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『追放悪役令嬢の発酵無双 〜腐敗した王国を、前世の知識(バイオテクノロジー)で美味しく改革します〜』  作者: 杜陽月
科学の王国と支配の聖女

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地下の同盟

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

ついに、イザベラは、絶望の地下で、科学の正しさを証明しました。

それは、派手な奇跡ではない。生命の理に基づいた、地道で、しかし、揺るぎない、真実の光です。

この小さな勝利は、抵抗者たちの、凍てついた心を、溶かすことができるのでしょうか。

イザベラとカエル。二人のリーダーが、ついに手を取り合います。

「……これが私の科学の『証明(・・)』ですわ!」


 私の静かだが芯の通った声が、()の集落に響き渡った。


 私の声に何事かと集まってきた抵抗者たちが、水耕栽培区画のあの瀕死だったトマトの苗を囲む。彼らは信じられないものを見るような目でその光景を見つめていた。


 灰色のナノマシンに覆われ死を待つだけだった根元。そこから、まるで暗い土を突き破る新芽のように、一本の雪のように白い新しい根が力強く伸びている。それはあまりにも小さく、あまりにも地味な変化だった。だが、この光の届かない地下で死に慣れきってしまった彼らにとって、それは何よりも雄弁な生命の凱歌だった。


「……本当だ……」


 誰かがかすれた声で呟いた。


「……根が、生き返ってる……」


 一人の老婆が震える手でその白い根にそっと触れようとし、慌てて手を引っ込めた。まるで神聖なものに触れるかのように。


 ()|のリーダー、カエルは、その光景を誰よりも近くで誰よりも真剣な眼差しで見つめていた。彼の常に不信と警戒に満ちていたその瞳が大きく見開かれている。


「……あんたはこれをどうやった」


 彼の問いはもはや私を試すものではなかった。そこにあるのは理解を超えた現象に対する純粋な知的探求心だった。


「言ったはずですわ。環境(・・)()変えた(・・・)だけです、と」


 私は噴霧器に残っていた乳酸菌の濃縮液を彼に見せた。


「教皇の放った暗殺者――このナノマシンは、彼が管理する『浄化された水』、すなわち中性の純水の中で最も効率的に活動するように設計されている。ならばその環境を、彼らが最も嫌う強酸性(・・・)()環境(・・)へと(・・)変えてやればいい(・・・・・・・)。この液体に含まれる乳酸菌たちが生み出す『乳酸』が、彼らにとって生存不可能な世界を作り出したのですわ」


「……乳酸菌……。我らの母なる種に眠る、あの……」


「ええ。あなた方が魂と呼んだその力です。あなた方はすでにこの災厄に打ち勝つための『武器(・・)』をその手に持っていた。ただ、その『使い方』を知らなかっただけなのですわ」


 私の言葉は抵抗者たちの心に深く、そして重く突き刺さったようだった。


 自分たちがただの食料として、あるいは過去の思い出としてしか見ていなかったものが、実は自分たちの未来を救う唯一の鍵だった。その事実は彼らにとって衝撃であると同時に、一つの大きな誇りとなったのだろう。


 カエルはしばらくの間黙って私を見つめていたが、やがて意を決したように私の前に進み出た。そして彼は、この地下に来てから私が初めて見る深々とした敬意のこもった礼をした。


「……俺たちの負けだ、科学者の嬢ちゃん。いや、イザベラ・フォン・ヴェルテンベルク」


 彼は顔を上げ、その鋼のような瞳で私をまっすぐに見据えた。


「俺はあんたを信じる。いや、あんたの言う『科学』を信じる。……頼む。俺たちに力を貸してくれ。この偽りの楽園を、俺たちの手で終わらせるための力を」


 それは()|という誇り高き抵抗者たちが、初めて外部の人間にその未来を託した歴史的な瞬間だった。


 その日の夜、集落の中央にある最も大きなテントで、()の幹部たちと私たち『地上組』による最初で最も重要な作戦会議が開かれた。


 テントの中は焚き火の熱気と男たちの緊張感でむせ返るようだった。


「まず、現状を共有しよう」


 カエルが手作りの地図を広げながら口火を切った。


「イザベラの科学のおかげで水耕栽培区画の汚染を食い止める道筋は見えた。だが問題は時間(・・)だ。あの『乳酸菌液』とやらを全ての水槽に行き渡らせるには、我らの母なる種だけではあまりにも量が足りない」


「その点については問題ありませんわ」


 私は自信を持って答えた。


「私にこの集落で最も清潔で温度管理のできる一室をお貸しください。私が持ち込んだ道具とあなた方のパン種を元に、私が責任を持って乳酸菌を大量培養(・・・・)してみせます。三日もあればこの区画全体を浄化するのに十分な量を確保できるでしょう」


 私の言葉に抵抗者たちからどよめきが起こる。


「だが、問題はその後だ」


 カエルは地図の上、集落から伸びるいくつかの通路を指し示した。


「我らの最終目的はこの地下から脱出し地上を奪還すること。そのためには敵の心臓部――中央にそびえる『教皇庁(バチカン)タワー』の最上階にあるマスターコントロールルームを制圧する必要がある。だが、そこへ至る道は無数の監視ドローンと感情を持たない衛兵どもによって鉄壁の守りが固められている」


「……それに、もう一つ厄介なことがある」


 カエルは苦々しげに私の背後に立つギムレックを一瞥した。


「この地下には我ら以外の『住人』がいる。……山掘(・・)()どもだ」


「なんですって!?」


 今度は私が驚く番だった。


「ああ。奴らは我らとは別のルートからこの地下に迷い込み、独自の集落を築いている。奴らはこの街のインフラを維持するための奴隷労働力として教皇に飼われているのだ。我らが何か動きを見せれば奴らは保身のために我らを教皇に売り渡すだろう。……違うか、山掘り」


 カエルの挑発的な視線がギムレックに突き刺さる。


 ギムレックは腕を組み鼻で笑った。


「……ふん。一部はな。だが全てのドワーフが人間の言いなりになる腑抜けだと思うなよ、若造。俺たちの同胞の中にもお前さんたちと同じように、自由を求める『()()宿した(・・・)奴ら(・・)()いる(・・)』」


 彼の言葉はただの虚勢ではなかった。その瞳には同胞への確かな信頼が宿っていた。


 私は二人の間に割って入った。


「お二人とも、今は互いの種族を罵り合っている場合ではありませんわ。むしろそれは我らにとっての好機となり得ます」


「好機、だと?」


「ええ。カエルさん、あなた方『根』の強みは、この地下の地理を誰よりも熟知していること。そしてゲリラ戦術に長けていること。ギムレック殿、あなた方ドワーフの強みは、敵の機械兵や防衛システムの構造を技術的に理解し、それを無力化できる可能性があること。そして私、イザベラの科学は……」


 私は二人を、そしてそこにいる全ての者たちを見渡し、宣言した。


「……あなた方のその異なる力を、一つの巨大な力へと『融合(・・)させる(・・・)こと()()できます(・・・・)()


 私の提案はこうだ。


 まず私が乳酸菌を培養し水耕栽培区画を安定させる。その間にカエルは信頼できる部下を使い、地下のドワーフたちとの秘密の接触を試みる。ギムレックがその交渉の架け橋となる。


 そしてドワーフたちの中から我らの同盟に参加する者を見つけ出し、彼らの技術力で敵の監視システムを一時的に麻痺させる『撹乱装置(ジャマー)』を開発する。


 最後にそのジャマーが作動するごくわずかな時間――おそらくは数分間――を狙い、カエルの部隊が最短ルートで教皇庁タワーへと突入する。


 それはあまりにも危険で、そしてあまりにも無謀な電撃作戦だった。


「……面白い」


 私の計画を聞き終えたカエルが、その唇に初めて獰猛な笑みを浮かべた。


「まるで神話に出てくる英雄譚のようだ。……だが俺は神なんざ信じねえ。俺が信じるのはこの手で掴める確かな結果だけだ」


 彼は私に向かってその傷だらけの、しかし力強い手を差し出した。


「……よかろうイザベラ・フォン・ヴェルテンベルク。俺たち『根』はあんたのその無謀な科学に乗ってやる。だが忘れるな。あんたが俺たちを裏切るか、あるいはあんたの科学がまやかしだったと分かったその時は……」


 彼の瞳が鋭く光る。


「……あんたのその白い首を俺がこの手でへし折ってやる」


「望むところですわ」


 私はその手を強く握り返した。


「私の科学は決してあなた方を裏切りませんから」


 その固い握手。


 それはこの偽りの楽園の厚い壁の下で、静かに産声を上げた新たな同盟の証。


 地上を追われた者たちと地下で生まれ育った者たち。


 決して交わることのなかった二つの反逆の意志が今、一つの巨大なうねりとなって動き出そうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。 ついに、イザベラは、絶望の地下で、科学の正しさを証明し、抵抗者たちとの同盟を結びました。地上を追われた者たちと、地下で生まれ育った者たち。二つの反逆の意志が、今、一つになります。 しかし、彼らの前には、地下に潜むもう一つの勢力――ドワーフたちの存在が。


次回「地下の鉄槌」。ギムレックが、同胞との、困難な交渉に挑みます。


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