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『追放悪役令嬢の発酵無双 〜腐敗した王国を、前世の知識(バイオテクノロジー)で美味しく改革します〜』  作者: 杜陽月
科学の帝国と暁の剣

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帰還、そして暁の盾

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


ついに第二部「科学の王国と支配の聖女」が完結いたしました。アルフレッド、クラウス副官という、あまりにも大きな犠牲を払い、教皇の絶対的な『秩序』を打ち破りました。


しかし、戦いはまだ終わっておりません。


本日より、物語は最終部「科学の帝国と暁の剣」へと突入いたします。姿を消した黒幕ヴァレリウスとの最後の戦い。そして、レオンハルトとの再会。本当の『再建』が、今、始まります。

風が泣いていた。


 それはエルフの魔法が生み出す風ではない。  沈黙の災厄サイレント・カラミティによって、その理を歪められた世界の断末魔の悲鳴だった。  私たちが乗る滑空機(グライダー)――『(ファルコン)』の翼が、その不規則なマナの嵐に煽られ、激しく軋む。


「……ちっ! なんて風だ。地上の何倍もたちが悪ぃ……!」


 操縦桿を握るギムレックが、その傷だらけの体で悪態をつく。  彼の内なる溶鉱炉の火は消えかかってはいるものの、その瞳に宿る職人としての誇りまでは冷めていなかった。  彼でなければ、この鉄の塊はとうの昔に墜落していただろう。


「……おねえちゃん。下……」


 後部座席で私の白衣の裾を固く握りしめているハンナが、かすれた声を上げた。


 雲の切れ間から眼下に広がる大地が見える。  そこは私たちが西へ向かった時とはまるで違う光景に変わっていた。  北の地平線を覆っていたあの不気味な水晶の森。  それがまるで熱で溶かされたかのように、ゆっくりと、しかし確実に、崩れ始めているのだ。  空を覆っていた死のオーロラもその輝きを失い、薄れていた。


「……始まったのですわ」


 私の声は自分でも驚くほど静かだった。


「私たちの『治療』は……。  エデンシステムを上書きした『星の癒し手(アステラ・ヒーラー)』が、今この瞬間も世界のナノマシンに、新たな指令を送り続けている。  ……破壊ではない。  『修復』せよと」


「……へっ。そいつは上等だ」


 ギムレックは、その言葉にだけは満足したかのようにニヤリと笑った。


「だが、お嬢ちゃん。あの黒幕のジジイがまだどこかで息を潜めていることを忘れんじゃねえぞ」

「ええ。わかっておりますわ、親方。だからこそ私は帰らなければならない。……私の『剣』を待つあの人の『盾』の元へ」


 二日間の過酷な飛行の末。  ぼろぼろになった『(ファルコン)』の眼下に見慣れた城壁の輪郭が見えてきた。


 王都エーデンガルド。  私たちが、全てを失い、追放された始まりの場所。  そして今全てを取り戻すために、帰ってきた場所。


 王都の上空は混乱していた。  教皇の『秩序』の支配が消え失せたことで、人々は感情と思考の自由(混沌)を取り戻していた。  だが、それは同時に、レオンハルト様が率いる陽動部隊が神聖法国との『戦争』を開始したという報せが届いた直後でもあった。  街は恐怖と、安堵と、そして解放の熱狂が入り混じった混沌の渦の中にあった。


「……見ろ! 空に何か……!」

「……鳥か? いや、違う! 鉄の……!」

「敵襲だ! 神聖法国の新たな刺客か!」


 空を飛ぶ未知の機影。  城壁の上の兵士たちが、慌ただしく弩を構える。  私は、ギムレックに作らせておいた発光信号弾を空へと打ち上げた。  シュヴァルツェンベルク家の紋章を描く七色の光。  それはレオンハルト様と私だけに分かる帰還の合図。


「……撃つな! 味方だ! 全軍、撃ち方止め!」


 城壁の上から聞き覚えのある鋭い声が響き渡る。  王城の中庭。  そこが私たちの最後の着陸地点。  ギムレックは、最後の力を振り絞り、翼を失ったも同然の機体を半ば不時着するように、中庭の石畳へと滑り込ませた。


 凄まじい衝撃音。  機体は、噴水に激突し、その翼を無残に折り、ようやくその動きを止めた。  粉塵が晴れていく。  私は、よろめきながら、壊れた機体から這い出した。


 そこに彼は立っていた。


 見慣れた黒銀の鎧。  その表面には、私が西へ向かってから繰り広げられたであろう陽動の戦いの痕跡が、生々しく刻まれている。  彼は、王都の混乱を鎮圧し、国境での総攻撃を指揮し、その『盾』一つで、この国全てを守り抜いていたのだ。


 レオンハルト・フォン・シュヴァルツェンベルク。  私の唯一の婚約者。


「……レオンハルト様」


 私の声は自分でも驚くほどかすれていた。  彼はゆっくりとこちらを振り向いた。  その銀灰色の瞳。  その奥に宿る、安堵と、歓喜と、そして私の背後を探る痛ましいほどの覚悟。


 彼は、『盾』として、全ての結果を受け止める準備ができていた。  私の後ろから傷だらけのギムレックが降り立ち、続いて、ハンナが、私の白衣の裾を固く握りしめながら、彼の前に姿を現す。  それだけだった。  彼は、私たちの仲間が、二人足りないことに、気づいていた。


「……イザベラ。……アルフレッドと、クラウス副官は」


 彼の声は静かだった。  私は、科学者として、指揮官として、報告の義務があった。  私は、背筋を伸ばし、彼をまっすぐに見つめ返した。


「……報告いたします。両名は、任務を、その命の限り、完璧に遂行いたしました」


 言葉が震えそうになる。


「クラウス副官は、その『盾』で、私たちの進む道を切り開き。  ……アルフレッドは、その『忠誠』で、私の命を……。  私たちの『希望』を、守り抜いてくれました」


 私は、懐からギムレックが回収してくれた二つのものを、取り出した。  一つは、無残に砕け散ったアルフレッドの『守護者の懐中時計ガーディアンズ・ウォッチ』の残骸。  もう一つは、クラウスの盾に刻まれていたシュヴァルツェンベルク家の小さな銀の紋章。


「……帰還したのは、私たちと、この彼らの『魂』だけです」


 レオンハルト様は、何も言わなかった。  彼はただ、その銀の紋章を私の手から受け取ると、それを、血が滲むほど、強く握りしめた。  そして、ゆっくりとその目を閉じた。  一筋の涙も見せない。  それだけで、彼がどれほどの痛みを、どれほどの怒りを、その『盾』で、たった一人、受け止めたのか。  私には、痛いほどわかってしまった。


「……そうか」


 彼は、それだけを言った。


「……そうか。……彼らは、守り抜いたのだな」


 彼は、顔を上げると、私に向き直った。  その瞳には、もはや悲しみはなく、この国を、いや、この世界を背負う王の覚悟だけが宿っていた。


「私は」


 声を振り絞った。


「私は、彼らの犠牲に見合う『剣』を、持ち帰ることができたのでしょうか」


 私が持ち帰ったのは、浄化され、私の制御下に置かれた『エデン』システムの制御権。  あまりにも代償の大きな勝利だった。


「……当たり前だ」


 彼は、私の言葉を遮った。  その力強い手が、私の肩を掴む。


「盾が、盾としての役目を果たした。それだけだ。 ……そして、剣が、見事に敵の心臓を貫き、今ここに戻ってきた。……それ以上、何を望む」


 彼は、私をその黒銀の鎧の胸に、強く抱きしめた。  血と、鉄と、そして私がずっと焦がれていた彼の匂い。


「……おかえり、イザベラ」


 その不器用なたった一言。


「……よく、戻った」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心の最後の壁が、崩れ落ちた。  科学者でも、悪役令嬢でもない。  ただの茅野莉子の涙が、彼の胸を濡らした。


「……ただいま、戻りました。……レオンハルト様……!」


 私たちの長く辛い戦いは、終わった。  いいえ。 この混沌を取り戻した世界を二人で再建していく本当の戦いが今始まったのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


ついに、イザベラはレオンハルトの元へと帰還しました。アルフレッドとクラウスという、あまりにも大きな代償を払い、それでも、二人は再び手を取り合いました。教皇の支配は終わり、世界は、混沌とした、しかし自由な明日を取り戻しました。


ですが、物語はまだ終わりません。姿を消した黒幕ヴァレリウスの謎。そして、この混沌とした世界を、二人はどう『再建』していくのか。


次回は、明日更新予定です。 次回「王都の『混沌』と、黒幕の影」。 教皇の支配から解放された王都で、イザベラは新たな再建の戦いに直面します。そして、失踪したはずのヴァレリウスに関する、不気味な噂が……。


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