30.空間の揺らぎ昇華ツアー
『全員、地面に伏せて頭を守るんだ』
本部棟のスピーカーから楢崎教授の声が響くも、完全に想定外の事態に、動ける人が一人もいない。幸いなことに、見送りは衝立の外側で、って注意喚起されていたから、怪我人はいない感じだけれど。
二度目の注意喚起がスピーカーから聞こえて、慌てて伏せ始めた。
空間の揺らぎの変化は、止まらない。
一条の光が地面から立ち上がり、遙か上空のドームを抜けて宇宙空間に抜けていき、一気に膨らんで広場を円形に包み込んだ。光が辺りを白く染め上げる。
空間の揺らぎを中心に荒れ狂う暴風が渦を巻き、周りの木々や建物の壁を激しく揺らした。悲鳴があちこちから上がる。地面に落ちていた落ち葉が、風に巻き上がって吹き飛んでいく。
揺らぎから、赤黒いドロリとした何かが滲み出てきて、地面に着くや否や、轟音とともに立ち上がり巨大な門に変わった。
光が外側に向かって一気に爆ぜた。
風が、音が消える。
一瞬の静寂。
全員が呆気にとられて、周りで必死に検査機器にしがみ付いていた研究者ですら動きを止めていた。
いや、どうなっているんだろう。
前回も、前々回も空間の揺らぎ進入から門が出現して帰還するまで、13日かかった。異例の事態に、一気に慌ただしくなる。
ただ、事態は待ってくれないらしい。
『ギギギギィィ――――』
両開きの巨大門が、ゆっくりと開いていく。
門からバスが、入った時と同じ速度のままゆっくりと出てきた。そして門から全体が出た後3メートルほど進んで停車した。
バスが離れてすぐに巨大門の扉がゆっくりと閉じていき、閉まった一瞬で消えた。
再び残ったのは、やっぱりなんとも言えない空間の揺らぎだけだった。
そこからは本当に慌ただしかった。
バスの扉が開いても降車を待ってもらい、ロープを張って受け入れ体制を整える。見送りに来ていた人たちがそのままロープの外側に集まったのには、さすがにみんなで顔を見合わせて笑っちゃったけれど。防壁設備がしっかり機能していたおかげで、怪我人がいなかったのは不幸中の幸いだったかも知れない。
検査棟の建物入り口に新たに設置された、センサーゲートの調整が思いのほか手間取ったらしく、降車開始まで30分ほど待つことになったけれど、まあ仕方がないと思う。予定だと13日後だったのに、即日、ほんと進入した直後に戻ってきたんだから。
「やあ篤輝。しばらくぶり、かな?」
「それが、父さん。一瞬だったんだよ……」
「いやどういうことだ?」
「僕もさっぱり。ただ、バスがあの揺らぎに消えて、すぐに門が出現してバスが戻ってきたんだよ。だから、あれからまだ数分しか経っていないんだ」
姉と幸彦さんが受け入れ調整のために本部に行っちゃったから、両親の迎えは僕とミモザ、あとオルフェナだけだった。
父と母の二人が昇華した種族は、姉の種族に近いかな? 体がそれぞれ、青みがかった金属と赤みがかった金属の体になっていた。表情筋が固定されたのまで姉とそっくりで、何だか笑えてきた。無理じゃないかな、きっと無表情で笑いをとってくるぞこの二人。
「桃華はどうしたのかしら」
「即時帰還は予定していなかったからさ、本部に幸彦さんと吹っ飛んでいったよ。どう? 体に、違和感とかある?」
「特にないのが、逆に不思議ではあるな。俺たちのこの体は恐らく金属なんだろう? まるで最初から金属だった、意識がそんな感じなんだ。これが昇華だと言われると、なるほど納得できる」
「私もよ。違和感がないことが不思議だわ」
人波が動き始めて、父と母が手を振りながら歩いていった。
改めて全体を見回すと、前回と昇華の結果が変わっているように見えた。父と母と同じように何人か同じ種族っぽい人が見受けられた。夫婦とか、親子とか、そんな括りで昇華先が決まったようにも見える。
「あー、もしかするとこれ、私たちが原因かも……?」
隣でオルフェナを抱えていたミモザがつぶやくのが聞こえた。
バスに乗っていた人たちが全員捌けて、ロープの周りにいた人たちがばらけていく。帰還手続きが早く終わった人がちらほら、無人タクシーに乗って家に帰っていくのが見えた。
父と母は……まだ出てくる気配がないな。
「ミモザ、なにか空間の揺らぎに細工したの?」
「そっちは何もしていないわ。どちらかというと、その前の話ね。ほら、みんな持っているわよね、これ」
「携帯電話……あっ!」
前回と違うって言われると、そうか魔力。
魔法――改め、魔式を方舟の住民全員使えるようになっている。今回揺らぎに乗った人が全員、携帯電話を持っていて普通に魔式も使っていたはず。それはつまり、全員が魔力を持っていたと言うことで、その魔力が空間の揺らぎに作用したのかも知れない。
「二度目に入るバスの人が原因の可能性は少しあるけれど、100人分の魔力が揺らぎに影響を及ぼしたとみて間違いないわね。ちょっとモモカさんに電話してみるわ」
「わかった。あ、父さん母さん――」
ミモザからオルフェナを受け取ってすぐに、検査棟で手を振っている二人が見えた。オルフェナを下ろし、電話してるミモザの手を引いて、二人の元に向かった。
姉で慣れたから分かる。無表情に見えて、二人ともにっこにこだ。
「種族を調べてくれてね、俺たちの種族が分かったんだ」
「私がマテリア・オリハルコニアでね、篤紀さんがマテリア・ミスリルニアだったわ。何だかとっても素敵な響きよ」
「うん。二人が普通じゃないことは分かった。それじゃあ、終わったなら家に帰る?」
「そうね、桃華と幸彦さんにも声をかけてかしらね」
「あ、それならお義母さん。モモカさん、これから次の人員を受け入れるから、夜までかかるみたいなの。だから、先に帰っていて欲しいらしいわ」
つまり、ツアー続行と言うことか。
たぶんミモザの説明で、ある程度の意見がまとまったんだと思う。方舟のトップがここに集まっているから、考察から次の判断を出すまでが速いんだと思う。
実際のところ、空間の揺らぎ昇華ツアーの申込者が膨大な人数になっていて、早く捌くために空間の揺らぎを増やせないか聞かれていたりする。まああれがそもそも、僕がどうこうできる現象じゃないからと、丁重にお断りはしたけれど。
「それならば、我もここに残りたいのだが、構わないだろうか?」
「オルフェナが? またどうして」
「あの、バスの人と少し話がしたいのだ。彼の者は人とバスの形態が完全に別のようでな、少し気になるのだ。なに、帰りは桃華と幸彦の二人を待って、我が乗せて帰ればいいであろう」
そういうわけで、僕とミモザ、あと父と母は無人タクシーに乗り込んだ。
「下手すると、あの空間の揺らぎが定着する可能性すらあるわね……」
そんなミモザのつぶやきを横に聞きながら、無人タクシーは森を抜けた。
時刻はもうすぐお昼時、そもそもこんなに早く父と母が帰ってくると予定していなかったし、何ならお昼は外食にしようって姉と話していた。
「なら、私は海鮮が食べたいわね」
そんな母の一言で、僕らは進路を港に向けて貰った。
ふと、ドームが気になって窓を開けて上を見上げた。そして、後悔する。
「…………タコ?」
ドームの天井、宇宙空間側に巨大なタコが張り付いているのが見えた。
思わず首をかしげる。
あれ、海鮮と違うよね?




