25.空間の揺らぎ再び
大騒ぎになった。
いや何となく、こうなる気はしていたんだけど。
あの最初に、僕が地球で遭遇した空間の揺らぎ。あの時、揺らぎ調査に携わった人が方舟にたくさん乗ってきていたらしい。
姉の到着のすぐ後、後ろから来た複数の車輌から出てきた人たちの手で、あれよあれよという間に空間の揺らぎを中心に壁が立てられ、周りの木が広範囲に伐採された。
センサーが、機材が設置されていき、僕が少し姉と話している間に本格的な研究体制が整った。いやすごいな。
「それで、そこの揺らぎの中に羊とタクシーが入ったと」
「うん。オルフェナって言う、喋る羊なんだけど」
「いや待て弟よ、喋る……羊だと……?」
「何でかな、普通に日本語だったよ」
話しながら、中心の空間の揺らぎとは別に、僕の側にある虹色の歪みが気になるらしい。ちらっちらっと、僕の顔と交互に見ている。
ふといたずら心が芽生えて虹色の歪みを動かすと、姉が目を見開いて虹色の歪みを追い始めた。
調子に乗った僕は、形を変えてみる。丸くしたり、星形にしたり。考えてみたらアイテムボックスなんだと思い出し、小っちゃな宝箱に変えて形状を固定させた。
「少しいいかい? この虹色の箱は、いったい何なのだろうか」
「あ、これ僕の異空間収納」
「は? いや、は? 異空間収納……? あー、その……なんだ、少し調べさせてもらえるかい?」
「いいよ。普通に中に入れると思うし」
「…………はい? 中だって?」
今日だけで姉は、何回フリーズしているんだろうか。
そっと虹箱を差し出すと、おずおずと手を伸ばしてきた。そっと触れて、首をかしげる姉。指で弾き、カツンと音がしたけれどそのまま。両手で開けようとして、空かないことに気がついて眉間にしわを寄せた。
「あの、弟よ。これは、その……どうやって使うのだろうか」
「…………ごめん。そこまで考えていなかったかも」
いやね、自分でも仕組みなんて全然分かっていない。この魔法を創造して、思い描いた機能を満たしていることは、感覚で分かる。でもそれを、実際に使っているイメージが全く定まっていなかったんだよね。
さらに、ふざけて小さな宝箱で固定しちゃったから、さらに始末が悪い。虹箱の魔法が、今さら変更はできないって言っているような気がする。
「ねえ、イブキ。その虹箱が世界に固定されているってことは、空間自体は確保してあるのよね? だったら、別個に扉でも作って接続したらいいじゃない。あなたの魔法なんでしょう?」
「目から鱗が落ちるとは、このことか」
さっそく、虹箱から糸を伸ばし、扉をイメージして魔法を構築。
そうしてできたのは、虹箱から伸びた虹糸の先に、虹扉ができるというさらに謎仕様の魔法。ちなみに、虹箱を三回ノックすると虹扉は消える。虹扉を出す時はノック二回にした。これで大丈夫。
さっそく、姉とミモザで中に入ってみる。
「目がチカチカするな。何が何やら、平衡感覚すら狂うぞこれは」
「ははは、これはさすがに要改良だ。魔法を創造して構築するって、めちゃくちゃ難しいってことだけは分かった」
「なんて言うのかしら、イブキらしいわ」
一応、床はあるようで、靴底に触れた虹色は硬かった。。
ただ中に入って使うにはまだ無理だった。視界の全てが虹色に煌めいていたから、目が回るわ気持ち悪くなるわで、慌てて外に出た。
感覚的に調整自体はできそうだったから、また時間がある時にでも弄ってみようかな。
外に出たら、既に壁が、センサーが周りを囲っていたとだけ。
いや相変わらず作業が早いよ。姉と一緒に事情を話して、撤収はして貰ったんだけれど、また色々と調べる約束をさせられた。魔法って、科学的に調べられるのだろうか。ちょっと楽しみな僕がいる。
「さて、あらためて空間の揺らぎだ。前回との差異などは分かるかい?」
「前回の地球で取得されたものと、概ね同じパターンものが観測されていますね。単純に音波、電磁波、放射線まで波形のものが全て網羅されている感じです」
いや、仕事早いな。
何か色々と観測できているっぽいんだけれど、始点が定まっていないようで再現するにはデータが圧倒的に不足しているんだとか。そもそもあれ、再現できる類いのものなんだろうか。すごいな科学。
何というか、科学の執念みたいなものを感じる。
しばらく、そんな研究者のみんなが忙しなく動いているのを見ていたら、新しく車が数台到着した。車からは楢崎教授を始めとして、顔なじみの教授たちが下りてくる。
かくして、人外が勢揃いしたわけだ。
そしてさっそく、空間の揺らぎに突入しようとして、壁にぶつかったように揺らぎの前で止まった。
「ふむ。どうやら二度目は無理なようだな」
なんてことを言いながら、人外たちは空間の揺らぎを触手確認し始めた。いやほんと、この人たちどんだけ怖いもの知らずなんだよ。
姉も触っているから、どうやら完全に同類らしい。
「さて、突入する者は?」
そんな楢崎教授の問いかけに、そこにいる研究者のおおよそ半数が手を上げた。その中に、幸彦さんもいたのは、何故なんだろう。
いやそもそも何で中に入るって選択肢が出るんだろうか。
そうして立候補した研究者が、あらゆる方向から突入していって、最後に姉さんと別れの抱擁(?)を交わした幸彦さんが、僕の顔を見てうなずいた後、空間の揺らぎに入っていった。
いやもう何これ、意味が分からないんだけれど。
「あの揺らぎが何なのか、分かったわ」
「え、ミモザ。どういうことなの?」
「この、携帯電話のレンズ越しに見ると、どうやら鑑定みたいな権能が発動する感じで、読み取ることができたのよ」
首をかしげる。
いや待って、ミモザも何か変なことを言い始めたんだけど。
「あれはね、混沌と狂気を基本属性に、存在昇華の魔法がかかっている、つまりある意味でイブキの魔法ね。実体は超高濃度に圧縮された魔力の塊だから、魅せられて酔って、まああれね誘虫灯みたいな感じかしら」
「最後に、一気にチープになったんだけど!?」
でもそうか。あれがもし僕起因の魔法的な何かだとしたら、消すことができるんじゃないかな?
そう、思ってミモザを見たら、力なく首を横に振ってきた。
どうやら僕にすら操作できない魔法らしい。
このまま、じんわりと空気中に魔力が発散されていって、魔力が尽きたら自然消滅するんだとか。まあ、半年はそのままだって言うことだから諦めようと思う。
「姉さん……よかったの? 幸彦さん行かせてさ」
「ああ。正直、悩んでいたのは事実だな。このままだと、幸彦が寿命で先に亡くなることは分かっていた。かといって、地球で集めたデータだけだとあの空間の揺らぎは再現不可能だった。今回の空間の揺らぎは、まさに渡りに船だったのさ」
「悩みって、そっち? え、再現するつもりだったの?」
「昔から人が一つ上の存在になるのにね、膨大な何か別のエネルギーが必要なことは分かっていたんだ」
「え……マジで? 本気で言ってる?」
眉唾な話に姉の目をじっと見るも、真剣そのものに見えた。
他の教授をみても、神妙に頷くだけだった。いやほんと、マジで? まるっきり、オカルトじゃん。
「恐らくだが、弟よ。お前が空間の揺らぎに出会い、突入したのは運命だったのだろう」
謎が謎を呼ぶ件について。




