28.魔道具
姉がうるさい。
確かにミモザは、姉も魔法使いになれるって言っていたよ。そのために、まず最下層のメインエンジンルームに行くって話だった。でもそこで、魔法使いなれるなんて一言も言っていなかったはずなんだけど。
「だが、弟よ。弟が魔法を使えるのに、わたしが魔法を使えないというのは理不尽きまわりないと思うのだが、そのところ詳しく」
「いや、詳しくも何も、僕だって何で使えるのか知らないし!?」
「ねえモモカさん、携帯電話の会社って何処にあるか知っている?」
「ああそれなら、わたしが案内しよう。地上に戻ったらまた、オルフェナタクシーにお世話になるが。ちゃん地図と場所は把握できている、任せたまえ」
「対応、違いすぎじゃない!?」
通路を抜けて、再びカードキーで隔離扉を閉め、メインエンジンルームを再びロックする。
エレベーターで地上へ。警察署で野田さんにカードキーを返却してから、外に出た。ちなみにミモザも一緒に顔を出したけれど、何も言われなかったよ。
またオルフェナに乗り物形態に変わって貰って、3人で乗り込んだ。
「場所はあそこ、新東京タワーのすぐ横になる。そこに行けば、今度こそ何とかなるんだね、弟よ?」
「だから、僕に聞かれても知らないって」
「もちろんよ。逆に体を回収してこないと、続きができなかったのよ」
「そういうことだ、弟よ。ちゃんと把握しておくといい」
「理不尽だよ……」
走り出したオルフェナタクシーは、壁を乗り上げ、屋根を走る。
ふと横を見ると、ビルの窓辺で目を見開いている女の人と目が合った。いや、びっくりするよね。大きな羊が走ってて、その背中の空間に人が乗っているんだから。
あの空間の揺らぎをくぐる人が増えれば、もしかしたら羊のタクシーも一般化するのかな、何てバカなことを夢想してみた。
しかしどうなっているのか、オルフェナタクシーの中は重力もおかしくないか?
ビルの壁を蹴ったり、高いところから落下する時も、相当な角度ついているにかかわらず、中にいる僕らは凪いでいるんだよな。外の景色だけが激しく傾斜しているって言うか。
これも一種の魔法なのかな、もしくはオルフェナの権能?
魔法と権能の違いって、何なんだろう。
「権能はな、そもそも何かを消費しているわけではないぞ。使ってて疲れたら、何となくやめようかな――程度のデメリットはあるが」
「それデメリット違うし。姉さんの権能もそんな感じなの?」
「そうだな。機械系の操作権能だが、今は通信電波を経由しててね、思考の並行処理で常に方舟内のデータとリンクしている。方舟だが、基本は自動航行だから司令室は無人なんだ。先日の上層部会議でわたしが、何かあった時に船を操作することに決まったんだ。さて、着いたな」
新東京都の中心地にはあえて赤い、古いタイプの東京タワーがある。
新東京タワーなんだけど、これ飾りらしいんだ。つまり方舟のシンボルであって、電波塔ですらないという。
皇居とか国会議事堂とかないから、物理的な中心を新東京タワーにしたって、前ホムペで読んだ気がする。
オルフェナから下りた僕らは、HTTと書かれたビルに入る。
「日本じゃないからね、HTTなんだよ」
「え、何かの略?」
「方舟電信電話が正式な会社名だな。もともとが日本国の所有で、設備自体は完全自動化されていたが、日本が方舟から撤退する際に、わたしが正式に社長を引き継いだ。まあ、社員は誰もいないがね」
なんて姉の話を聞きながら、無人のロビーを歩く。
エレベーターに乗り目的の階層、メインの通信設備があるフロアに入った。箱形の端末が部屋いっぱいに立ち並んでいる。
「ここにあるのが、通信を制御しているコンピューターだな。で、いったい何をするんだい?」
「これをまず魔道具化して、その後でダンジョンコア――今だと、最下層のメインエンジンにリンクさせるの。そうすることで、電波に魔力を乗せられるようになるわ」
「魔力を乗せる。いい響きだな」
「その後でね、末端の携帯電話を遠隔で魔道具化させて、それを魂とリンクさせるまでが流れかしら」
「ほぉ……つまり外付けの、魔法用端末か」
「さすがモモカさん。正解よ」
言っている内容が、よく分からない件について。
オルフェナは……ああ、なんか分かっている顔している。もしかして分からないのって、僕だけ?
「なあ、ミモザ。具体的に、どうなるんだ?」
「イブキの体の構造を模倣して、そのかなり劣化した機能を携帯電話に持たせるのよ」
「僕の……劣化? 前提の話が分からないんだけど……」
「仕方ないわね。イブキのために魔法について、説明するわね――」
細かい説明いただきました。
魔法を使うには、魔力が必要になる。まあ当たり前だよね。
一般的な魔法使いは、外部から体に取り込んだ魔力を使って、魔法を使うんだって。方舟がダンジョン化したことによって、空間に結構な魔素――魔力の素なんだけど、魔素が漂っている。それを使って、魔法を使うらしい。
ここまでが、一般的な魔法使いの例だね。
それで僕。
ミモザによると、どうやら体内に特殊な魔力器官があって、そこで魔力を作り出しているらしい。口から摂取した食べ物のうち、栄養素を除いたその他の物質を魔力に転化することによって、魔力を生み出しているんだとか。
だから僕は、常に魔法を使っていないと、漏れ出した魔力が特定の空間に影響を及ぼしちゃうらしい。
「そういえば、崖から落ちてから一度もトイレに行っていないぞ……」
「まあ当然よね。出す物が存在していないんだから、トイレなんて行く必要ないもの。それでね、そのイブキの魔力器官を模倣して、携帯電話に魔力器官擬きを付与しようっていう作戦ね」
「実際に、そんなことができるのかい?」
「力業だけれど、小型ダンジョンコアを末端の携帯電話に生み出して、持ち主の魂と紐付けさせて体をダンジョン化させる。それで、体の廃棄物を魔力に変換しちゃおうって作戦なのよ」
「なるほどな、納得だ。よし、ミモザ君。やるよ! さあ、さあ、さあ!」
姉がポケットからガラケーを取り出して、鼻息荒く興奮しだした。って、懐かしいなガラケー、それも折りたたみタイプのやつ。またなんともシブい。姉らしい。
曾祖父が使っていた過去の遺産なんだけど、持っていたんだな。既に電波を拾えない骨董品だったはず。
ミモザが近くの通信装置に手を触れて、僕の方に顔だけ向けてきた。
「イブキ、わたしの体に手を置いて『権能を行使して』って言ってもらえる?」
「分かった。こうか? 権能を行使する――」
その途端に、僕の体から膨大な量の魔力がミモザに向かって流れていく。
ミモザの体が紫色に光って、その紫色の光がミモザの腕を伝って通信装置に浸透していった。一台、また一台と伝播していった光が、やがて部屋の壁にまで伝わっていき、そしてゆっくりと消えた。
ミモザが通信装置から手を離したのを見て、僕もミモザの肩から手を離した。
「おおっ、おおおおっ」
顔を向けると、姉の持つガラケーが、紫色に輝いていた。それに続くように姉の体も光って、すぐに消えた。
どうやら、携帯電話の魔道具化が無事終わったらしい。




