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『追放悪役令嬢の発酵無双 〜腐敗した王国を、前世の知識(バイオテクノロジー)で美味しく改革します〜』  作者: 杜陽月
科学の王国と支配の聖女

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反撃の歯車

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

イザベラの科学という名の新たな槌を手に、ギムレックは、魂を失いかけていた同胞たちの心を、見事に打ち直しました。燻っていた職人たちの誇りの火は、再び燃え上がります。 ついに地下の二つの反逆の意志が一つになり、反撃の準備は整いました。イザベラの科学、ドワーフの技術、そして『根』の地の利。全ての歯車が噛み合い、教皇庁タワーへの反撃計画が、ついに本格的に始動します。

 至聖所ホーリー・オブ・ホーリーの地下深く。そこは今や地上とは全く異なる、熱い生命力に満ちた巨大な革命の工房と化していた。


 ()の集落の一角に設けられた私の研究室(ラボ)では、ガラス製の巨大なフラスコの中で黄金色の液体――乳酸菌の濃縮培養液――が、静かに、しかし力強く生命の渦を巻いていた。私が持ち込んだわずかなパン種から始まったこの小さな命の群れは、私の科学的な管理の下、三日三晩で集落全体の水耕栽培区画を浄化するのに十分な量へとその数を増やしていた。


「……信じられん。たった一人の人間の知識が、我らが何ヶ月もかけて解決できなかった呪いをこうもあっさりと……」


 ()のリーダー、カエルは水耕栽培の水槽が再び生命の緑を取り戻していく光景を呆然と見つめていた。灰色のナノマシンに覆われ死を待つだけだった野菜の根が、乳酸菌液の散布によって雪のように白い健康な新しい根を力強く伸ばし始めている。それは派手な奇跡ではない。だが、この光なき地下で生きてきた彼らにとって何よりも雄弁な科学の勝利の証明だった。


「ですから、申し上げたはずですわ。これは呪いではない、と」


 私は顕微鏡のレンズから目を離し、彼に向き直った。


「敵が科学で来たのならこちらも科学で応じるまで。彼らの兵器が中性の純水という『秩序』の中でしか生きられないのなら、私たちは乳酸菌が作り出す酸性の『混沌』をぶつけてやればいい。ただそれだけのことですわ」


 私の言葉にカエルは初めてその鋼のような瞳に畏敬の念を浮かべた。彼はもはや私を『貴族の女』として見てはいなかった。この絶望的な戦況を覆しうる唯一の『頭脳』として、その存在を認めたのだ。


「……わかった。あんたの力は本物だ。約束通り我ら『根』はあんたの剣となる。……それで、次は何をすればいい。あの忌々しい教皇庁タワーに殴り込みでもかけるか?」


「いいえ、まだですわ、カエルさん。猪武者が最初に死ぬのは物語の定石でしょう?」


 私の軽口に彼は一瞬面食らったような顔をしたが、すぐにその口元に獰猛な笑みを浮かべた。


「……面白いことを言う。ならば、どうする」


「まず敵の『目』と『耳』を完全に塞ぎます。そのための最高の職人たちが今、この地下のどこかで私たちのための『武器』を作ってくれているはずですから」


 その頃、地下のさらに深部。地熱発電所の灼熱の工房では、二人のドワーフの親方が一枚の複雑な設計図を前に唸っていた。


「……ダメだ。この回路じゃエネルギーの増幅率が計算値の七割にも届かん」


 地熱発電所の管理者である老ドワーフのボルンが煤けた顔で首を振る。彼の目の前にはイザベラが設計した『撹乱装置(ジャマー)|』の試作品一号機が不気味な沈黙を保っていた。それは街中に張り巡らされた監視センサーや警備ドローンが使う特殊な周波数の通信を、強力なノイズで妨害するための革命的な装置のはずだった。


「ちっ。だから言ったんだ。この『増魔石(ぞうませき)』の純度が足りてねえんだと」


 腕を組みその様子を眺めていたギムレックが吐き捨てるように言った。


「お前さんたちが教皇の奴隷として修理仕事ばかりやらされてる間に、鉱石を見抜く目も曇っちまったんじゃねえのか?」


「……なんだと……!」


 ボルンの顔が怒りで赤く染まる。彼の周りにいたこの工房のドワーフたちも、一斉に手に持った工具を置きギムレックを睨みつけた。


「我らがどれほどの思いでこの場所で耐えてきたか、あんたに何がわかる! 家族を人質に取られ、誇りを踏みにじられ、それでも、いつか……いつか自由の火が灯る日を信じて……!」


「その火をてめえらの手で消そうとしてるんじゃねえか!」


 ギムレックの怒声が工房全体を震わせた。


「俺だって悔しいさ! 同胞が人間の言いなりになって魂のない仕事をしている。だがな、あの科学者の嬢ちゃんは俺たちにもう一度夢を見させてくれた! 鉄の塊が空を飛ぶという最高の夢をな! そのためにはこんなガラクタさっさと完成させて地上に出るしかねえんだ! なのにてめえらは過去の恨み言ばかり並べ立てて、一体何様だ!」


 二人の親方の魂と魂が激しくぶつかり合う。一触即発。だが、その張り詰めた空気を断ち切ったのはボルンの後ろにいた若いドワーフの一言だった。


「……親方。あるいはこの『響振石(きょうしんせき)』なら使えるかもしれません」


 彼は工房の隅から埃をかぶった黒い鉱石を一つ抱えてきた。


「こいつは純度は低いですが、特定の振動を与えると他の鉱石と共鳴してそのエネルギーを増幅させる奇妙な性質を持っています。昔、爺さんからただの『遊び石』だと教わりました」


「……遊び石だと?」


 ギムレックはその石を受け取ると眉をひそめた。だが、彼はその石を指で弾き、その反響音を聞いた瞬間、目を見開いた。


「……こいつは……! おい、ボルン! てめえの一番硬い金槌を貸せ!」


 ギムレックはボルンから金槌を受け取ると、その黒い響振石をジャマーの回路のある一点にそっと置いた。そして彼は目を閉じ、精神を集中させる。


 キン……


 彼が金槌で響振石を軽く、しかし絶妙な角度で叩いた。


 次の瞬間、ジャマーの内部でそれまでくすぶっていた増魔石が、まるで呼び水を得たかのように一斉に眩いほどの光を放ち始めたのだ。


 ブゥゥゥゥゥゥゥン……!


 ジャマー全体が低く、しかし力強い唸りを上げ、その周囲の空間が陽炎のように微かに歪み始める。


「……成功だ……」


 ボルンが呆然と呟いた。


「……成功だ! やったぞ、ギムレック殿!」


 若いドワーフたちが歓喜の声を上げる。


 ギムレックは汗を拭うとボルンに向き直った。


「……悪かったな、ボルン。お前さんたちの技は少しもなまくらになっちゃいなかった。むしろ俺たちよりもよっぽど、物の『声を聞く耳(・・・・・)』を持っていたようだ」


 その最高の職人からの最大の賛辞。


 ボルンは何も言わなかった。ただその煤けた顔をくしゃりと歪ませ、深々と頭を下げた。


 地下の鉄槌は今、確かに一つになったのだ。


 その報せが()|の集落にもたらされたのは、それから数時間後のことだった。


「……ジャマー、完成。有効範囲、半径およそ二百メートル。持続時間、約十分間。……上出来だ」


 カエルはドワーフの伝令からの報告書を読み上げ、その唇に獰猛な笑みを浮かべた。


「イザベラ。あんたの言った通りになったな。これで反撃の『歯車』は全て揃ったわけだ」


「ええ。私の『科学』、ドワーフの『技術』、そしてあなた方『根』の『地の利(・・・)』。その全てが今、噛み合おうとしていますわ」


 私はカエルが広げた教皇庁タワーへの最短侵入経路を示す地下通路の地図を指し示した。


「ジャマーを起動させるのはこのタワー直下の第3メンテナンスハッチ。起動と同時にあなた方の突入部隊がここから一気に最上階を目指します。私たち地上組はその混乱に乗じて別のルートからマスターコントロールルームへと向かう」


「……危険な賭けだ。もしジャマーが効かなければ俺たちは袋の鼠だ」


「ですが、やるしかありませんわ。クラウス副官がはぐれた仲間たち――もう一機の『隼』の捜索に向かってくれています。彼らが合流できれば我らの戦力は倍になる。ですが、それを待つ時間はない」


 私の言葉にカエルは力強く頷いた。


「……ああ、わかっている。時は来た、ということだな」


 彼は立ち上がると、テントの外で待機していた彼の精鋭部隊に向かって静かに、しかし力強く告げた。


「野郎ども、準備はいいか」


『応!』


「俺たちの何十年にもわたるこの惨めな地下生活は今日で終わりだ。俺たちの手で地上を、太陽を奪い返す!」


『うおおおおおおおおおおおおっ!』


 抵抗者たちの魂からの雄叫びが地下の集落を震わせた。


 私はその光景を静かに見つめていた。


 反撃の歯車は今、確かに回り始めた。


 この偽りの楽園の心臓を食い破るために。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。 イザベラの科学、ドワーフの技術、そして『根』の地の利。ついに、反撃の歯車が、全て噛み合いました。 教皇庁タワーへの、無謀で、しかし希望に満ちた、電撃作戦が、ついに始まります。


次回「偽りの楽園へ」。イザベラたちの、最後の戦いが、ついに火蓋を切ります。


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