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『追放悪役令嬢の発酵無双 〜腐敗した王国を、前世の知識(バイオテクノロジー)で美味しく改革します〜』  作者: 杜陽月
科学の王国と支配の聖女

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偽りの楽園へ

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

イザベラの科学、ドワーフの技術、そして『根』の地の利。

ついに、反撃の歯車が、全て噛み合いました。 教皇庁タワーへの、無謀で、しかし希望に満ちた、電撃作戦が、ついに始まります。

イザベラたちの、最後の戦いが、ついに火蓋を切ります。

至聖所ホーリー・オブ・ホーリーの地下深く。その空気は決戦前夜の静かな、しかし灼けつくような熱気に満ちていた。


 ()の集落の中央広場には、三つの決して交わることのなかった種族からなる混成の決死隊が集結していた。闇の中でのゲリラ戦に長けたカエル率いる『根』の精鋭たち。その顔には長年の抑圧から解放されることへの獰猛な喜びが浮かんでいる。そしてギムレックとボルンに率いられたドワーフの技術者部隊。彼らの手には戦斧ではなく、自らが作り上げたこの世界の理を一時的に捻じ曲げるための奇妙な機械――『撹乱装置(ジャマー)』が誇らしげに掲げられている。最後に私とアルフレッド、ハンナ、そしてはぐれた仲間との合流を諦め、この決戦に全てを賭けることを決意したクラウス副官。


 私たちは数では圧倒的に不利だった。だが、その瞳には誰一人として絶望の色はなかった。


「……最終確認だ」


 カエルが広げられた地下通路の地図を松明の光で照らし出しながら、低い声で言った。


「作戦開始は明朝。地上の人間どもが一斉に『朝の祈り』とかいうくだらん儀式のために中央広場に集まる時間だ。警備が最も手薄になる」


「その時刻に合わせ、ボルンたちの部隊が教皇庁タワー直下の第3メンテナンスハッチでジャマーを起動させる」とギムレックが引き継ぐ。 「嬢ちゃんの計算通りならジャマーの効果時間は約十分間。その間に俺たちの知る全ての監視システム――生体センサーも警備ドローンも、完全に沈黙するはずだ」


「その沈黙の十分間が我らの全てだ」


 カエルは地図の上、タワーへと続く一本の赤い線を指でなぞった。


「俺たち『根』の突入部隊がこの最短ルートを駆け上がり、最上階のマスターコントロールルームを目指す。目的は制圧。そしてこの偽りの楽園の全ての機能を停止させること」


 そして彼は私を見た。


「……イザベラ。あんたたち地上組の役目はわかっているな?」


「ええ」と私は頷いた。 「あなた方が正面から敵の注意を引きつけている間に、私たちは別のルート――タワーの中層階にある中央エネルギー供給ダクトから侵入します。私たちの目的は破壊ではない。治療(・・)ですわ。私が培養した『星の癒し手(アステラ-ヒーラー)』の母株を、敵のシステムの心臓部――あの歪んだ二重螺旋のコアユニットに直接注入するのです」


 それはあまりにも危険で、そして緻密な二正面作戦だった。どちらか一つでも失敗すれば全滅は免れない。


「……本当にやれるのか」


 カエルの部下の一人が不安そうな声を漏らした。


「ああ、やれるさ」


 答えたのはカエルではなかった。ギムレックだった。彼は自信に満ちた笑みを浮かべて言った。


「てめえらは知らねえだろうがな。このお嬢ちゃんの『科学』ってやつは、いつだって俺たちの想像を遥かに超える『結果』を叩き出してきたんだ。……なあ、そうだろ? イザベラ」


 その絶対的な信頼が込められた言葉に、私は力強く頷いた。


「ええ。私の計算に間違いはありませんわ」


 最後の夜。


 決戦を前に誰もがそれぞれの時間を過ごしていた。


 ドワーフたちは自分たちの得物であるジャマーや特殊な工具の最後のメンテナンスに余念がない。ボルンとギムレックが、一つの設計図を前に熱く議論を交わしている姿はもはや長年の相棒のようだった。


 根の者たちは家族と、あるいは仲間たちと静かに、しかしこれまでのどの夜よりも濃密な時間を過ごしていた。焚き火を囲み、自分たちのルーツである地上の物語を子供たちに語り聞かせている。


「……太陽って本当に温かいのか?」

「ああ、温かいさ。俺たちの爺さんが言ってた。全身が溶けるみてえに温かいんだと」

「麦の畑は金色に光るんだってな」

「ああ。風が吹くとまるで大地が歌ってるみてえなんだとよ」


 彼らが語る地上はもはや現実ではなく神話の世界だった。だが、その神話を明日の戦いで現実のものにするのだ。その決意が彼らの顔を輝かせていた。


 私はその輪から少し離れた場所でハンナと共に星空を見ていた。


 もちろん本物の星空ではない。私がハンナのために研究室(ラボ)|の天井に発光する苔を使って作り上げた、ささやかなプラネタリウムだった。


「わあ……きれい……」


 ハンナは生まれて初めて見る満天の星に目を輝かせている。


「おねえちゃん。地上の夜っていつもこんなに綺麗なの?」

「ええ、そうよハンナ。もっとずっと綺麗よ。本物の星は一つ一つが太陽のように自分で燃えている巨大な炎の塊なの。そしてその中には私たちが住むこの星のような、緑の星もたくさんあるのかもしれないわ」

「……すごい……」


 ハンナはしばらくの間うっとりと偽物の星空を見上げていたが、やがて私の顔を不安そうに見上げた。


「……ねえ、おねえちゃん。明日の戦い、怖くないの?」


 子供の純粋な問い。私は彼女の小さな頭を優しく撫でた。


「……怖いか怖くないかで言えば、とても怖いわ。私の科学が通用しないかもしれない。大切な仲間を失うかもしれない。……でもね、ハンナ」


 私は彼女の瞳をまっすぐに見つめた。


「科学者というのはね、分からないことがあるからこそ前に進むことができる人種なの。この先に何があるのか知りたい。この世界の本当の姿をこの目で見たい。その『知的好奇心(ちてきこうきしん)』がどんな恐怖よりも強く私を突き動かしてくれるのよ」


 そして私は彼女にそっと囁いた。


「それに私には守るべき、あなたのような『未来』がある。そして遠い場所で私の帰りを待っていてくれる、たった一人の『現在』がある。……だから私は負けるわけにはいかないの」


 私の言葉にハンナはまだ完全には理解できないといった顔をしながらも、こくりと力強く頷いた。


 夜が明ける。


 地上の『至聖所』では鐘の音が厳かに鳴り響き、白い衣服を纏った市民たちが感情のない笑みを浮かべて中央広場へと吸い込まれていく。


 そしてその偽りの楽園の遥か地下深く。


 私たちの本当の戦いが始まった。


「――ジャマー、起動!」


 ボルンの魂の叫びが地下通路に響き渡る。


 ブゥゥゥゥゥゥゥン……!


 ドワーフの技術の粋を集めた撹乱装置が低く、しかし空間そのものを震わせるような唸りを上げた。次の瞬間、それまで私たちの頭上で常に不気味な存在感を放っていた監視システムの微弱な作動音がぴたりと止んだ。


 世界から教皇の『目』と『耳』が消え失せたのだ。


「……沈黙を確認! 有効時間はこれより十分間!」

「よし、行くぞ、野郎ども!」


 カエルの号令一下、根の精鋭たちが闇の中から疾風のように飛び出した。彼らは蜘蛛のように壁を伝い、獣のように静かに教皇庁タワーの最も警備が手薄な地下の搬入口へと殺到する。


「我らも行くわよ!」


 私もまた仲間たちと共に別のルートを駆け抜ける。目指すは中央エネルギー供給ダクト。そこからタワーの心臓部へと侵入するのだ。


 ギムレックがドワーフ特製の超硬合金でできたカッターで、ダクトの分厚い隔壁をバターのように切り裂いていく。


「へっ! 教皇の城の壁も俺たちの技の前じゃ豆腐みてえなもんだぜ!」


 切り開かれた穴の向こうには青白いエネルギーが脈打つ巨大なケーブルが、血管のように張り巡らされた垂直のシャフトがどこまでも続いていた。


「ここを登るのですわ!」


 私たちは互いの顔を見合わせ固く頷き合った。


 そして一人、また一人と、その偽りの楽園の心臓部へと続く眩暈のするような奈落へとその身を投じていった。


 私たちの最後の戦いが今、始まったのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。 ついに、反撃の火蓋は切られました。ドワーフの技術が教皇の『目』と『耳』を塞いだ、沈黙の十分間。その好機に、イザベラたち決死隊は、偽りの楽園の心臓部、教皇庁タワーへの侵入に成功しました。 しかし、それは、本当の戦いの始まりに過ぎません。


次回「沈黙の十分間」。限られた時間の中で、彼らは、タワー内部の未知なる防衛システムと、セラフィナの配下たちを、突破することができるのか。息もつけない、攻防戦が始まります。


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