31.宇宙生物
そっと、窓を閉めて見なかったことにする。
息を吐いて、横に顔を向けるとミモザと目が合った。
「ねえ、イブキ。今、タコって言った?」
「言ったね。タコがいた」
「……上見て?」
「うん」
タクシーが大きくカーブをまわって、たぶん今度はミモザの方から見えると思う。そう思って、そっと窓の外を指さした。
窓を開けて少し顔を出すミモザ。上を見上げて、首をかしげた。車内に座り直したミモザの顔は、疑問符でいっぱいだった。
「タコね」
「だろう?」
僕たちのやりとりを聞いていた父と母も、フロントガラスに顔を寄せて上を見上げて、やっぱり首を傾げながら戻ってきた。
警報も鳴らないし、何なら非常事態とかそういった空気もなく、無人タクシーは粛々と港に走っていく。そんな非日常。
僕は携帯電話を取りだして、楢崎教授の番号をタップした。
『ああ、楢崎だ。どうかしたのか?』
「あのですね、ちょっと異常事態というか。天井ドームの外にタコがいる感じなんです」
『タコだと? ちょっと、誰か外に出て、上を確認してくれないか。ああ、頼む……いや済まないねイブキ君。今確認して貰ってる…………ああ。実際にタコらしい、が』
電話の受話口から返ってきたのは、なんとも困惑した声だった。
楢崎教授が方舟のトップだって、姉から聞いていた気がするけれど、続く声は歯切れが悪い。思わず首を傾げた。
『だが困ったな、我々にあれに対抗する手段が何もないのだよ』
「………………えっ、マジで?」
『ああ、マジだ。と言っても、何か対策はせねばな。報告ありがとう、緊急で対策を考えてみるよ』
終話ボタンを押す。
いや、マジか。そういえば方舟、元がただの都市型ドームだったわ。海から見た時も兵装を備えているような感じもなかったし、攻撃するなんて想定もしていない感じだった。
もっとも、外装を丸ごとダンジョン化しているから、防御面では完璧だとは思うけれど。
住宅地を抜けて、麓の都市部に入る。
周りを見ると、歩道を歩く人のうち結構の人数が上を見上げて慌てているけれど、それほど大騒ぎにはなっていない感じがした。未だに緊急事態宣言もない。
しかし何て言うか、新東京都だけれど都市部の人波は懐かしい東京の姿だった。
僕自身が、ずっと外縁の森林部で活動しているから、都市部にこんなに人がいるって知らなかったんだ。
そもそも方舟の乗員は2000万人だって記憶しているんだけど、これ人数だけなら海底火山噴火前の、旧東京都の人口より多かったはず。人波とかもテレビとかでしか見たことがなかったけれど、今思えば都心部ってこれが日常だった気もする。
まあ、天井ドーム外のタコは別として。
「港に着いたわよ」
「やっぱりどこでも、上を見上げているか……」
四人で車を降りて、申し合わせたように上を見上げた。ちょうど新東京湾の真上に、相変わらずタコっぽい何かが張り付いている。
脚を数えてみると全部で20本。この時点でタコではないんだけれど、ドームに張り付いている吸盤はまるっきりタコのもの。丸い吸盤側から見たことがないから、その巨大なサイズも相まってちょっと見た目が気持ちが悪い。
港でもみんな戸惑っている感じで、呆然と見上げている人も、慌てるように走り去っていく人もいて、千差万別な印象だな。まあ何にしても逃げ場も何もないんだけど。
「腹ごしらえが先か、やってりゃいいが……」
「行ってみましょう」
タコを気にしながら、携帯のマップで海鮮料理店に向かう。まだ緊急事態宣言とか出ていなかったからよかった、普通に店は開いていて母の希望通り海鮮料理を食べることができた。
もっとも、店主は外の状況を知らなかったみたいで、会計の時に話になって、一緒に外に出てぎょっとしていた。腰抜かさなかっただけ良かったと思うよ、マジで。
そうしてやっぱり、上を見上げる。
相変わらず、タコだ。
「あ、イブキ。モモカさんから電話入ったわ」
「なんて?」
「待って、いまスピーカーにするわ」
『そういうわけで、ミモザ君含め自宅待機でお願いした――』
『ギュワアアアァァ――』
そして何だかこのタイミング。タコの絶叫が響き渡った。
上を見上げると、どうやらタコが攻撃を受けているみたいだった。
レーザー光線がタコを貫き、方舟のドームに反射して再びタコを貫いていく。それが複数同時に、あっという間にタコが穴だらけになった。
首を巡らせると、宇宙空間に方舟の光を反射する何機もの小型宇宙船(?)が見えた。今度は他の生命体の侵略か?
『ミモザちゃん、聞こえているかい?』
「あ、まだ通話中だったわね。ミモザよ、いま四人で港にいるわ。ちょうど真上でドンパチやっているのが見えるわね」
「どうも、未知との遭遇とかそんな感じだね」
『その声は弟か、ちょうどいい。意見が割れているのだがどうすればいいと思う?』
「いや待って、僕の意見必要なの? そもそも、何がどうなってるんだか、全く分かっていないんだけど」
『あー、言われてみればそうか――』
説明をまとめると、あの小型宇宙船の群れは他の星の警備隊みたいなもので、あのタコ型の宇宙生物とかの、特定危険宇宙生物の駆除をするのが仕事なんだって。それで今回、タコを追っていた先に方舟がいて、そこに取り付いた。
しばらく観察していたものの、取り付いた船体――方舟が破損する様子がない。本来ならあのタコ、普通の宇宙船ならば取り付いた時点で、あっという間に潰せるほどのパワーがあるらしくて、その強度を信じて攻撃に踏み切った。
「そんな通信が入ったと」
『ああ。そういうわけで、向こうの意図が読めない。友好的な通信ではあったが、だがしかし侵略の意図がないとも言い切れん。どうすればいい?』
「それならダンジョン壁は絶対に越えられないわ。そのまま放置でもいいし、あとは設計図かなにかあれば、隔離ドッグくらい作れると思うわ。イブキが」
「え、そこで僕?」
「当たり前じゃない。あなたがダンマスなんだから」
そういえばここ、ダンジョンなんだった。
いやしかしそう考えると万能過ぎじゃないかな、ダンジョン。もしかして、外装弄ったり武器を装着したりとかもできるのかな。
「何を考えているのか何となく分かるんだけど、それは無理よ。外殻は固定だから、あくまでも進入用の扉を設置するのが精一杯ね。そのかわり外殻内部なら、相当に自由な加工できるわ」
「扉は設置できるんだよね?」
「ええ。できるわよ」
「なら武装も問題ないってことだ。扉の内側に部屋を作って、そこに火器を設置すれば全然問題なしさ」
「…………それなら、可能だわ」
『よし。話がまとまったな。なら弟よ、すまないが、もう一度こっちまで戻ってきてくれないか。あちらさんとは、もう少し対話で時間を稼いでおく』
「はいよ、向かうよ」
父と母を自宅に、と思って顔を向けたら、首を横に振られた。
「そんな楽しそうなイベント、俺たちをのけ者にしようだなんて、100年は早いぞ」
「そうよ。篤輝のいいとこ見てみたいわね」
「いやイベント違うし!?」
まあ、そういうことにになった。
そんなに顔に出るのかな。
不思議に思って顔を揉んでいたら、三人に大笑いされた。解せぬ。
あ、無人タクシーさん、また森までお願いします。




