3.自衛隊の出張所
あれから小一時間。
出発するのを延期してまで色々と検証した結果だけど、魔法っぽい力についていくつかわかったことがあるんだよね。
まず、超能力じゃなかった。
ほら、テレパシーとかテレキネシス、テレポートみたいな定番能力あるよね。そう言うのとは全く違ってて、あくまでこれは物理変換なんだ。
手のひらから火を出したり、水を溢れさせたり、物理的な結果が伴う現象しか起こせないみたい。
ちなみに明かりの球、触ったら手が痺れた。たぶん電気的な何かなんだと思う。
じゃあ魔法でいいよねってなった。
次なんだけど、別に詠唱とかいらないみたい。
何となくこうしたいって意思だけで、色々と使えた。
ただ問題はあって、さっきの『ライト』は、唱えると球体のいわゆる魔法の明かり、みたいなちゃんとした魔法になるんだよね。だけど、ふわっと『明かりが欲しいな』で使ったら、電球が出てきた。
光っているリアルな電球が床に落ちて、カランって音がした。
なんで電球?
まあ、割れないっぽかったから電球っぽい何かなんだと思うけれど。
他には、水が欲しいって思ったら蛇口だけ出てきた。取っ手を捻ったら普通に水が出てきたから、蛇口の形の何かなんだと思う。
火はライター、ファイヤーボールっぽいのイメージしたら火炎放射器が出てきたから、恐らく詠唱しない場合は深層イメージが反映されるっぽい。
あとは、消費の検証もしてみた。
1ポイントをイメージしながらライトを唱えたら、フラッシュライトみたいに一瞬だけ弱く光って消えた。ウォーターは何となく湿った程度。ファイアは失敗したマッチの火でわかるかな? 詠唱魔法の最低レベルは100くらいだと思う。
逆に例の電球は、1ポイントで作ったら10分くらい光っていた。基準がわからない。無詠唱魔法が違う意味で最強なのかもしれない。
「こちらは自衛隊木曾出張所です。当出張所を利用するには、身分証明書の提示が必要になります。公的な施設のためご理解、ご協力のほどよろしくお願いします」
廃村を出発してから3時間。国道に出たところで、運良く自衛隊の除灰車両に居合わせた。
好意で後部座席に同乗させて貰って、夕方にここ自衛隊の除灰ベースに着いたわけだ。途中で通過した廃町に、徒歩だとさらに1時間ほどかかる予定だったから、かなり運がよかったんだと思う。
「マイナンバーカードで?」
「問題ありません。お借りいたします……はい。お待たせいたしました」
内心ドキドキで手続きを待つも、あっさりと手続きを終えて安堵のため息が漏れた。
もうね、無理だと思った。
だって違う人だし。ここに顔認証とかあったら、絶対に違う人扱いになっていたよ。本人なんだけどね。
「滞在に特に制限はありません。移動をご希望であれば明日は、伊那シェルターと松本シェルターに除灰予定があります。中津川シェルターであれば休日を挟んで月曜日を予定していますが」
「松本でお願いします」
「かしこまりました。担当に連絡を入れておきます」
階段を上って二つ目の部屋に入り、たくさん並んでいたベッドの一つに腰を下ろした。
夕暮れ時らしく、窓から見える灰色の景色がうっすらとオレンジ色に染まっている。部屋の角に置かれたテレビには、週間天気予報が表示されていた。
どうやら明日は雨が降るらしい。
元々は小学校か中学校の校舎だったんだと思う。
天井から鎖でつり下がっている蛍光灯が懐かしい。十数年前は、まさか未来で、世界が滅亡の危機に瀕するなんて、想像すらしていなかった。
「柏崎さん。すみません」
哀愁に浸っていたら、先ほど受付をしてくれた女性から、食事の時間を教えて貰った。
しきりに頭を下げて戻って行ったけれど、無理も無いと思う。今時、地上で活動している人なんて、自衛隊か頭がおかしい研究者だけだから。ちなみに僕は頭がおかしい方なんだけれど。
時計を見ると既に夕食の時間が始まっているみたいで、ガスマスクやタオルを外して身軽になってから、早速食堂に向かった。
家庭科室な食堂に、思わず笑みが漏れる。壁に貼られた案内書きによると、各固定テーブルで自炊とかもできるらしい。材料なんかは時価だそう。
僕はトレーで本日のおすすめを受け取ると、あえて窓際にあった折りたたみテーブルについた。温かいお茶が身に染みる。
世界、変わったわけじゃ無かったんだな。
ここまでの車内から、施設にいる人たちまで、みんな普通の日本人だった。詰まるところここは日本で、遭難する前に知ってる景色のまま。
そうなると僕は、一体何者なんだろう。
「おいっ、遭難してた篤輝が戻ってきたんだって?」
生姜焼きの絶妙な味加減に感動していたら、食堂の入り口から大声が聞こえた。いやこの声聞き覚えがあるぞ。
昨日だ。防護服姿の僕を、除灰ついでに山の麓まで送ってくれた郷田さんだ。
「郷田さんっ」
「2週間も音沙汰なしでどこにいた……って、誰だおまえ?」
手を上げた僕の方を見た郷田さんが、眉間にしわを寄せて固まった。僕も手を上げたまま固まる。
いや、まずい。
別に悪いことをしているわけじゃ無いのに、思わず目を反らしていた。
「あー、なんだ。ちょっと待ってろ」
ゆっくりと手を下ろす。
どうしよう。まさかここで知り合いに会うなんて思ってもみなかったよ。もっとも郷田さん、松本シェルター近郊の除灰担当だから、ここにいても別におかしくは無いんだけれど。
「新しい防護服はどうした? 戻ったら値段、教えてくれるんだったよな」
「あ、ちょっと待って。多分メール、来てると思う」
「…………ああ」
テーブルの向かい側に、夕食のトレーが置かれた。椅子に座った郷田さんは、訝しむように目を細めて僕を見下ろしてくる。そういえば別れ際にそんな約束をしたっけ。
ポケットから携帯電話を取り出して、電波が届いていることを確認する。癖で音を消していたから気づかなかったけれど、メールをはじめメッセージアプリに結構な数の通知が来ていた。
買った防護服の連絡はEメールだったかな。
リストをスライドさせていくと、購入先からメールが来ていた。
「えと、825万かな」
「阿呆か。防護服なんざ、噂のエリクシル付けたって10万も出せば十分だって言っただろうに」
「宇宙服とほぼ同性能だって、僕言ったよね? モノホンは15億とかするから、逆に格安に決まってるじゃん」
いつもの会話。
見上げた郷田さんの眉間からしわが消えていた。
「何があった。おまえが柏崎篤輝だってことはわかった」
「あ……」
視界が滲む。
気がつけば、昨日からの。少なくとも僕の中では昨日崖から落ちてからの、思い出せる限りの話をしていた。もちろん『魔法』の話は除いて。
食事の時間が過ぎて、窓の外が暗くなる。
話の途中で郷田さんのお腹が鳴って、二人して大笑いした。すっかりと冷め切った食事は、でもなんだかとっても温かく感じた。
やがて僕たちがいる近くの明かりだけを残して、部屋の明かりが落とされた。テーブルにそっと置かれた魔法瓶に、優しさを感じる。
「つまり、何もわからないと」
「うん」
「2週間経っている。昔から聞く、神隠しみたいなもんかもしれんな」
「どうかな。少なくとも異界には行っていないかな」
「戻ってきた人は、だいたいそう言っているらしいぞ」
トレーを洗って、食器を伏せる。
あとは、特に関係の無い話をしながら、階段を上がってベッドがある部屋まで歩いた。郷田さんはこのあと、事務室に戻って日報だけ書いてから寝るらしい。
「まあこんな時勢だ。遭難しても完全に自己責任だし、実際半年前からかなりの人が遭難から行方不明になっている。だが、よく還ってきた」
「うん……」
大きな手が僕の頭に乗せられた。
「大学に戻るんだろう? 明日は俺の除灰車だ。まあゆっくり休め」
そう言って、郷田さんは階段を下りていった。
ゆっくりと息を吐く。
ベッドに横になると、安心したのかな。すっと眠りに落ちた。




