18.外宇宙移民船、方舟
「はい、イブキ様ですね。ようこそ方舟へ。船員一同、歓迎いたします」
受付のお姉さんからマイナンバーカードを受け取った。と、そこで視線が、僕の腰元に向けられる。
「可愛い、お人形さんですね」
「姉のを預かっているんですよ」
「大丈夫ですよ。趣味は人それぞれですから」
そんな温かい視線に見送られて僕は、方舟の中、外部アクセスロビーに向かうエレベーターに乗り込んだ。
全体的に水色や青が使われた、ちょっと未来的なデザインに何だか楽しくなってくる。ちなみにまだ、防護服は着たままなんだ。自宅に着いたら、専用の収納があるからそこで脱ぐようにって、説明受けた。
僕が向かう自宅は、姉さんが住んでいる一軒家らしい。あとで父と母も来るって話だから、久しぶりに一家揃うことになる。ちょっと楽しみ、でもちょっと心配。
何せ娘と息子が、既に別人というか、人間やめてるもん。
「あのね。イブキのお父さんもお母さんも、ちゃんと分かってくれると思うわよ」
「うん。ミモザのこと、どう話そうかと……」
「……えっ? そっちなの?」
そんなことを話しながらロビーを抜けて、足が止まった。
緑が視界を埋める。
僕らが降り立ったのは、一番外側のおそらく外周一周道路の縁。その道路を挟んだ向かい側に、一面森が広がっていた。小さな小道が、奥に伸びているのも見える。
街はまだ見えないけれど、何だろうちょっと感動する。
「おう、篤……じゃねえや。イブキよ、立ち止まってどうした」
「郷田さん。見てよ、緑。いっぱいじゃん、すごいよ。なにこれ、緑が」
「いや、ちょっと落ち着け」
一緒に並んでいた香津美さんにも笑われた。
でも緑。自然植生学を研究してる身としては、半年ぶりの本格的な緑。興奮しないわけがない。
森とか林とか、結構あるって聞いていたけれど、実際に見るとやっぱり違う。
子供みたいにキョロキョロしていたら、車が一台走ってきて僕たちの前に止まった。
「イブキよ、タクシー来たぞ。乗るんだろう?」
「なんで?」
「いやなんでって、これから自宅に向かうんだろうよ。どの地区に行くか知らんが、かなりの距離があるぞ。乗っていかんのか?」
「緑があるんだ、歩かないと失礼だよ」
「……あー、なら俺らが乗らせて貰うぞ」
郷田夫婦を見送って、道を渡る。小道を入ると、周囲が一面、緑だ。
「ねえ、ミモザ。この防護服さ、預かって貰うことできる?」
「いいわよ」
「よしきたっ」
脱いだ途端に、肌を刺すような強烈な違和感。
首を捻るも、そんな違和感なんて、鼻に吸い込んだ緑の薫りに一瞬で吹き飛んだ。
足下のミモザに防護服を渡して、気分はるんるんスキップ。
ここは見渡す限り、全ての樹木が広葉樹だ。
方舟建造の過程で植林してるから、色々な種類の木がほんとバラバラに雑多に植えられている。この状態だとまだ僕の出番はない。だけどこの先、10年20年経って植物のバランスが安定したら、どうなるんだろう。すっごくワクワクする。
「――イブキ? イブキったら、ねえっ。ちょっと聞いてよ」
「ごめんごめん。考え事して……た……?」
驚愕。ミモザさんが、大きくなっていた。
「あのね。イブキの防護服を収納したでしょ?」
「うん。ちょっと前に入れて貰ったよね」
「それでその、入れたら消えて無くなっちゃったの。代わりに体が大きくなったっていうか、その……ごめんね」
「えーと、何か吸収したっぽい感じ?」
「うん、たぶん」
ニューミモザは、ちょうど僕と同じくらいに視線が並ぶ。あらためて見ると、すっごい美人さんだ。小さい時は可愛らしい感じだったのが、すっごく大人っぽくなってて何だか緊張してきた。
ぼーっとミモザを眺めていたら、ミモザの眉毛がハの字になった。困った顔も何だか可愛い。おかしいな、僕どうしたんだろう。
「ほんと、ごめんね。防護服はちゃんと買って返すから……」
「いや、いいっていいって。たぶんもう、いらないと思うから。それよりさ、家に行こうか」
「うん、ありがとう」
無意識に手を伸ばしていたんだと思う、ミモザの手が僕の手をそっと握ってきた。思っても居なかったから、一気に顔が熱くなる。
無言のまま、二人で小道を歩く。
なんだかその沈黙さえも心地よくて、気がつけば森を抜けていた。
計画都市。ミモザの見ていたホームページで、そんな見出しを見た覚えがある。
森の小道を抜けた先は丘の上だった。
見下ろした先、中心部に真っ赤な『新東京タワー』を配置して、旧東京都をイメージしているのか東京湾が配置されているのが見える。新東京タワー周りには高層ビルが建ち並び、すり鉢状の外周に向かうにつれて、マンションが、さらに戸建て住宅が建ち並んでいる。そんな、デザイン都市だ。
しかしこれは、広い。一億人都市を謳うだけあって、きっちりと区画分けされているんだと思う。
僕たちの家は、さて何処なんだろう?
「モモカさんがね、マップアプリに自宅を登録してくれてあるのよ。こっちよ、案内は任せて」
「姉さんが? いつの間に」
ミモザに手を引かれるまま、森を出てすぐの住宅地を歩く。
この辺りはまだ、住民が配置されていないのか、どの家にもカーテンがない。ただ家の形とか庭の造り、色合いが全部違うのは、きっとデザイナーのこだわりなんだと思う。何一つ同じ家がないのは、なかなかに見ていて楽しい。
途中のコンビニは無人だったけれど、商品は配置されていたから飲み物を買った。もちろんキャッシュレス、ニコニコ携帯電話払いだ。
遙か上空には透明なガラスドームがあって、火山灰の侵入を防いでくれている。一番てっぺんには疑似太陽なんだと思う、照明が光り輝いていた。
なるほどこれは、すごい技術だ。
「どうしよう、徒歩だと家まで二時間半かかるわ」
「やっぱりタクシー、呼ぼうか」
「ここまで広いの、想定していなかったわよ……」
30分くらい歩いたけれど結局、諦めてタクシーを拾った。
無人タクシーに乗って、やっぱり無人の街並みが窓を流れていく。方舟が地球外に出るって考えると、やっぱり躊躇する人が多いんだろうな。
「この街で暮らして、子孫代々命を繋いでいく。それでね、いつか昔の地球と同じ環境の星が見つかったら、そこに移住するんだって」
「壮大っていうか、遙か未来の話なんだね」
タクシーは、マンションが立ち並ぶ地域を抜けて、再び戸建て住宅の地区に入った。この辺りは、人が居る。庭でバベキューをしている人もいるし、途中の公園では子供たちが走り回っていた。
人が居ることがこんなにもホッとするなんて思わなかった。
やがてタクシーは、何だか豪邸の門の前に止まった。
いやこれは、何だろう。想像していた自宅と意味不明なくらい乖離しているんだけど。
そして門には、姉さんが腕を組んで仁王立ちしていた。
「遅いじゃないか弟よ。わたしが送った防護服はどうした、どうしてミモザちゃんが大きくなっているんだい、何だかいい雰囲気に見えるがまさか……?」
「ちょ、姉さん。ちょっと家に入ろうか。ご近所迷惑になると思うよ!?」
「そうよモモカさん。イブキは何もないんだからね」
「ふふふ。そういうことにしておこう」
姉さんが笑う。
僕もミモザも何だかおかしくなって、顔を見合わせて笑う。
ずっと手を握っていたのが、何だか自然すぎて。結局、玄関で姉さんに指摘されて二人して顔が真っ赤になったのが、落ちということで。




