20.蛙の親は蛙らしい
「しかし、桃華も篤輝もしばらく見ない間に立派になったな」
「あらあらまあまあ。二人とも結婚だなんて、お赤飯用意しなきゃじゃないの」
はい。両親が無事到着しました。
何というか、子供二人の容姿が変わっているのに、何も気にしていない感じ。姉さんが事前通告していれば分かるけれど、今回は何もしていないって言っていたし。
でだ。タクシーで向かっている連絡を受けたのが朝。それが何故か、夕方になって自宅に到着。謎の10時間は、いったい何をしていたのかって話なんだけど。
「せっかくの旅行だからな、まっすぐ自宅に帰るだけなんてつまらんだろう」
「いや、旅行じゃないし。まっすぐ来てって、電話で言ったよね?」
「もう篤輝ちゃんったら。すぐに来たじゃない、外泊してないもの」
「いや、問題そこ!?」
急な家族漫才に、ミモザなんてお腹を抱えて笑っているし。幸彦さんなんて、逆に目が点になっているよ。
姉さんは……無表情だけど、笑っているな。間違いない。
詳しく聞いたところ、僕との電話のあと、まず新東京タワーに向かったらしい。そこで軽く観光して、新東京湾にある海鮮料理店でちょっと早めのお昼を食べたと。それから、三神神社で参拝をして、おみくじは大吉。教会を覗いて、新東京庁舎で優雅なティータイム。
そんな観光の後、自宅に到着と。バカかと。早く来いよ。
「明日、結婚式だって言ったよね? 打ち合わせとか、色々あるじゃん」
「あら。わたしたちなんて、笑顔でお花振るだけよ?」
「そうだな。何なら、式場も下見してきたぞ。立派なホテルだった。いや会場は馬鹿でかかったか」
「ぐぬぬぬぬ」
もうヤダ、この両親。
自由すぎる両親に、常日頃振り回されてた日常を思い出す。
姉さんとは9つ歳が違う。そんな姉さんは僕が小学校に上がる頃には、県外の高校に行っていなかった。だから僕は自分で言うのもなんだけど、両親の愛情をいっぱい受けて育ったんだ。
家が田舎の農家だったから、夕飯なんかいつも夫婦漫才やってて、それに僕が突っ込むのが日常だった。
そんな両親の背中を追って、高校大学ともに農業系の大学に進学。卒業して戻ろうか相談したら、まだ学べるなら学べって背中を押されて、大学院に進学した。
その翌年、太平洋の海底火山が噴火した。
「しかし桃華も篤輝も結婚とは。長生きはするもんだな。感動して夜しか寝られん」
「いや待て待て、父さんまだ五十代だよね!? てか、しっかり寝てるし」
「そうよね。私も聞いた時びっくりしちゃって、食事しか喉を通らなかったわよ」
「食べられてるんなら、問題ないよね!?」
「さすが弟だ。笑いのツボをきっちり押さえているね」
「僕は、普通に真面目なんだけど!?」
お正月とか、お盆とかの長期休暇に帰ってきた時も、大体こんな感じだったなって、思い出した。
いっつも家族が暴走して、末っ子の僕が弄られて突っ込むみたいな、そんな日常。絶対にもう戻って来ないって思ってた日常がここにある。
「むっ、篤輝?」
「篤輝ちゃん?」
「どうした弟よ?」
「……えっ?」
「ねえイブキ。涙、流れてるわよ」
ミモザに言われて頬に触れる。
心が震えていたんだと思う。知らない間に涙が流れていた。
見回すと、みんな心配そうな顔で僕を見ている。違うよ、悲しいんじゃないんだ。でもしばらく流れる涙は止められなくて、思わず顔を伏せた。
ゆっくりと深呼吸をする。精一杯の笑顔を作る。
「明日が本番なんだから。いい加減、話を戻すよっ!」
「「「はーい」」」
僕の声に、全員同時にハモる。
そうしてやっぱり、みんなで笑った。
「ほんとにいい、家族だね。僕もこれからよろしくお願いするよ」
「ええ。ようこそ幸彦さん」
翌日。
結婚式の会場に着くと、人で溢れかえっていた。
早朝だからてっきり閑散としていると思っていたのに、あまりの人混みにタクシーを降りた場所で呆然と立ちすくむ。
隣の姉さんに顔を向けると、首をかしげた後、何かを思い出したのか手を打った。
「方舟全体の合同結婚式でね、一組ずつ愛を誓い、全員で祝うことになっているんだ。その後は、立食式のパーティ、もしくは家族知人単位で分かれてホームパーティスタイルで祝うことになっているね」
「もしかして、壮行会を兼ねているとか?」
「そうだ、鋭いな。そういう意味合いもあると言えばある。実際、ここだけでなく新都内の50ほどの会場に同時に開催、また互いに中継される。それに新婚だけでなく、既婚者も祝うように配慮されている。門出だからな」
それで強行スケジュールだったんだなって、納得した。
だとすると、どこかの会場に新婚の郷田夫婦もいるんだろうか。
式は、荘厳だった。
こんなに一度にウエディングドレス姿の花嫁を見る機会なんてないし、なによりミモザが綺麗だった。
「ねえ、イブキ。本当によかったの?」
「もちろん。これからよろしくね」
「ええ。末永くお願いね」
誓いのキスは、みんなしていたからもうね、流れで。
二人して真っ赤になって、父さん母さんも携帯電話で写真を撮りまくっていたな。流されるままの結婚式で、何ならプロポーズとかもしていないんだけれど、家族がみんな嬉しそうだったからよかった。本当に。
そして、方舟は夜中未明。相模湾を出航した。
海の様子が都市中のモニターに表示されている。
波もなく穏やかな海は、本当に嵐の前の静けさを感じる。
火山灰と植物プランクトンで混沌燭に濁った海を、ジェット推進にものを言わせて高速で航行している。表示されている速度は55ノット。時速換算で100キロ以上出ていると思う。
家のリビングで両親とミモザ、それから幸彦さんがじっと、成り行きを見守っている。
姉さんは、方舟の管制室にいて今も、噴火予測と船の速度を合わせている頃だと思う。初日から、家に戻っていない。
全速航行の三日目、方舟は太平洋の海底巨大火山の目前まで迫っていた。
隣で、息を呑む声が聞こえて顔を向けると、横にいたはずのミモザの姿が消えた。
「駄目っ、このままだと船体が持たないっ」
「ちょっと、ミモザ? いったいどこに行くのさ」
立ち上がったミモザが突然、リビングを飛び出した。
慌てて追いかける。靴を履かずに玄関を飛び出すミモザを、慌てず靴を履いて、ミモザの靴を片手に全速力で追いかけた。
「どこに行くのっ!?」
「メインエンジンルーム! ドラゴンブレス! この景色、夢で見たことがあるのよ。あの日、私も同じ景色に一緒に居たのに。もう二度と、イブキを失わないって誓ったのに。今の今まで忘れていた!!」
「何のこと、ドラゴンってさ。ちょっと、ミモザ?」
焦る。
何より、憔悴しきった顔で、涙を流して駆けるミモザに、胸の鼓動が早くなる。
こののままじゃ、取り返しが付かないことになる。
地下へ。一番近くの階層連絡用階段に飛び込み、階段を猛烈な速度で駆け下りるミモザを追う。
第一下層、農業層を通過した。広大な農地が視界に入る。
本当なら農業が好きな両親を案内する予定だった。
どうやって全力で走っても、ミモザに追いつけない。
さらに第二階層、工業層を駆け抜け、第三層の海洋層すらも過ぎた。
心臓が痛い。
魔法で風の抵抗を減らし、限界以上で駆けるけれど、僕の速度が上がれば上がるだけミモザが離れていく。
「駄目だよっ、何だかわかんないけど、ミモザ。駄目だよっ」
「ああっ、嫌あああぁっ!」
そして、第四層。
警報が鳴り響き、進入禁止の扉を5層ほど破壊し、視界が赤く明滅する通路を駆け抜けていた。
そしてついに僕らは、メインエンジンルームに到達した。




