24.ダンジョンマスター
「それよりさ、ダンマスってなに?」
今日の分の植生調整を終えて、僕らは近くのタクシー乗り場でまったりと時間を潰していた。壁の時刻表によれば、あと10分くらい待てば、次の無人タクシーが来ることになっている。
陽気は春の陽気で、なんだかぽかぽか暖かい。見上げた空はもう見慣れたドームで、やっぱり真っ暗宇宙空間なのが面白い。
「ダンマスはねー、ダンジョンマスターの略よ。ここの方舟ダンジョンのいわゆる最高管理者みたいなものかしら?」
「えぇ、管理者ってミモザじゃないの?」
「そんなわけないじゃない。多少の改変はできるけれど、所詮はダンジョンコアよ。最初だけ、初期範囲設定みたいなので方舟全体をダンジョンにしたけれど、後は知らないわよ?」
「えっと、つまりどういうことなんだよ」
遠くにタクシーが小さくポツンと見える。これは、まだ時間かかるかもなあ。
そういえば、足下のオルフェナがやけに落ち着きがないんだけど。
僕とミモザが暢気に会話している間も、左に右に走ってなんだか、警戒しているっぽい?
「オルフェナさんはさ、何をそんなに焦っているの?」
「ここは都市部から離れた、森林奥部なのであろう。であるならば、魔物の襲撃を警戒せねばならぬのではないか」
「魔物?」
「うむ。まだ気配はないが、ゴブリン程度は出るであろうが……」
「ゴブリン?」
「え、イブキいつの間にそんなの配置したのよ」
「待って、僕なにもしてないよ」
と、そこで忙しなく動いていたオルフェナが止まる。
おずおずと僕の足下まで歩いてくると、見上げて首をかしげる。
「魔物は……もしかして、おらぬのか?」
「いない。って言うか、あれだよね。この地上の階層にはそもそも生き物が何もいないんだ」
「だが、自然はあるではないか」
「ホムペの紹介だとね、噴火前までは害獣とか害虫とか、そういった負の生き物がいない環境の研究してて、あえて無生物環境だったらしいわ。噴火後は、外の生き物が絶滅しちゃって、そもそも導入が不可能だったらしいの」
「あの毎日降り積もる火山灰が相手じゃ、どうしようもなかったよな」
「そうだったのか。ままならぬものだな……」
オルフェナを抱え上げて、タクシーに乗る。
行き先を郊外にある事務所に指定すると、ゆっくりと車は走り始めた。
そんなことより、ダンジョンマスターとやらだ。
「ところでミモザ。ダンジョンマスターってのはいったい何ができるんだ?」
「ダンマスってね、何でもできるけれど、今は何もできないわね」
「どゆこと?」
「本格的にダンジョンを操作するためにはね、コアルームに行かないと駄目なのよ」
「あ、もしかして最下層の……」
「そう。メインエンジンルームに、入れる?」
「無理だなぁ」
そういうことらしい。
五分ほど走ったと思う。乗っていたタクシーが減速し始めて、まだ周りが森の中にもかかわらず、完全停車した。
昔の癖で後部座席に乗って、ちょっと居眠りしかけていたから、止まったことをしっかりと認識するのに時間がかかったんだけど。
「ねえ、イブキ。ダンジョン何かした?」
「してなしい、できないんじゃなかったっけ」
「そうよね。だったらあれ、何かしら?」
「我の目には、空間がそこだけ揺らいでいるように見えるが……」
停車したタクシーの前、そこにはいつか見た『空間の揺らぎ』があった。周囲がここまで明るい状態で見るのは初めてだったけれど、陽炎にも見える。ほら、夏の炎天下にアスファルトが過熱されて、その少し上が揺らいでいるあの現象に似ている。
違いがあるとすれば、地面から1メートルの中空にあることと、ここが木陰だから全く過熱していないってことかな。
どうしようか迷ったけれど、自動運転のタクシーは動く気配がない。取りあえず下りることにした。
先に僕が下りて、振り返ったところで呆然。
まだオルフェナが車内に残ったまま、当然ながら扉が開いているんだけれど、タクシーが発車した。目を見開いたまま、シートに立ち尽くすオルフェナが見えて、そのまま1台と一匹は揺らぎに消えていった。
「……何で走り出した?」
「オルフェナさんも、一緒に消えちゃったわね」
オルフェナ。なんとも短い付き合いだったな……なんて、どうでもいいことを考えていたら、ミモザ入り携帯電話が僕の顔の前まで移動してきた。
ちょっと、悩ましげな顔をしているんだけれど。どうした?
「イブキさ、最近魔法使ってる?」
「魔法……あっ」
「もっとも連帯責任なのよね。今の今まで、完全に忘れていたわ」
「うわあ、そっか。ごめん……」
方舟に乗る前までは気にして魔法を使っていたけれど、そういえば最後に魔法らしいの使ったのって、方舟離陸の時じゃなかったかな。生活魔法クラスだと、消費魔力が微妙すぎて使用判定にならないらしいからなぁ。
「取りあえず、モモカさんに連絡だけ入れておくわね」
じゃあどんな魔法がいいかって話なんだけど。
「イブキってさ、空間に干渉してるのよね」
「言われてみれば、消費を意識した時も、その辺に落ちていたコンクリート塊を持ち上げていた気がする」
「つまり無意識に使っていたってことよね。だったら、その辺の魔法が得意だってことなのよ。だったら直接空間に使ってみたらどう?」
「ああ、たとえば異空間収納とか?」
創作小説なんかに大抵出てくる異空間収納。
それ自体は、既に似たようなものがあるんだよね。ほら、さっきも使っていた携帯電話ストレージ収納。なんだろう携帯電話のストレージ。
「ミモザ、この携帯電話のストレージ収納って、何なの?」
「外付けの魔法? 魔法の道具だから、たぶん魔道具ね。今はイブキのだけだけれど、ちょっと増やそうかなぁ、なんて考えているわ」
まあ増やす云々は後回しだな。
魔道具でできるんだから、魔法でもできるとは思うんだけれど。ただ魔法はなあ、ハーフなエルフになった時から、自然に。それこそ呼吸と同じような感覚で使っていたから、いざ意識すると分からない。
イメージか。イメージだなきっと。
参考にするのはあの歪み? 中はどうなっているんだろう。収納量はきっと無限だよね、理想は。自動ソートとかは当たり前、リストアップも必要だよ。
時間は止まるか、自由自在か。僕の魔法なんだから、まあ何でもありでいいか。
よし、ウォークイン収納ゼット(意味不明)にしよう。生き物って言うか、僕が入れるやつ。絶対最強だよね。
そんな、無体な妄想で魔法を使ったからだと思う。
異空間収納の魔法を使ったと同時に、膨大の量の魔力が僕の中から抜けていって、常時魔力を消費するタイプの魔法として、発動した。
ただちょっと愕然。実際に消費された魔力は間違いなく膨大なはずなのに、たぶん僕の保有魔力総量の1パーセントも消費していない。これはなるほど、世界に影響及ぼす歪みもできるわけだ。
そして魔法の発動とともに僕を中心に、竜巻状の突風が吹き上がった。
すぐ側の木から葉が千切れ飛ぶ。木の葉が舞い上がって、遠くの方に消えていった。
手のひらの上に、虹色の歪みができた。
「いや弟よ、何をやっているのだろうか」
どうやら姉が到着したらしい。




