26.昇華
オルフェナとタクシー、それから多数の研究者が空間の揺らぎに突入して二週間が経った。
まあ相変わらず僕は、ミモザと一緒に植生調整を続けていたんだけど。
虹色の箱はあれがずっと出しっぱなしで、魔力を順調に消費し続けてくれている。ミモザに確認して貰ったところ、現時点で消費魔力量としては問題ないと言うことで、ちょっとだけ安心した。
安心がちょっとだけなのは、魔法を使い続けていることで魔力総量が増えていっているらしく、将来的にはまた、別の常駐系の魔法を使わないと間に合わなくなるとか。何なら、早めに魔力総量が頭打ちとかして欲しいんだけど。
誰か、魔力大量消費系の魔法、教えてくれないかな。
助けてお願い。
「観測データに変調を確認。恐らく、最初の突入者が出てきます、カウント10、9、8、7――初動、来ます!」
揺らぎが激しく波打つ。
スパークが弾けて、ついたてに当たって爆発する。あの時と同じだ。
一条の光が地面から立ち上がり、遙か上空のドームを抜けて宇宙空間に抜けていき、一気に膨らんで広場を円形に包み込んだ。光が辺りを白く染め上げる。
空間の揺らぎを中心に荒れ狂う暴風が渦を巻き、周りの木々を激しく揺らした。引きちぎられた葉っぱが吹き飛んでいく。
揺らぎから、赤黒いドロリとした何かが滲み出てきて、地面に着くや否や、轟音とともに立ち上がり巨大な門に変わった。
光が外側に向かって一気に爆ぜた。
風が、音が消える。
静寂。
「……いや、すごいな」
誰かがつぶやく声が聞こえた。
この間は観察している余裕がなかったけれど、あらためて見てみるとすごい門だ。
両開きの朱色の門で、金具や縁取りが真っ黒。金色の紋様が人工太陽の光を浴びて煌めいている姿は、とても荘厳でなんだか恐れを感じる。
森の中だから、元から空気が澄んでいるんだけど、それがさらに透き通ったようなそんな感覚すら覚える。そういえば前回は、防護服を着ていたから分からなかったのか。
『ギギギギィィ――――』
両開きの巨大門が、ゆっくりと開いていく。
最初に扉から出てきたのは、やっぱり羊。オルフェナだった。
「オルフェナさん!」
僕の声にオルフェナが気づき、とてとてと走り始めてすぐ目を見開いて止まった。
「…………のう、イブキよ。ど、どうなっておるのだ? 何故、周りが囲まれておるのだ。それに我が乗っていたタクシーは、どこに消えたのだ?」
「確かに13日前には乗っていたよね。もしかして同化したとか……?」
「意味が、分からぬのだが。我は一瞬だったが、そんなに時間が経っておるのか? 言われてみれば、我自身が車のような気もしないでもないが――」
当然ながらそこで観察していた全員の視線が、オルフェナに集中している。キョロキョロと周りを見回していたオルフェナは、居たたまれなくなったのか僕のところまで駆けてきた。
足下に来たオルフェナを慌てて、拾って抱え上げる。
「君が弟の言っていたオルフェナ君だね。初めまして。イブキの姉、桃華だ。恐らく長い付き合いになると思うが、よろしく頼む」
「なっ……デウス・エクス・マキナだと…………!?」
「あ、そこ分かる感じなんだ?」
「ほう、オルフェナ君は『宇宙羊・改』なのだな。やはり、存在が昇華されるか」
「それに、ドラコニアンにヘパイストス、ユグドラシルまで……いったい、何が起こっておるのだ……?」
まあ、結局囲まれるんだけど。
空気を読んで、そっと姉にオルフェナを差し出した。しっかりと頷いてオルフェナを受け取る姉。目を見開くオルフェナ。
まあ、悪いようにはならないと思う。
「イブキっ! どうなっておるのだっ、この者たちは誰なのだった。何故ここが建物に囲まれておるのだ? 確か、森の途中の道だった――」
そのまま教授たちに囲まれて、一番大きな二階建ての建物に入っていった。
未だ何かを待つように開いている門の周りに、立派な4棟の建物が建っている。僕もこの2週間の間、ちょくちょく様子を見には来ていたんだけれど、三日目くらいには空間の揺らぎを囲むように建物が建ち並んで、完全に研究所になっていたな。
センサーも追加、さらに壁も移動されて、車が一台通り抜けられるように道も埋め込みセンサーとともに再整備されている。
ちょっと離れたところに止まっているバスが、次に揺らぎに突入するんだろうけど、何て言うかみんな頭がおかしい。
「ねえイブキ。オルフェナさん、よかったの?」
「この辺は、完全に大学のノリというか、ずっとこういう体制で行くんじゃないかな。揺らぎに入る前と後を調べて、記録する。通って終わりじゃなくて、検証して次をより良くするんだと思う」
「次って、どういうことなの?」
「たぶん方舟の乗員全員、ここを通過させる計画なんじゃないかな」
「…………え、嘘でしょ?」
「僕が教授たちの立ち位置なら、絶対にそうすると思うよ」
僕の携帯電話の画面で目を見開くミモザに苦笑いを返して、再び巨大門を見る。
確かさっき、姉が『存在が昇華される』って言っていたっけ。
なるほど、進化じゃなくて昇華なんだ。少なくともオルフェナ以外は、人間じゃない別の種族って言うのかな、確かに変化の意味で昇華している。
『次が来るぞ。全員集中だ』
巨大門が少し光り、一人ずつ研究者が出てきた。
多方向から突入したにもかかわらず、門扉が開いた方向に順番に出てくる。きっと、その辺の検証も既にしているんだと思う。
しかし、見事なまでにみんなバラバラな種族だ。
基本的に人型、でもみんながみんな人外だって分かる。大きくても3メートルまでで、小さいと羽が生えた手のひらサイズの妖精なんかもいた。
いつの間にか門扉からロープが張られていて、さっきオルフェナが入っていった建物に入るように誘導されていた。
「幸彦っ、よくぞ無事で…………」
姉が建物の窓から飛び出してきて、最後に出てきた幸彦さんに抱きついている。
そりゃあ平気そうに振る舞っていても、やっぱり心配だったんだな。そういう僕も、自分でも緊張していたのかな、知らないうちに大きく吸った息を吐いていた。
全員が出たからなのか、巨大門の扉がゆっくりと閉じていき、閉まった一瞬で消えた。再び残ったのは、なんとも言えない空間の揺らぎだけだった。
やはりというか、残りの研究者が全員バスに乗って、揺らぎに突入していった。
クレイジーだなと。本気で呆れた。
次はやっぱり13日後。その結果をもって、方舟の全乗員に対して空間の揺らぎの通過を推奨するって、楢崎教授が宣言していた。
強制じゃないって言っていたけれど、たぶん大多数の、いや間違いなく全員が空間の揺らぎを通ると思う。だって、方舟に乗った時点で変人だし。
そうそう。幸彦さんなんだけれど、妖孤になっていた。
顔の横にあった耳がなくなって、代わりに頭頂に白い狐耳が付いていた。さらにお尻から、白くフサフサの狐の尻尾が生えている。
何となく前から狐っぽかったけれど、本当に狐になっていて笑えた。
そしてやっぱり、僕だけがハーフなエルフの件について。
姉に聞いたら、何らかのハーフになっている人は一人もいないらしい。まあ昇華するんだから単一種になるはずで、30人弱のデータだけど実際に全員が単独種だった。
……だとすると、僕は実際のところ何なんだろう?




