話の画面を消して、そっと待機モードにした。
いや、マシキ何してんの!?
「あのさ、姉さんはどこまで把握していたの?」
今は、異星人――種族鑑定の結果がゴブリンらしいんだけれど、一旦船まで戻って、全員を連れて来ることになっている。
彼らの星ゴブリナ星は、数年前に宇宙蛸の侵略を受けて、絶滅の危機に瀕していた。そこにさらに侵略に来たらしい機械生命体の『機人』に逆に助けられて、今は宇宙コロニーで生活しているんだって。なんとも、気の毒な経歴だと思う。
その後もコロニーに襲い来る宇宙蛸をその都度討伐している中で、今回のオクトパス13型が襲来した。多大な犠牲を強いながら撃退、追撃しつつ追った先にいたのが方舟だった。
「マキシとは通信と制御系統が異なるのだが、データベースは共通でね。随時更新されるデータを読みながら、交渉に臨んだ次第さ。彼らの種族は、直接の鑑定の結果だがね」
「姉さんの人外化が、どんどん進行している気がする……」
「ちなみにだが、現在この方舟のエンジンはメインがダンジョンコア『魔式』、補助エンジン100基がエリクシル発電機だね。SF世界が、こっち側であっという間にファンタジー変わるのは、なんとも不思議だが。しかし面白い」
「ファンタジー化は自分が大元の原因だから、何も言い返せない」
「確かに黒紫蝶は魔法世界の植物よ」
僕らは再び制御室に入って、モニターで宇宙船の様子を見ている。その宇宙船の中の様子もマシキが走査していて、今のところ怪しい動きはないそう。全員の宇宙服着用を進めている感じで、間もなく出てくるんじゃないかって、マシキが僕の携帯電話に書いてきた。
そのマキシ。どうやら僕専用らしい。ミモザも本質を把握できていないらしく、落ち着いたら調べてみようとは思っている。
「それで彼らゴブリンたちはね、本当に気の毒なくらいに被害者なんだよ。最初の宇宙蛸は捕食目的の、ただの災害だった。機人にしてみても、本質は文明への侵略であって、技術を使ってもらえれば目的は達成される」
「たまたま利害が一致したってことなんだ」
「そうなるな。だが収集したデータだと、資源限界からもうじき滅亡すると予測される。彼らは既に二度目の限界を迎えつつある」
そういえば、父と母、それに幸彦さんの姿が見えない。
見回していると、ミモザと目が合った。
「3人なら、街に帰ったわよ」
「そうなの?」
「お義父さんとお義母さんは、畑が気になるからってオルフェナを拉致して。幸彦さんは、空間の揺らぎ昇華ツアーに人手が足りないって、連絡受けたみたいね」
「いつの間に……」
「楢崎教授からね、ここはわたしたち3人に任せるとの伝言を貰っている。可能なら彼らゴブリンを住民として迎え入れたいようだ」
「え、大丈夫なの?」
「既にここは人外魔境だ。むしろ住民が少なすぎるからな、1億人予定の都市に、2000万人じゃあ足りないんだよ」
どうやら全員が宇宙服を着終えたらしく、それぞれの宇宙船から出てきた。
やがて順番に減圧室を抜けて全員が出入船待機ロビーに揃った。そして最初の10人、恐らくそれぞれの船の船長なんだと思うけれど、更衣室で宇宙服を脱いで僕らが座る会議用テーブルに着席した。
【オクトパス系の悪性ウィルス感染を検知しました。被験者の治療、及びエリクシルに抗体情報を登録。船全体への散布を開始します】
画面の通知だけ確認して、そっとテーブルに伏せた。
宇宙服を脱ぐと分かる。確かにゴブリンだ。
肌は濃い緑で、頭髪がない。長く尖った耳に同じく先端が長い鼻。やや小柄な筋肉質の体躯は、なるほどイメージのゴブリンそのものだと思う。
元々は『グギャグギャ』言っていたみたいだけど、僕らと同じ日本語を喋っていると、普通に知的な顔に見えるから不思議だ。
ちなみにちゃんと衣服は着ている。着ているものが腰蓑だけなんて、さすがに創作の中だけらしい。
「ここは空気が美味しいですね、それに体も軽い気がします。おそらくここの環境が私たちに最適なのでしょう、重ねて感謝を」
「それでさっそく提案なのだがね、全員でしばらく滞在して貰いたい。その上でいいのだが、移住を検討してもらえないかね」
再び絶句するゴブリンさんたち。
まあそうなるよね。僕が聞いても、意味わかんないもん。




