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執行官の解剖学

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

傷つきながらも、彼らは新たな拠点、そして新たな仲間との絆を手にしました。そして、イザベラの目の前には、古代の叡智を解き明かすための、最高の舞台が用意されます。

教皇たちの切り札であった『執行官』の残骸。その内部に隠された秘密とは、一体何なのか。イザベラの、科学者としての真骨頂が、ついに発揮されます。

 鉄槌の王国アイアンハンマー・キングダムの、伝説の『大工房(グレート・フォージ)』。そこは、今やこの星の未来を賭けた、最も重要な研究室(ラボ)と化していた。中央の巨大な溶鉱炉が放つ地熱が、洞窟全体を温め、壁一面に並べられた工具が、これから始まる前代未聞の『手術』を、静かに待っている。

 その中央、祭壇のように設えられた巨大な黒曜石の台座の上に、あの悪夢の残骸――『執行官』の、黒焦げになった動力炉が、鎮座していた。それは、ただの機械の残骸ではなかった。我々の希望を打ち砕き、仲間たちの命を奪いかけた、悪意の塊そのものだった。


「……始めましょうか」

 私が、白衣の袖を捲り上げながら告げると、その場の空気が、ピンと張り詰めた。私の周囲には、この世界の最高の知性が集結している。ドワーフの王ブロック・アイアンハンマーと、傷の癒えぬ身を押して立ち会うギムレック。エルフの議長エララと、その側近であるラエロン。そして、私の忠実な仲間たち。

「エララ議長。お願いします」

「うむ」

 エララは、工房の隅に鎮座する、巨大な水晶盤――『真実の鏡ミラー・オブ・トゥルース』の前に立つと、その白く美しい手を、水晶にそっと触れさせた。

「古の光よ、我らの問いに答えよ。その奥に隠されし、真実の姿を、我らに示したまえ」

 彼女が、澄み切った声で古の歌を紡ぎ始めると、水晶盤は、まるで夜明けの空のように、内側から淡い光を放ち始めた。それは、エルフの魔法と、ドワーフの古代技術が融合した、奇跡の分析装置。私の科学が、この世界の深淵を覗き込むための、唯一の『目』だった。


「ギムレック殿。まずは、外装の分析から。この合金の組成を、特定します」

「おうよ、お嬢ちゃん!」

 ギムレックの弟子たちが、慎重に、執行官の装甲の破片を、真実の鏡の前に設置されたサンプル台に置く。エララの歌声が高まると、水晶盤の光が、その破片を包み込んだ。

 次の瞬間、工房の壁に、巨大な光の紋様が映し出された。それは、金属の、原子レベルでの結晶構造を、三次元的に可視化したものだった。

「……なんだ、こりゃあ……」

 ギムレックが、その紋様を食い入るように見つめ、呻いた 。



「鉄でも、ミスリル(・・・・)でも、アダマンタイト(・・・・・・・)でもねえ。俺たちの知る、どんな金属とも違う。まるで、生き物のように、分子が互いに手を取り合って、自己修復するような構造をしてやがる……!」



「ええ。おそらくは、古代文明が作り出した、形状記憶能力を持つ、生体金属……。私の硫酸塩還元菌が、あれほどまでに効果的だったのは、この合金が、生物的な性質を持っていたからなのでしょう」



 敵の技術レベルの高さに、ドワーフたちが、悔しさと、そして職人としての興奮が入り混じった、複雑な表情を浮かべる。


「……本丸は、こちらですわ」

 私は、執行官の心臓部――地殻変動を誘発するために設計された、動力炉のコアユニットを、真実の鏡の前へと運ばせた。

「この内部構造を、解明します。彼らが、何を考え、何をしようとしていたのか。その全ての答えが、この中にあるはずです」

 再び、エララの歌声が響き渡る。真実の鏡が、その最大の輝きを放ち、動力炉の、複雑怪奇な内部構造を、壁面に映し出した。

 そこに現れたのは、歯車や回路といった、機械的な構造ではなかった。

 それは、まるで、人間の脳の神経細胞――ニューロン(・・・・・)のように、無数の光の線が、複雑に絡み合い、明滅を繰り返す、光のネットワークだった。

「……なんと、美しい……。これは、もはや機械ではない。思考する、結晶知性体クリスタル・インテリジェンス……」

 エララが、畏敬の念に満ちた声で呟く。

「だが、その中心にある、あの禍々しい光は、なんだ……?」

 ラエロンが指さした先。光のネットワークの中心で、一つだけ、どす黒い、闇のような光を放つ、核が存在していた。それは、周囲の光を喰らい、自らのエネルギーへと変換しているかのようだった。

「……あれこそが、この執行官の、本当の心臓。そして、教皇ヴァレリウスの、悪意そのものですわ」

 私は、確信を持って告げた。

「ギムレック殿! 真実の鏡の出力を、最大に! あの核の、さらに内部を、覗き込みます!」

「無茶を言うな、お嬢ちゃん! これ以上は、水晶が……!」

「お願いします!」

 私の、悲痛なまでの叫びに、ギムレックとエララは、覚悟を決めたように頷き合った。

 エララの歌声が、絶叫に変わる。ギムレックが、装置の制御ハンドルを、限界まで回す。

 真実の鏡が、断末魔のような軋みを上げ、その光が、黒い核の、さらに深淵へと、突き刺さっていった。


 そして、私たちは、見た。

 その、絶望の、さらに奥底に、隠されていた、究極の真実を。


 黒い核の、その中心。

 そこに浮かび上がったのは、あの、心臓の大樹(ハートウッド)で見た、生命の二重螺旋(にじゅうらせん)と、全く同じ、光の構造体だった。

 だが、それは、歪んでいた。

 美しかったはずの螺旋は、まるで悪意に満ちた意志によって、強制的に捻じ曲げられ、その輝きを失い、黒い棘のような、破壊のエネルギーを、その身から放っていた。

「……ああ……」

 エララが、その場に、膝から崩れ落ちた。

「……母なる樹の……生命(・・)()()|が……穢されている……!」

 それは、まさに、冒涜だった。

 生命を生み出すための、神聖な設計図。それを、古代文明は、あるいは、教皇ヴァレリウスは、反転(・・)させ、生命を破壊するためだけの、究極の兵器へと、作り変えていたのだ。

 創造(・・)()破壊(・・)()表裏一体(・・・・)

 その、あまりにも残酷で、そして、あまりにも美しい、世界の真理が、私たちの目の前に、突きつけられていた。


「……そうか……。そうだったのね……」

 私は、全てを理解した。

 教皇ヴァレリウスが、心臓の大樹の叡智を、あれほどまでに恐れ、根絶やしにしようとした理由。

 彼は、私たちが、この真実にたどり着くことを、恐れていたのだ。

 生命の設計図を、手にした者が、神にも、悪魔にもなれるという、その禁断の真実に。

 彼の言う『秩序』とは、その強大すぎる力を、誰の手にも渡さぬよう、永遠に封印し、人類を、無知な羊のまま、管理し続けることだったのだ。

「……間違っているわ……」

 私の唇から、静かな、しかし、鋼のような意志を込めた言葉が、漏れた。

「力そのものに、善も悪もない。それを、どう使うか。どう制御するか。そこにこそ、私たちの、知性の価値があるはず……! 恐怖から目を背け、全てを封印するあなたのやり方は、ただの、思考停止(・・・・)ですわ!」

 私は、壁に映し出された、歪んだ螺旋を、まっすぐに見据えた。

 それは、敵の力の源泉。そして、同時に、私たちが、これから打ち破るべき、最大の壁だった。

「皆さん。私たちの、本当の敵が、誰なのか。そして、私たちが、何と戦うべきなのかが、今、はっきりとしました」

 私は、仲間たちに向き直り、宣言した。

「私たちの戦いは、もはや、聖女や、教皇との戦いではない。この、歪められてしまった、生命の理そのものとの、戦いです。そして、それに勝利するための、唯一の武器は……」

 私は、アルフレッドとハンナが、命がけで守り抜いた、ガラスケースの中の『母株』を、そっと撫でた。

「……この子たち。古代の叡智を受け継いだ、本物の、生命の力だけですわ」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ついに、敵の力の根源と、教皇の真の目的が明らかになりました。それは、生命の設計図そのものを悪用した、冒涜的な技術。そして、その真実を知った上で、人類を管理しようとする、歪んだ秩序でした。

絶望的な真実を前に、イザベラは、科学者として、そして、この星に生きる者として、最後の戦いを決意します。


次回「最終決戦の地へ」。物語は、ついに、フェーズ3へと突入します。


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