15.地震と液状化
「広志さん……もう、二度と会えないかと思ったわ……」
「ああ……香津美。心配かけたな、だが篤輝……もとい、イブキと居るなら絶対に生還できる。そこは確定した」
「……それほどまで?」
「ああ。自衛官の勘が、間違いないと言っている」
「ところでイブキって?」
「篤輝がな、名前を変えた結果だ。これからはイブキと呼ぶらしい」
「マイナンバー時代にそれって、すごくない?」
「だな。規格外なんだよ、あいつら」
なんて運転席と助手席の謎の会話を聞きながら、僕らは全員で改めて一台の車に乗って、移動を開始した。
ちなみに屋根が破れたRV車は、楢崎教授が転がして立体駐車場から落としていた。意味が分からない。
そうそう津田教授の芳宏さん。分かれた時は歩けなかったはずなのに、もう改造防護服で普通に歩いている。研究室に寄った際に、パパッと作ってきたらしい。チートめ。
ほんと、僕だけが平凡だと思うんだけど。まあ、平凡の方がいいか。
「柏崎教授の情報から、移動ルート策定に閉鎖された道路を除外して、今一度地図でルートを確認した。現在地が、練馬区があった辺り、そのやや東寄りだ。ここから一旦、足立区まで東進。そこから南下して、浦安から西に向かう必要があるらしい」
「直に東京湾には向かえないと言うことか……」
「徒歩ならね、まっすぐが可能だね。どちらも全行程は2日、だがしかし、徒歩だとルート選定が難しいのさ」
「休息場所と、あとはまるで道がないからよね。逆に自動車が通れるルートは、ある程度の整備がされていると見るべきかしら」
僕は後ろでうなずき役に徹している。
もうね、頭脳は集団がいると話が早いんだ。僕ならきっと、まっすぐ歩いて途方に暮れるまでが安定コースだろうし。
その間にも車はゆっくり走行を続けている。
体感時速は20キロ位かな。路面の状況や、タイヤの反応からこの速度が限界なんだろうね。火山灰とか汚泥とかで均されているけれど、時折ある瓦礫で車体が跳ねる。
今、走っているのは多分、住宅地だった地区なのか、降灰で霞んでいてもけっこう遠くまで見通せる。時折あるビルの高さから見るに、普通の住宅なんかは全部足下に埋まっちゃってるんだろうな。
まさに、大災害だよ。
「……ん? なにか、地面が波打ってない?」
「嫌な予感だけはするわね」
ぼんやりと外を眺めていたら、地面が波打ちながらものすごい速さで近づいてきて、
「うおおおっっ!」
「きゃああっ!」
「ふむ。液状化が進んでいるね」
「何だ地震かっ!?」
「ちょっと、危ないわね。窓開けて、種ぽいーっと」
「む、刺さった。今回は深いな……」
車体が大きく跳ね上がった。
忽然と生えてきた大樹に、車体が絡め取られて急停止。天井に頭を打ち付ける。
いや違う、そうじゃない。
とっさの会話が、どうもおかしい気がするんだけど。
「これ、リンゴの種だったのね。なら、もうちょっと成長させてっと――」
津田教授の多実子さん……もう、多実子さんでいいか。多実子さんが、おもむろに窓の外に手を伸ばすと、枝に手を触れる。それから真っ赤に熟れたリンゴを収穫してきた。
いや、リンゴって、なにそのユグドラシルの万能さ。
枝葉の向こうで波打つ地面に対して、僕たちの乗っている樹上は凪いでいて、地面の揺れに合わせて幹を大きくうねらせている。
ドギャン――なんて音を立てて、天井が破れた。安定の破壊神楢崎教授。開いた穴から緑が揺れているのが見える。
「おお、やっと頭が動かせる。しかし地震か。この辺ではしばらく起きていなかったが、何というタイミングか」
「この感じだと、経路の見直しが必要だね。ああ……でも情報取得は駄目だな、出動要請だけで、現場状況の情報は何もない」
「取りあえず先の地面を固めながら、ってわけにもいかんか。さすがに触らないと駄目そうだ」
「そうね。道ばかりは、植物でも無理だわ……」
10秒くらい揺れたか、周りの揺れが収まった。
同時に水が染み出したんだと思う、地面が一面濁った水で真っ黒になっている。さっき姉さんがつぶやいた地面の『液状化』だと思うけれど、規模がエグい。
通常ならアスファルトなんかの堅い表面物質があって、その下が液状化して沈下する。それでもある程度すれば、地面が固定化されるらしいんだ。
だけどここは、今の廃都東京の地盤は、言うなれば沼だ。火山灰を含む堆積土砂が約10メートル。当然津波の影響で多量の水分を含むから、やばい。
「足下が沈むな、下手すれば全身が埋もれるか。すまない……津田君、引き上げて貰ってもいいだろうか」
「分かった。切れんとは思うが、ゆっくり上げるぞ」
地面に下りた楢崎教授が腰まで沈むことを確認して、巻き付けてあった蔦を引き上げた。
「沈む際に抵抗が無い。防護服があるから、重量ある分一気に沈むだろうな」
「水が引いて、地盤が落ち着くまで待機するしかないか……」
何だか、手詰まり感でみんな沈んでいたら、肩に座っていたミモザが僕のヘルメットを叩いてきた。
「ねえ、イブキ? 多実子さんの植物って、きっと権能的な能力なのよね?」
「うん多分、そうだと思うよ。どうしたの」
「植物の成長って、限界あるのかしら。水分、吸い上げてるのよね。使えないかしら」
「ああ、そうか。植物の根圧。その手があったか」
そんなわけで、試しに少し周囲の水分を吸い上げて貰ったらリンゴの木周囲1メートルが陥没。水分が消えた。窪んだ根元に水が流れ込むけれど、再び楢崎教授を下ろすと今度は足が付く。
「接触系の力だから、一本ずつしか処理できないわね。多少の時間がかかるかもしれないけれど。今は、これしかないわね」
「実は時間が押している。やろう」
多実子さんがリンゴの木の幹に触れる。
「いくわ――」
リンゴの木が激しく揺れる。
地面が悲鳴を上げるように、甲高い音を発して軋む。放射状に地面がひび割れて、一気に水分がリンゴの木に吸い上げられていく。急速な乾燥に風が渦巻く。
ゴオッ――――
そして、爆ぜるようにリンゴの木が成長した。
思わず僕は、尻餅をついた。
瞬きする度に、幹が太くなっていく。樹高がものすごい速度で高くなっていき、広がる枝葉は瞬く間に曇り空を、視界を覆った。
見える範囲恐らく、直径数キロの水を吸い上げたリンゴの大樹は、世界樹と見紛うほどに巨大化したリンゴの樹は、しかし次の瞬間。
「枯れ……た……?」
真っ赤な実を実らせるも、実がしぼみ、色を失った葉が落ち、全て風に巻き上がった。そして白化。巨大な枯れ木となって、その瞬く間の一生を終えた。
さすがにここまでは、想定していなかったな。
多実子さんを見ると、首を横に振った。
「現状の最善手よ。木にはちゃんとお願いしたわ。お礼も言った、もちろんお別れの言葉も」
「僕が、提案したから……」
「そんな顔しないの。ちゃんと彼女は理解はしてくれたわ、もし思うなら、これ。食べてあげなさい」
そうだよな。何だか一気に枯れたから、しんみりしちゃった。
リンゴを大事に腰のポケットにしまった。
「さて弟……ではないな。呼ぶ時にはもうイブキのほうがいいか。この地震が、もしかしたら噴火の前兆かもしれない。確かに直線距離でも8000キロ近く離れているけれど、何だろう無関係だとは思えない」
「この間の半年は、最大猶予期間だ。それよりも期限が短くても不思議ではないな」
やっぱりちょっと、枯れた樹に罪悪感を感じながら、僕らは徒歩で東京湾を目指す。
直径で約5キロが、吸い上げでの乾燥の限界だった。
現地までの距離の都合、4回の植物の急成長を繰り返して僕らは、予定通り二日後に東京湾、大黒ふ頭にある浮島に到着した。




