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見えない君に、恋をした。

作者: ふぅ。
掲載日:2026/01/30

透明人間である少女と普通の高校生である少年の淡い恋物語です。

「おはよう」

「おはよー」

そんな挨拶をしながら彼、-町田理-(まちだおさむ)は自分の席に着いた。

理は何の変哲もない入学したばかりの高校1年生だ。

特徴といえば同学年の男子と並んだ時に谷底のようになる身長と、くるりと跳ねている癖毛くらいだ。

理は自分のバッグから教科書を出すと下らないと言わんばかりに頬杖をついた。

別にスカしている訳ではない。

ただこの変わり映えしない日常に退屈しているのだ。

そんな理の日常を彩る人がいる。


「おはよう、町田君」

「うん、おはよう」


今理に話しかけてきた女子生徒、彼女だ。

名前は-雲隠霧子-(くもがくれきりこ)

霧子は不思議な子だ。

霧子の体は誰にも見ることができない。

名は体をあらわすとは霧子のことを表現する言葉と言える、彼女は透明人間なのだ。

不思議なことに理たちが住む街、白露(しらつゆ)町には昔からごく少数ではあるものの透明人間がいた。

だから入学式の日、顔を合わせた時も霧子を見て驚く人は少なかった。


「よいしょっと」


霧子は理の隣の席に座った。

霧子の席は理の隣なのだ。


「ねえ町田君、一限目はなんだったっけ?」


理の頭の位置より上から声がかけられる。

これもまた日常だ。

姿は見えないが理とは反対に霧子は身長が高い。

理は霧子がいるであろう方を向き答えた。


「一限は数学だよ」

「ありがとう」


理は素っ気なく答えたが内心では霧子に話しかけられて嬉しく思っていた。

そう、理は霧子に恋をしている。

だが理は霧子への恋情を本人に伝える気は無いし、他の人にも言う気はない。

当然だろう、姿も見れない透明人間に恋をするなんて変な話だ。


「最近暑くなってきたね〜」

「うん、そうだね。もうすぐ6月だもんね」


霧子は理に再び話しかける。

理は確かに最近暑いな、なんて考えていた。

理は暑い季節が嫌いだ。

夏なんて無くなればいいなんて思っている。


「テスト難しかったね」

「高校に入って初めてのテストだったから緊張もしたよ」


2人はそんな他愛も無い話をする。

何気ない日常の風景だが理はこの霧子と話す時間を何よりも愛しく感じていた。


「それはそうと町田くん!ステバの新作飲んだ?」

「ああ、抹茶のやつだっけ?飲んでないよ」


そういうのはキラキラした女子高生が飲むものだろ、だなんて理は考えていた。


「そうなの?私もまだ飲んでないんだ〜、ねぇ、もしよかったら放課後駅前のステバ行かない?」

「え?」


まさに寝耳に水だ、理は咄嗟に言った。


「も、もちろん。僕でよければ行くよ」

「ほんと?やったー!約束だよ」


理は天に昇る気持ちになった。

高校に入学してからずっと密かに恋心を抱いていた霧子と放課後も一緒にいられるなんて思ってもみなかった。

本当にこれは現実なのだろうか?

理は自らの頬をつねった。


痛い…


どうやら現実のようだ。

と、その時、チャイムの音色が始業を告げた。


ガラガラ


教室の扉が開かれる。


「はい、SHR(ショートホームルーム)するよー」


扉を開け、声を発した主は理たちの担任だった。

今日もまた、変わり映えしない一日が始まる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はい、それじゃあさようなら。明日は文化祭の案を募集するから各自考えておくように」


やっと学校が終わった……

理はそう思った。

放課後に霧子と駅前に行くのが待ちきれなく、理は今日の授業を上の空で聞いていた。

時計をいくら見ても時間は早く進まず、それどころかいつもより遅く感じられた。

理はそんなもどかしい気分で一日を過ごしていた。

その時霧子が理に話しかけた。


「それじゃあ町田くん、学校も終わったし、ステバ、行こ?」

「うん、行こう」


理と霧子は駅前のステバに向かいだした。


「ねぇねぇ、文化祭の案、何かあるかな?」


道中霧子がそう理に尋ねた。

理は自らの癖毛を指に巻きながら考える。

これは理の癖なのだ。


「そうだなぁ……」


そうだ、お化け屋敷はどうだろう、うちのクラスには透明人間がいるんだ、おあつらえ向きじゃないか。

理はそう考えた。


「お化け屋敷、とかどうかな?」

「お化け屋敷?いいねそれ!」

「そういう雲隠さんは何かやりたい事決まってるの?」

「うーん、私はね、喫茶店をやりたいの!」

「喫茶店か、それもいいね。なんで喫茶店がやりたいの?」

「実は私の家の近くにね、本屋さんと喫茶店が一緒になってるお店があるの。そこで気になった小説を買って喫茶店でゆっくり読むのが好きなんだ〜。だから喫茶店」

「そうなんだ、すごくおしゃれだね」


理は正直に思ったことを口にした。

だがその言葉は否定されてしまった。


「そんな、おしゃれなんかじゃないよ、小さい時からその喫茶店にお母さんと一緒に行ってて懇意にしてもらってるだけだよ」


それでも理には霧子が嬉しそうにしているのが分かった。

動きは見えないが確かにわかる。

理は姿の見えない霧子を知覚するために、普段から霧子の声色、足音などを注意深く聞いている、だからだ。

文化祭について話しているうちにステバに着いた。


「期間限定の抹茶フラペチーノで」

「かしこまりました」


霧子は慣れた様子で注文をした。

店員が次は理の番だと言わんばかりに見つめてくる。


「あ、同じやつで」


理はステバに慣れていなかった。


「そういえば雲隠さんは、どんなジャンルの小説が好きなの?」

「え?うーん、色んなの読むけどやっぱり恋愛小説かな!特に障壁のある恋のお話が好き」

「病気とか身分に差があるみたいな感じ?」

「そうそう、私が1番好きな小説はね、短編なんだけど、病弱でいつも家にいる少女と活発なサッカー少年のお話。いつも女の子は窓から少年がサッカーをしているのを見ているんだ」

「あらすじを聞いているだけで面白そうだ」

「でしょ、今度貸してあげるね」

「あ、うん、ありがとう」


理は平然と答えたが彼の脈拍は大きく、速くなっていた。

好きな子から本を借りることができる。

いや、それだけでは無い。

本を借りて読むということは感想の交換も出来るということだ。

それは理にとっては神からの贈り物のようなものだった。

しかし理はあることに気づいた。

障壁のある恋、それは理の霧子への恋情も同じである、と。

理はある質問をしたくなった、いやしなければならないと感じた。

理は勇気を振り絞って聞いた。


「雲隠さんは好きな男の子とかいないの?」

「え?」


理は霧子が目を丸くしているのがわかった。

持つ理の指先が震える。

カップから伝わる冷感など理は微塵も感じていなかった。



「うーん、今はいないかなぁ。まだ入学したばっかだしみんなのこと詳しくわかんないし。」

「そっか、そう…だよね」 


理は残念そうで、だけど少しばかり希望を持ったような声色で返事した。

詳しく知らないなら知って、もらえばいい。

そう思ったからだ。


「そういう町田くんは好きな子いないの?」


理はこの質問が返ってくると分かっていた。

意を決して理は答える。


「僕は……」


言葉が喉の奥で震えた。

ステバのざわめきが、急に遠くなる。

霧子の気配だけが、すぐ隣で静かに揺れている。


理は深く息を吸った。

逃げたくない。

今日ここに来た意味を、無駄にしたくなかった。


「……好きな子、いるよ」


霧子が小さく息を呑む気配がした。

透明な彼女の視線が、まっすぐ理に向けられたように感じる。


「そ、その子って……どんな子?」


霧子の声は、いつもより少しだけ高い。

緊張しているのが、理にも分かった。

抹茶フラペチーノの氷が、カランと音を立てる。


「……背が高くて、声が綺麗で、よく話しかけてくれる子」


霧子は黙った。

その沈黙は、拒絶ではなく、戸惑いでもなく……

何かを必死に抑えているような、そんな静けさだった。


理は続けた。


「姿は見えないけど……僕は、ちゃんと“見えてる”つもりなんだ。その子のこと」


霧子の気配が、ふわりと揺れた。

まるで、透明な肩が震えたように感じた。


「……町田くん」


霧子の声は、かすかに震えていた。


「その子って……もしかして……」


理はうなずいた。

逃げずに、まっすぐに。


「雲隠さんだよ」


霧子はしばらく何も言わなかった。

けれど、理には分かった。

霧子が今、どんな表情をしているのか。


透明でも、分かる。

ずっと隣にいたから。


「……うれしい」


霧子の声は、泣き笑いのように揺れていた。


「私……透明だから、誰かに“好き”って言われるなんて、思ってなかった」


理は首を振った。


「透明でも、関係ないよ。僕は……雲隠さんが好きなんだ」


霧子は小さく笑った。

その笑い声は、今までで一番近くに感じた。


「……ねぇ町田くん」


「うん?」


「手、出して」


理は言われるままに、そっと手を差し出した。

次の瞬間——


ふわり、と。

温かいものが、理の手に触れた。


透明なはずの霧子の手が、確かにそこにあった。


「……これで、分かるでしょ」


霧子の声は、恥ずかしそうで、でも嬉しそうで。


「私も……町田くんのこと、もっと知りたい、初めて"私"を見てくれる人だから」


理の心臓は、もうどうしようもないほど跳ねていた。



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