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『追放悪役令嬢の発酵無双 〜腐敗した王国を、前世の知識(バイオテクノロジー)で美味しく改革します〜』  作者: 杜陽月
科学の王国と支配の聖女

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不屈の魂

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

絶対的な『秩序』の化身、聖女セラフィナの前で、仲間たちは次々と倒れていきました。忠臣アルフレッドの、命を賭した抵抗も、虚しく……。 全てが終わったかに見えた、その瞬間。石像の中から聞こえた、不屈の鼓動。それは、この完璧な計算の世界に、唯一残された、予測不可能な『混沌』の光でした。

時間は止まったかのように思えた。


 私の忠実な執事アルフレッドは、砕け散った懐中時計の残骸と共に黒曜石の床に静かに横たわっている。そのいつも私をまっすぐに見つめてくれた瞳は、もはや開くことはない。


「……アルフレッド……。ああ……、アルフレッド……!」


 私の喉が張り裂けんばかりの絶叫だけが、この荘厳で冷酷な神の玉座に響き渡った。


「……見事な忠誠心。ですがそれもまた、理解不能な混沌の一つ」


 聖女セラフィナは、その最後の抵抗をまるで床に落ちた埃を払うかのように冷たく断罪した。


「……さようなら、イザベラ・フォン・ヴェルテンベルク。あなたの存在したという記録も、すぐにこの世界から完全に消去してさしあげますわ」


 彼女の最後の審判が下される。


 その慈愛に満ちた聖母の顔がゆっくりと私へと向けられる。そのガラス玉のような瞳が、私という最後の『バグ』を捉える。


 私はもはや動けなかった。指一本動かす気力もなかった。


 アルフレッドを失った。ギムレックも石像にされた。ハンナはこの状況をただ怯えて見つめている。


(……ごめんなさい、レオンハルト様……。私は……)


 私が諦観と共に目を閉じようとした、その時だった。


 |キィン……


 という甲高い、金属音とは違う何かが軋む音がした。


 私の背後から。


 黒曜石の不気味な彫像と化していたはずのギムレック。その石の奥深くから。


 地殻が、内側からの途轍もない圧力で、軋むような低く重い音がした。


「……なんですって?」


 セラフィナの完璧な能面のその眉が、初めてわずかにひそめられた。


「……ありえませんわ。生体反応は完全に停止。ナノマシンによる物質変換は完璧なはず。その黒曜石の硬度は鋼鉄の数十倍。内側から破壊することなど……」


「――がっ……」


 石像の中から、くぐもった獣のような声が漏れた。


「――がっ……、る……、せえ……」


 ミシッ……! メキメキメキッ……!


 黒曜石のその滑らかな表面に一本の亀裂が走った。


 そしてその亀裂は瞬く間に石像の全身へと広がっていく。


 亀裂の隙間から漏れ出てきたのは血ではなかった。


 それはまるで溶鉱炉の内部を覗き込んだかのような、眩いほどの灼熱(しゃくねつ)()(ひかり)|だった。


「――うるせえ、っつってんだよ、この人形がぁっ!」


 パァァァァァァァァン!


 爆発。


 黒曜石の彫像が、内側からの凄まじいエネルギーの奔流によって木端微塵に砕け散った!


 そしてその破片の嵐の中心に立っていたのは。


 その分厚い鎧は溶け落ち、鍛え上げられた鋼のような肉体はあちこちが焼け爛れている。だがその誇り高きドワーフの髭は、まるで炎そのもののように黄金色に輝いていた。


 ギムレック。


 彼は生きていた。


「……親方……!」


「……馬鹿な……。私の計算が……。私の『秩序』が……! なぜ、生きて……!」


 セラフィナが初めてその声を荒らげた。


「……へっ……。てめえのその小賢しい『計算』とやらには入ってなかったようだなあ……聖女様よぉ……」


 ギムレックは、その肩に突き刺さったままの黒曜石の破片を力任に引き抜き、床に吐き捨てた。


「……ドワーフって種族はなあ……。てめえらが思うよりも、よっぽど頑固(・・)()()()()しつこい(・・・・)んだよ(・・・)!」


 セラフィナのナノマシンによる完璧な物質変換。それはギムレックの肉体を物理的に拘束した。だが彼女は、その唯一にして最大の誤算を犯していた。


 彼女は、ドワーフという種族がその魂の奥底に燃し続ける職人(しょくにん)として(・・・)()誇り(・・)――その『内なる(・・・)溶鉱炉(・・・)』の熱量(・・)までは、計算できなかったのだ。


 彼の不屈の魂。そのあまりにも強靭な精神エネルギーが、ナノマシンの物理的な拘束を内側から焼き切り、打ち破ったのだ。


「……混沌……! 理解不能なバグ……!」


 セラフィナは、その完璧な秩序を乱す最大の異物を排除するために、再びその両手をギムレックへと向けた。


「消えなさい、醜い混沌!」


 今度は先ほどのような小手先の拘束ではない。彼女の全存在をかけて、ギムレックという『バグ』を原子レベルで分解しようと、タワーの全てのエネルギーが彼女の元へと集中していく。


「親方、危ない!」


「……おうよ! こいつはちいと骨が折れそうだ!」


 ギムレックは戦斧を構え、大地に深く根を張る。


「……イザベラ! てめえの出番だ!」


「……え?」


「アルフレッドのあの馬鹿みてえに真っ直ぐな執事根性……。無駄にすんじゃねえぞ!」


 彼は私を見なかった。その不屈の瞳は、目の前の神を名乗る絶対的な『秩序』だけを見据えていた。


「こいつは俺が引き受ける! てめえはてめえの仕事をしやがれ! あの気色悪ぃ赤黒い螺旋……。あれをどうにかできるのは、この世でてめえのそのイカれた『科学』だけだ!」


 その言葉が、アルフレッドの死によって完全に凍てついていた私の心を溶かした。


 そうだ。


 私は科学者。


 泣いている場合じゃない。絶望している場合でもない。


 仲間が命を賭して作ってくれた、この一瞬の可能性。


 それを結果に繋げること。


 それこそが私の科学。


「……ハンナ! アルフレッドのこれを!」


 私は私の背中に固定されていた最後の『希望』のケースを、ハンナに手渡した。だがその中身はもはや空だった。


「……お、おねえちゃん……。これ……」


「ええ。さっき私が全部ぶちまけたもの」


 私は不敵に笑ってみせた。


「……ですがご安心を。予備(・・)()いつ(・・)()()用意(・・)して(・・)おく(・・)。……それこそが科学者のリスクヘッジ(・・・・・・)というものですわ」


 私は自らの白衣のその胸元に隠していた最後の一片。


 万が一、母株を全て失った時のためにアルフレッドに頼んでこっそりと切り分けておいた、最後の、最後の一欠片。


 それを、取り出した。


「……ギムレック!」


「おう!」


「……あなたを信じますわ!」


「……へっ。当たりめえだ。……行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


Tギムレックの魂の咆哮と、セラフィナのナノマシンによる絶対的な分解の光が激突した。


 その凄まじい秩序と混沌のエネルギーの嵐の中を。


 私はただ前だけを見据え、走り出した。


 目指すはただ一つ。


 あの不気味に脈打つ、赤黒い世界の歪みの中心。


 『エデン』システムのコアユニットへ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

アルフレッドの、命を賭した忠誠。そして、その犠牲に応えるかのように絶対的な『秩序』をその『不屈の魂』で内側から打ち破ったギムレック。 仲間たちが繋いだ、最後の希望。イザベラは、ついに世界の歪みの中心、コアユニットへとその身を投じました。


次回「最後の治療」。イザベラは、この狂った世界を、「治療」することができるのか。そして、不屈の『混沌』ギムレックと、絶対的『秩序』セラフィナの、激闘の行方は。


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