23.小玉羊
そろそろお昼になるかなと思って、森の中。携帯電話のストレージから、テーブルと椅子を取り出した。
ふと、視線を上げて固まる。
「えっと……何で羊?」
「うむ。なぜと問われても、我は羊だが」
何でだろう。羊がいた。
まずその外見。
大きさはマスクメロンくらい。まん丸な体につぶらな瞳。頭にはねじれた角が2本生えているんだけれど、そもそも自然界にこの大きさの羊は存在していないはずなんだ。
羊毛は真っ白で、汚れ一つも見当たらない。
そんな小玉羊が、ひょっこりと藪から出てきた。藪から棒に。何だっけ、藪から棒って。
「ちょっと、イブキ? どうかしたの?」
「ふむ。既にミモザ殿とも合流済みと……」
父と母は、方舟の下層第一層で農業を始め、姉さんと幸彦さんはどうやら方舟執行部とやらに入って、本格的に方舟の運営に乗り出した。
4人ともに、まあ妥当な進路だと思う。
そんな中で僕は、一人で会社を立ち上げた。
まあ、聞こえはいいんだけれど、実際のところ区役所に会社の登記申請をしただけなんだよね。社員は僕一人。実際にはミモザもいるんだけど、公にできないし、公式に人数カウントすることもできないから、そこも加味するとやっぱりぼっち会社なんだ。
「羊さんは、ミモザのことを知っているの?」
「無限にある因果の中で、3回ほど。見かけた程度だ。だがしかし、運命という流れで見たら特大の特異点ではある」
「えっと、じゃあ僕のことは?」
「知らぬぞ?」
そう、羊だ。
そしてなぜか喋る。
実際のところ、見なかったことにして去ろうかな、なんて思ったんだけど、この、なんて言うのかな胡散臭い羊に思考が一瞬止まった。放置したら放置したで、なんだか誰彼構わず迷惑をかける予感がして、絶賛困惑中ってとこ。
僕が森にいるのも、一応は仕事としてここにいるんだ。ミモザとの約束で一緒に植生の調査をしている。
調査しながら話しの中で、方舟自体をダンジョン化しているから、ある程度、植生の調整なんかもできるって聞いて、詳しく相談しようとしていた。
そこに、藪から棒。
間違えた、藪から羊。
僕の携帯電話が、腰元からからふよふよと浮かび上がって、僕の顔の横まで来た。
最近はミモザも結構自由に動くようになって、今日みたいに周りに誰も居ない時とかは、僕の周り限定で自由に飛び回るようになったんだよね。携帯電話補が。
どうやら、携帯電話のカメラ越しに視界が確保出来るらしい。
「え、なによこの羊。可愛いじゃない」
「確かに我は羊だが別の世界線では、オルフェナと呼ばれている」
「あ、やっぱり可愛くないわ。何で喋るのよ。意味わかんないこと言っているし」
「でもこの羊さん、どうやらミモザのこと知っているらしいよ?」
「えぇっ、ストーカーとか、キモい」
お腹の空き具合から、そろそろお昼かも。
目を離した隙に居なくならないかな――そんな思いで見た腕時計はジャスト12時。視線を戻しても、いるよね羊。知ってた。
「どうしようミモザ。姉さん呼ぶ?」
「モモカさんは、どうかしらね。万能に見えて、本質は機械よ? 使っているデータベースは地球のものだし、喋る羊なんて、データに無いんじゃないかしら」
「そうかぁ。だったら、楢崎教授はどうかな」
「物理学者だったわよね。でもあの人、属性が脳筋さんよ? たぶん何の役にも立たないわ」
「うわ、辛辣だなぁ。あとは、津田教授夫妻とか?」
「ヨシヒロさんは鉱石に詳しいみたいだけど、基本は鍛冶よ。タミコさんも、植物には強いけれど、そこの羊は普通に動物? 動物って、喋るのかしら?」
「いや、喋るのなんて人間だけだよ?」
こうして僕らが話している間も、じっと何かを待っているように佇んでいるんだけど、正直言って嫌な予感しかしない。
おにぎりを食べて、お茶で喉を潤したら、簡易テーブルセットを畳んだ。ミモザに一言断りを入れて、携帯電話を掴んでテーブルセットにかざす。ピロンなんて音とともに、テーブルセットが消えた。
便利だよね、携帯電話のストレージ。
「幸彦さんとかはどうかな。確か、動物の研究していなかった?」
「無理だと思うわ。そこの羊が逆に研究対象になるだけよ。ゴーダさんたちも無理だって先に言っておくわ」
「だよね。知ってた」
「ふむ。準備ができたようだな、では行くとしよう」
画面のミモザと顔を見合わせて、僕はため息をついた。
羊、もといオルフェナは僕の足下まで来ると、そのつぶらな瞳で僕を見上げてくる。なんだか尊大な言葉遣いは、楢崎教授とキャラかぶりしてないかな。そんなどうでもいいことを考えながら、取りあえず仕事の続きに取りかかる。
左手にノートパソコンを持って、見える範囲大体3メートル四方の植生をデータ入力していく。データにある周囲一キロの植生バランスを見て、木の差し替えをミモザにお願いしてみた。
「すごい、木が入れ替わった。ちなみに、動物とかを追加することってできるの?」
「そうね。ミノタウロスとか、オークとか出現するようにもできるわね」
「いや待って、それ動物違う」
そんなことを喋りながら、バラバラだった植生を整えていく。地球でも、こんなことができたらさぞかし楽だっただろうな……なんて考えながら斜め後ろに視線を向けた。
オルフェナがいた。僕の視線に気づいて、顔を上げる
やっぱり、付いてくるんだ……。
「えっと、オルフェナさん? ちょっと聞いてもいいかな」
「ふむ。どうしたのだ、イブキ殿」
「どこまで付いてくるのかな?」
「まず、この世界に大きな歪みが生まれた。それが大前提なのだが、そこは理解いただけるかな?」
「いや全然。歪みってなに?」
「そこから、なのか……」
なぜか、オルフェナに呆れられてしまった。
いやだってね、何のことだかさっぱり分からないんだもの。そもそも、質問したのに速攻で話そらされてるし。
「まず歪み。今回の場合ならば、局地的に迷宮が生成された。そしてそれが定着したわけだが。それがこの世界の歪みとして、認識されたのだ」
「あもしかして、方舟とミモザ?」
「そうそう。言ってなかったけれど、イブキ。あなたがここのダンマスよ」
「……え。ダンマスって、なに!?」
話を聞いて分かったことをまとめると、定着していなければ歪みにカウントされないんだと。例えば僕や姉さんたちが、あの木曽の崖の途中で通過した空間の歪みとか。あれはいずれ消える。
さらに個人。僕がハーフなエルフなこととか。あと姉たちのチーム狂った教授の面々とかは、たとえ神がかった権能を持っていたとしても、そこまで世界に影響がないらしい。
で、駄目なのがダンジョン『方舟』。完全にこの世界の理と違うから、観察者としてオルフェナが生まれたのだとか。
「世界羊の我は、観測しなければならない。であるからして、必然的にイブキ殿について行く。すまないが、理解して欲しい」
「ふーん、ならまあいっか」
「ええ。問題は無いわね」
「……かたじけない」
てなわけで、オルフェナが仲間になった。




