14.旧東京都
「武蔵野シェルターを通過するぞ。ここから都心までは、自衛隊関連の出張所はあるが、基本的に無人だ。都心は何も無いがどうする? 補給に寄るか?」
「いや、構わない。進んで欲しい。その辺は、この後合流予定の津田君たちにお願いしてある。ところで郷田君は、都心には?」
「災害救援要請で三回ほど。まだ火山灰が本格降灰する前だから、もう五ヶ月前の話だが……」
車が瓦礫に乗り上げて、跳ねる。
小一時間車に乗っているけれど、やっぱりいつまで経っても慣れる気がしない。
極地仕様のタイヤは、空気が入っていない総ゴムタイヤだって、前ではしゃぐ物知り姉さんに聞いた。だから当然、跳ねる。とにかく跳ねるんだ。
「む。角が刺さった。ぬお? 抜けん、ぐぬぬぬぬ……」
「それで郷田さん。その頃と、何か変わったの?」
「確実にに悪化してるな。首都再建は現実不可能だろう。当時もだが、時間差で押し寄せる津波に作業を妨げられていた。撤去がな、進まんかった。一進十退くらいの悪循環だったよ」
津波の後に広がる街の光景を昔、テレビで見たことがある。
物が波に流され、瓦礫が道路一面に広がり、車輌の通行はおろか徒歩ですら移動が阻害される、特級の自然災害。
目の前に広がっている災害は、テレビの中だけの景色だと思っていたその自然災害の現場。
それだけじゃない。津波の瓦礫に火山灰が積もり、隙間が埋もれる。再び津波が押し寄せ、何度も何度も瓦礫が撹拌されて――そんな、極限の環境下におかれているのが、既に廃都となった、旧東京都なんだ。
「ここはビルの……二階?」
「いや、三階だな。もう10メートル以上は埋もれている。東京大学すらも埋もれてな、私が所属している現東京大学は八王子市にある」
「海抜が低いと駄目なんですね」
「世界中どこも同じだろうね。私の知り合いの教授がハーバード大学にいてね、あそこにも津波が来たと大騒ぎしていた。まあ、日本と違い、津波の被害より降灰の被害のほうが甚大だったみたいだがね……うぬ、抜けたか」
いや抜けていない。天井が破れただけだよ。
楢崎教授の角は天井を引きちぎり、開いた穴からどんより曇った空が見えている。何て言うか、既に規格外の力を発揮している。
まあ、ミモザ以外全員が防護服着ているから、多少の外気が入っても問題は無いんだけど。
姉さんも何気にチートだけれど、楢崎教授の膂力も人間の持つ力を遙かに超えている感じだ。さすが龍の化身と言ったところか。
この感じだと、津田夫妻もか。いったいどれほどのチート持っているんだろう?
その辺を見る前に別行動しているから、今から楽しみだ。
ちなみに僕は、たぶんチートなんて無いんじゃないかな。何せ普通のハーフエルフだからね。多少の魔法が使えることが、唯一の取り柄だと思う。
「そんな弟に朗報だ。異世界にもこの世界にも、ハーフ種族は存在していないらしいのだ。種族的特異点だな。逆に我々の種族なんかは、複数いるようだけれどね」
「ちょっ、ナチュラルに僕の思考読むのやめてくれる?」
「所詮は脳も、電気信号ってことさ。さて、そんなみんなに悲報だな、どうやら検問が行われている。政府データベースの機密マップを確認したところ、高速道路倒壊でここから方舟まで、車輌での通行ルートは1本しかない」
車がゆっくり止まる。
「なんだ……こりゃ。壁か……」
郷田さんのつぶやきに窓の外に視線を向けると、そこにはコンクリートとアスファルトの壁が道を塞いでいた。
まさに今話題に出た、倒壊した高速道路だ。
いやしかしなんで?
地震が起きたなんて、全然聞いていない。もしかして、津波?
「正解だよ、弟よ」
「だから、思考を読まないでよ!?」
つまりこうだって。姉さんが。
火山灰と海水が、ひび割れたコンクリートの隙間から浸水。内部の鉄骨が急速に腐食して、さらに周期的な津波に揺らされて倒壊した。
実際の観測データが、自衛隊データベースにもあるとか。首都高も含め、全高架型の道路が倒壊しているようだ。
もう、姉さん何でもありなんだけど。
「そうでもない。本質的に機械が関わっていないと、それほど万能ではないぞ? 弟の思考も、防護服ありきの読心だからな」
「だから、もう。ほんとにっ」
「つまりあれよね。わたしの思考は読めないのよね?」
「ミモザ氏は、無理だね。そもそも脳が無い」
「まさかの、能なし!?」
「なによ。色々できるわよ、失礼ね!」
津田教授たちの待機している場所にも、その一つしか開通できていない道路を、途中まで通過しないと行けないらしい。
まさかの道路事情にため息が漏れた。だったら、歩くしかないか。
全員で車を降りて、結構長い間座っていたから、凝っていた体を伸ばす。
「ああ、ちなみにだけど、弟の新しい身分証を作った。名前さえ決まれば、検問は普通に通れる。今やった。後悔はしていない」
「もう何でもありだよ!?」
「それなら、イブキがいいわ。私はそれ一択よ」
「よし。登録した。車に戻ろう」
「はやっ!」
全員が笑う。
災害前は、通信インフラの基準が光回線とかの物理網だった。それが、津波と火山灰で簡単に壊滅した。発電所の全停止と、通信網の管理者が居なくなったのが大きかったと思う。
かくして電波が主流になって、電波脳の姉さんにとっての独断場になっていると言ったところか。
予定していた道が通れないから、一旦元の道を戻り、大きく迂回して最初の検問を通過。
「車内を拝見します。身分証の提示をお願いできますか?」
「電子身分証でかまわないかね」
「はい。楢崎ライオネットさん、郷田広志さんに、柏崎桃華さん。それにイブキさんは……オーストラリア国籍ですか。はい、大丈夫です」
「お勤めご苦労。行かせて貰おう」
ここまではよかった。
「ところで、楢崎ライオネットさんは、その……登頂にある角は……」
「飾りだな」
「え、ヘルメット突き破っているように見えますが……?」
「うむ、飾りだからな」
「あ……はい」
笑いをこらえるのに精一杯だった。
打ち合わせで、人形として横になっていたミモザも震えていたし。防護服、着ていてよかったな。何とか気づかれずに済んだよ。
「無事で何よりね。大学の方には、篤輝君が行方不明だってことにしてあるわ。実際、先頭車両が揺らぎに消えた時はびっくりしたけれど」
「ほう、新たな揺らぎが?」
「ああそうなんだよ。信濃大学構内の、ちょうど篤輝君のバイクが止まっていた場所に空間の揺らぎができていてね、そこに車ごと消えたな」
「びっくりしたわよ。もう少しで私たちも入るところだったのよ」
何てことを笑いながら報告する津田教授夫妻。
いや待って、笑い事じゃない。突入せずに済んだ奇跡はよかったと思う。でもどうして僕のバイクが、揺らぎの起点になっているのか。
「多分意識して魔法を使わないからね。イブキの場合、魔力が飽和しやすい体質だから、定期的に魔力放出しないと、ゆかりの物が呑まれるの。今思い出したわ」
いや、そんなこと知らないって。
何その不良。何となく、僕らしいけれど。




