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鉄槌の王国にて

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

執行官との戦いは、勝利というにはあまりにも大きな代償を伴いました。しかし、その絶望の灰の中から、種族を超えた本物の『同盟』という、かけがえのない宝が生まれたのです。

戦いの舞台は、最終決戦の地へと移ります。守り抜いた希望の種を手に、イザベラたちは一度体勢を立て直すことを決意しました。ここからが、物語の最終章の始まりです。

 テル(・・)アドリエル(・・・・・)からの撤退は、静かで、そして厳粛なものだった。

 私たちのキャラバンは、奇妙な、そしてこの世界の歴史上、誰も見たことのない光景を呈していた。先頭を行くのは、シュヴァルツェンベルクの紋章を掲げたクラウス副官率いる騎士の一団 。その後ろに、私の研究機材と、そして何よりも大切な『星の癒し手(アステラ・ヒーラー)』の母株(マザー・ストック)を積んだ馬車が続く 。そして、その馬車を護衛するように、誇り高きエルフの戦士たちと、無骨なドワーフの職人たちが、互いにぎこちない距離を保ちながらも、一つの隊列を組んで歩いているのだ。



 彼らの顔に、故郷を失った悲壮感はなかった。むしろ、その瞳には、共通の敵を前に、種族を超えた仲間を得たことへの、静かで、しかし力強い決意の光が宿っていた。


 負傷したギムレックは、ドワーフたちが作り上げた頑丈な担架に乗せられ、エルフの癒し手たちの手厚い看護を受けていた 。彼の巨体を支えた代償は大きく、その全身は包帯に巻かれ、呼吸もまだ浅い。だが、議長エララが、その白く美しい手を彼のかざすたび、エメラルド色の温かい光が彼を包み込み、その苦痛を和らげているようだった。



「……ちっ。(とんが)(みみ)どもの世話になるとはな。死んでも死に切れん……」

 憎まれ口を叩きながらも、その声には、もはや以前のような刺々しさはない。むしろ、自分を救うために魔力を消耗し、顔色を悪くしているエララを気遣うような、不器用な響きがあった。

「口を動かす体力があるなら、治癒に専念することだ、鉄槌の王国の民よ。お主が死ねば、あの科学者の片腕がもがれることになる。それは、我ら全員の損失だ」

 エララの言葉もまた、素っ気ない。だが、その手から注がれる癒しの光は、どこまでも優しかった。

 私は、その光景を、静かな感動と共に、見つめていた。

 教皇ヴァレリウス。あなたは、我々を絶望の淵に叩き落としたつもりでしょう。ですが、その絶望こそが、私たちの間に、あなたが最も恐れる、本物の『(きずな)』を、生み出してくれたのですわ。


 鉄槌の王国アイアンハンマー・キングダムへの帰還は、新たな緊張を生んだ。

 ドワーフの王ブロック・アイアンハンマーは、勅命をもって、エルフたちを『同盟者』として迎え入れることを宣言していた。だが、何百年にもわたって積み重ねられてきた不信感は、そう簡単に消えるものではない。

 巨大な城門をくぐり、地下都市へと入った私たちを、ドワーフの民たちは、遠巻きに、そして明らかに敵意の混じった視線で見ていた。特に、その優雅な物腰と、美しい容姿を持つエルフたちに対しては、侮蔑の色を隠そうともしない。

「……なんだ、あの気取った連中は」

「尖り耳どもが、我らの聖域を汚しに来たのか」

「王は、何を考えておられるのだ……」

 その、敵意に満ちた空気を、一変させたのは、担架に乗せられたギムレックの姿だった。

「……親方!」「ギムレック様!」

 彼らは、自分たちの尊敬する親方が、瀕死の重傷を負っていることに、衝撃を受けた。そして、その彼を、憎きはずのエルフの長老が、自らの魔力を削ってまで、癒し続けているという、信じがたい光景を目の当たりにしたのだ。

 ギムレックは、担架の上から、か細い、しかし、威厳に満ちた声で、同胞たちに告げた。

「……黙って、道を開けろ、野郎ども。こいつらは、俺の、そして、この鉄槌の王国の、(いのち)恩人(おんじん)だ。……この恩を仇で返すような真似をしてみろ。このワシが、叩き直してくれるわ」

 その言葉は、絶対だった。ドワーフたちは、戸惑いながらも、静かに道を開けていく。

 それは、まだ完全な融和ではなかった。だが、巨大な岩盤に穿たれた、最初の、小さな亀裂だった。


 国王ブロック・アイアンハンマーは、私たちを、城の最も奥深くにある、これまで誰も足を踏み入れたことのない場所へと案内してくれた。

「ここを使え、イザベラ・フォン・ヴェルテンベルクよ」

 重厚な鉄の扉が開かれた先には、広大な、そして、私の想像を遥かに超える、壮麗な空間が広がっていた。

 そこは、ドワーフの、古代の王たちが使っていたという、伝説の『大工房(グレート・フォージ)』だった。中央には、山の心臓部から直接地熱を引き込んだ、巨大な溶鉱炉が鎮座し、壁一面には、ありとあらゆる種類の、精密な工具や測定器具が、整然と並べられている。そして、何よりも私を驚かせたのは、工房の隅に、まるで祭壇のように設置された、巨大な水晶盤だった。

「これは……!」

「うむ。古代に、我らの祖先が、エルフの力を借りて作り上げたとされる、『真実の鏡ミラー・オブ・トゥルース』。物質の内部構造を、寸分の狂いもなく映し出す、魔法の道具よ。……今の我らには、もはや動かす術も分からん、ただのガラクタだがな」

 私は、その水晶盤に、吸い寄せられるように近づいた。

(……X線結晶構造解析装置……? いや、違う。もっと、原理の異なる、魔法と科学が融合した、未知の分析機器……!)

 私の科学者としての魂が、歓喜に打ち震えていた。ヴェルテンベルクの、あの古びた教会も悪くはなかった。だが、ここは、私の知識を、私の科学を、最大限に、いえ、その限界を超えて、発揮させてくれる、世界最高(・・・・)研究室(ラボラトリ)だったのだ 。


「陛下。この御恩、何と感謝すれば……」

「礼など、不要だ」

 王は、静かに首を横に振った。

「これは、恩ではない。投資(とうし)だ。お主の科学に対する、我らドワーフという種族の、未来を賭けた、な」

 彼の言葉に、私は、深く、深く、頭を下げた。

 私は、すぐに仲間たちに指示を飛ばした。

「アルフレッド、ハンナ! 『母株』を、最も清浄な区画へ! クラウス副官、この工房の警備を最高レベルに! そして、ギムレックの弟子たちよ! 私と共に、あの『執行官』の残骸を、この『真実の鏡』の前へ!」



 ドワーフの若者たちが、雄叫びを上げて、執行官の動力炉の残骸を、慎重に運び込んでくる。

 私は、その黒焦げになった、未知の合金の塊を前に、白衣――アルフレッドが、いつの間にか用意してくれていた――の袖を、捲り上げた。

「さて、始めましょうか」

 私の声は、静かだったが、その場の全ての者を支配するほどの、熱を帯びていた。

「聖女セラフィナ、教皇ヴァレリウス。あなた方が、最も触れられたくなかった、古代の叡智。その、禁断の扉を、今、私の科学が、こじ開けて差し上げますわ」


 私の指が、真実の鏡の、冷たい水晶盤に、そっと触れる。

 最終決戦に向けた、反撃の狼煙。

 それは、この、鋼鉄の王国で、再び、静かに、しかし、力強く、上がったのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

傷つきながらも、彼らは新たな拠点、そして新たな仲間との絆を手にしました。そして、イザベラの目の前には、古代の叡智を解き明かすための、最高の舞台が用意されます。

教皇たちの切り札であった『執行官』の残骸。その内部に隠された秘密とは、一体何なのか。


次回「執行官の解剖学」。イザベラの、科学者としての真骨頂が、ついに発揮されます。


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