表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【ウクライナ情勢】ドンバスボックス

作者: 栗野庫舞

必勝しゃもじ「ウクライナに勝利を」


ドネツィク州旗「ロシア側に敗北を」

 青い空が広がっている。


 あなたはいつも通る道で、奇妙な箱を見つけた。


 一メートル以上はある、銀色の大きな箱だった。


 あなたが(フタ)を開くと、中へと吸い込まれた――。


   ■


 学校の教室らしき場所の席に、あなたは座っていた。


 向こうの教壇には、若い女性教師らしき日本人が立っている。


「本日の授業は、ウクライナ情勢についてです。ウクライナは東ヨーロッパに位置する国家で、2022年2月24日、隣のテロ国家ロシアによる侵略が始まり、ウクライナは窮地(きゅうち)に立たされました」


 女教師は語り始める。


 侵略者ロシアは戦争とは呼ばずに、特別軍事作戦と称する。ウクライナとの国境を無視して越え、ウクライナを超える武力で侵攻を開始した。


「このロシアの侵略行為は、突然始まったのではありません」


 ロシアを擁護する人間もまた、同じことを言う。2022年にロシアが急に攻めて来たわけではない、というロシア側の主張だけは正しい。ロシアが2014年あるいはそれ以前から、工作を進めていた疑惑が濃厚だとされているのだから。


「2014年、マイダン革命と呼ばれる出来事がありました。当時のウクライナ大統領が、欧州連合との協定の調印をしなかったことで混乱が起こります。大きな暴動にまで発展し、最終的に彼はロシアへと逃亡しました」


 親ロシア派とされた大統領が逃げたことを、ロシアは願ってもいない機会だと考えて、その事実を利用する。反ロシア派からロシア系住民という守るという名目で、ロシアはクリミア半島を占領したのだった。


 ウクライナ国内法に従わない住民投票を、ウクライナ南部にあるクリミア自治共和国とセバストポリ特別市でおこない、住民保護ではなく、領土の併合をしたのである。


 クリミアはかつてロシア領だった時代もあり、なおかつロシア寄りの住民が多かった。そのお陰でロシアは、難なくクリミアを奪い取ることが可能だった。


 この成功体験があったからこそ、2022年にロシアは二度めとなる、自称・特別軍事作戦を始めたのだとも推測されている。


 なお、ロシアにとってはクリミア併合は正当だと思っているようだが、ウクライナから見れば、領土の略奪だ。これによって、ウクライナにおいて反ロシア感情が爆増したのは、あなたにも容易に想像がつくだろう。


「ロシアを擁護する人々は、政権転覆を起こしたマイダン革命をマイダンクーデターと呼びます」


 必ず湧いてくるのが、マイダンクーデターが原因だと言う人間達である。彼らのおかしなところは、マイダンクーデターは悪いと言うのに、ロシアの武力行使は様々な理由をつけて良しとするところだ。


 彼らは気に入らない人間に対しては二重基準だと非難し、自分達の二重基準は通す。


 彼らは、ロシアは悪じゃないと言いながら、ウクライナを悪のようにしか扱わない。


 そんな彼らは、二重基準を使い分ける有害として位置づけられている。侵略国家と一緒に滅ぶべき存在だろう。


「ロシアはクーデターを起こした代償は大きいぞと言わんばかりに、クリミア半島を奪い取りました」


 侵略者ロシアは、いつも理由をつけて奪い取る。


「さらには、ウクライナ東部のドンバスと呼ばれる地方で、親ロシアを自認する分離独立派の人々が反乱を起こします」


 ドンバスに該当するのは、ルハンシク州とドネツィク州の二州だ。


「分離主義の人間達は、ルハンシク州とドネツィク州でそれぞれ、自称・人民共和国の建国を勝手に宣言しました。違法行為の始まりです」


 女教師の言うように、敵はいつも、悪事へと手を染める。


「ロシアを擁護する人々は、マイダン革命をマイダンクーデターと呼ぶのに、分離主義者達による二つの人民共和国の独立宣言はクーデターとは呼びません。ウクライナ側だけをクーデターだと非難し、分離派のほうは政権転覆があったから独立しただけだとし、非難はしません。いわゆるダブルスタンダードです」


 こんなのを支持する人間達は、根本的におかしい。


「二つの人民共和国に対しては、ロシアを擁護する人々は異常なぐらいに甘いです」


 女教師の言うように、敵は全く公平ではない。


「例えば、ウクライナがロシア語を禁止したと非難するにもかかわらず、二つの人民共和国がウクライナ語に対して同じことをしても、非難しないどころか触れもしません。二つの人民共和国も、ウクライナ同様に非難されてしかるべきですが、全く責めませんよね」


 だからこそ、敵の擁護者達は、信用出来るようなものではない。


「まだあります。大統領の任期が五年のウクライナで大統領が五年以上もやるのはウクライナ憲法違反と言いますが、二つの人民共和国の勝手な独立もウクライナ憲法違反だとは、決して言いませんでした。敵は都合の良い部分だけを切り取るのです」


 敵がウクライナを責めることは大抵、敵自身もやっているという理不尽。


 二つの人民共和国を非難しないのは、おかしい。


「ウクライナからの分離は、ウクライナ全土の住民投票で決めると定められているのに、分離主義者はそんなの無視です。彼らにとっては、独立のための戦いなんでしょうが、ウクライナから見れば、テロリスト達の殲滅(せんめつ)作戦の対象でしかないでしょうね」


 そのテロリスト達つまりドンバスの分離独立派は、ヘリや戦闘機、それに民間航空機さえも撃墜する。


「分離独立の支持は、ロシアへの融和性が強いウクライナ東部でさえも、ウクライナ残留(ざんりゅう)の支持よりも下回っていました。マイダン革命を支持しない東部の反応としては、対照的と言えるでしょう」


 あくまでもウクライナ側の調べた情報だが、ロシアに併合されたいという意見は、どのウクライナ東部の州でも多数派にはなっていない。


「二つの人民共和国とウクライナは完全な敵対関係となり、紛争になりました。これがドンバス紛争です」


 おかしなロシア側の人間は、この紛争に対して、ウクライナだけを非難する。


 敵は、一方的にウクライナがドンバスを攻撃していたという話を、ネットで拡散し続ける。だが、考えてみてほしい。本当に一方的に攻撃されていたのなら、紛争でウクライナ軍兵士が4000人以上も亡くなっているのはおかしい。


 これを一方的とは言わない。


「紛争中、ドンバスの分離主義者達は住民投票をおこない、異常に高い賛成率が出て来て、独立が支持されたと言い張ります。このやりかたは興味深いことに、ロシアと一緒なのです」


 侵略者ロシアや二つの人民共和国がウクライナでやった住民投票は、どれも悪事だ。 特に、ウクライナ南部のザポリージャ州とヘルソン州でロシアがやった住民投票は、明確な悪事であるとあなたも疑わないだろう。


「そもそも国の根幹を揺るがすような住民投票は、告知から投票まで、長い時間をかけて真摯(しんし)かつ公正におこなうべきですが、ロシアおよび二つの人民共和国は、短期間かつ強引で、そして不正におこないます」


 武力で占領し、一日で独立させて、編入と称して併合することを、日本語では悪質な手口と言う。


「これに正当性があると言う人間は、犯罪を肯定するのと大差ありません」


 2014年の頃のロシアは、クリミアを奪って満足しており、なおかつドンバスをウクライナから分離させるとウクライナ国内の親ロシア率が減ってしまうため、二つの人民共和国の住民投票には乗り気ではなかったという意見もある。


 それでも、ロシアになりたい二つの人民共和国はロシアに支援を求めた。二つの人民共和国への兵器の提供など、テロ国家ロシアの関与は強く疑われている。


「ウクライナと二つの人民共和国との紛争は激化しましたが、停戦や二つの人民共和国の自治、違法な武装集団の撤退などを盛り込んだ、ミンスク合意がなされました」


 このミンスク合意によって戦闘や犠牲は減ったため、一定の意味はあったが、二度あったミンスク合意の後も停戦違反は続いた。


「このミンスク合意で何度も言われる嘘が、ウクライナ側が守らなかった、というものです。ウクライナが違反したことは度々ありましたが、二つの人民共和国側も守っていませんでした。それなのに、二つの人民共和国は責められません。二つの人民共和国は無敵の自称国家ですよね、最低です」


  ロシア側の人間は、二つの人民共和国がミンスク合意に違反していたことも、当然のように触れない。


「ミンスク合意を破ったというのなら、ロシアは双方に罰を与えるべきでした」


 二つの人民共和国には関与していないとロシアは主張しても、結局は二つの人民共和国のほうにだけ肩入れしていたのは、事実でしかない。


 巨大な軍事力を持つロシアを頼り、ウクライナの侵略を代わりにロシアにやらせた側が、二つの人民共和国だ。ロシアの陰に隠れて一切非難されず、それどころか虐殺された被害者を装う。


 ロシアを擁護する人間達は、ロシアは二つの人民共和国には関与していない、紛争はウクライナが問題だと言いながら、ロシアがドンバスのロシア系住人に支援をしてきたと誇る。


 二つの人民共和国が国を自称するなら、他国の支援に頼らずに独立だけを遂行するべきだった。


「それでは、ドンバス紛争で最も言われている嘘を、お伝えしましょうか。八年間、ウクライナはドンバスで民間人を13000人以上も虐殺した、というものです」


 卑劣なことに、14000、15000など、数を水増しする輩もいる。


「この数字は国連組織の報告が(もと)になっていますが、ウクライナ兵、二つの人民共和国の兵、民間人の総数であり、民間人だけではありません。民間人だけなら、3000人以上とするべきです」


 犠牲者の多くは、2014年から2015年に亡くなっている。


 ちなみに、二つの人民共和国は、ドンバス紛争時にそれぞれ4000人以上、2000人以上の民間人が死亡したと主張しているようだ。これを信じたとしても、13000人という数字とは一致しない。


「そもそも、おかしな人々は、ウクライナはドンバスを攻撃していたと言いますが、ドンバスは、ドネツィク州とルハンシク州のウクライナ支配地域、二つの人民共和国の支配地域と、二分されていました」


 黒板に簡単なドンバス地図が書かれた。最後に加えられた一本の線が、ウクライナ側と二つの人民共和国側の境界線を示す。


「単にドンバスとするのは、適切ではありません」


 ミンスク合意は、ドンバスに自治権を与えるものではなく、二つの人民共和国の支配地域に自治権を与えるものだった。


 策略国家ロシアがミンスク合意は存在しないと言って破棄したのも、二つの人民共和国の支配地域外を奪うための措置でしかない。


「2021年から2022年にかけて、ウクライナは攻勢を強めました。もちろん、二つの人民共和国も反撃をし、ロシアに助けを求めます。これに応じたロシアは、二つの人民共和国を国家承認し、集団的自衛権という理由で、ウクライナへと侵攻しました」


 集団的自衛権を言いながらも、ウクライナの自衛権を非難する。敵はどうしようもない連中だ。集団的自衛権で東部ドンバス地方だけでなくウクライナ北部や南部にも部隊を展開し、占領しているのだから、集団的自衛権とは言えない。


 どう言えばいいのか。


 侵略である。


「教室の向こうを見て下さい」


 教師が室内の後ろのほうを指差した。あなたがそちらを見ると、いつから居たのか、四人の女子高生が立っている。


「ロシア側の主張はこうです。A子さんが、B子さんとC子さんを殴っていました。だからロシアことD子さんが、B子さんとC子さんを助けに入りました。これはしかたがない行動なんだと口にしながら」


 その通りの光景を、あなたは目にした。


「ですが、実際はそうではありません」


 四人の高校生は動きを止め、仕切り直して行動する。


「A子さんは、B子さんC子さんと殴り合っていました。D子さんは仲の良いB子さんC子さんを助け、A子さんをB子さんC子さんと一緒に殴り始めます。A子さんにだけ悪者だネオナチだと罵倒しながら」


 二つめの光景が、あなたの視界でおこなわれた。


「これが特別軍事作戦です」


 女教師は断言する。


「ロシアはロシア系住民の保護するためと言いますが、二つの人民共和国の支配地域以外を武力で奪い続けています。また、非ナチ化やウクライナの中立化など、様々な言いがかりでごまかします。あなたはまともでしょうから、テロ国家ロシアが侵略を正当化しようとしているとしか、思わないでしょう」


 ロシア側だけが、二つの人民共和国を正しいとする。


 これこそが大きな間違いだ。


 事態は複雑化しているが、結局はドンバス紛争を口実に利用した、ロシアによるウクライナ領土の略奪である。


 侵略。


 これを否定したいのなら、ウクライナから撤退することで証明が可能だろう。しかし、ロシアはそうしない。領土拡大の欲望があるからだ。


 ドンバスは元々ロシア領だったと指摘する人間もいる。だからと言って、今の領土の持ち主であるウクライナを尊重せず、武力で奪い取るのはおかしい。


「ロシア側は、自分達で戦えないならウクライナは諦めろ、ウクライナには力がないんだから降伏しろと、やたら言います。このような言葉は、二つの人民共和国に向けられるべきでした。ロシアを当てにする二つの自称国家に」


 二つの人民共和国は特別軍事作戦の間に、ロシアに編入された。分離独立派の、独立とは(なん)だったのか。ロシアに併合されているじゃないかと、二つの人民共和国に非難の言葉を飛ばしてやるべきところだ。


 もし、武力による領土の略奪がおこなわれていることが正しいとするなら、二つの人民共和国を滅ぼすべきだったという考えも、正しい。


「最後に、日本としての立場を語ります。ソ連が卑怯な手口で奪い取った北方領土と同じようなことが、ウクライナでも起こっています。日本はロシアを非難し、ロシアの侵略が終わらない限りは、永遠に距離を置くのが良いでしょう」


 対話は必要だが、侵略者と仲良くなる必要は無い。仲良くなればなるほど、日本が侵略される口実を与えてしまう。今のウクライナのように。


「以上で、授業を終わりにします。侵略者ロシアと姑息(こそく)傀儡(かいらい)二つの人民共和国に、相応の(むく)いが訪れますように」


 戦争の終結は、ウクライナと日本にとって、実りのあるものであってほしい。


 こうして、あなたへの授業が終わった直後、疑似ロシア軍の砲撃が開始された。


 凄まじい音だった。


 教室にミサイルが着弾した。


 窓は粉々に破壊され、あなたは意識を失った。


   □


 何時(いつ)からだろうか?


 あなたは元いた場所にいた。


 まだ、あの大きな箱がある。


 中を見ると、今度は吸い込まれない。箱の底まで確認が出来た。


 奥には不気味な闇があった。怖かった。


 けれども、一瞬だけ、穏やかな希望の光が見えたような気がした。


 あなたは帰ろうと思い、箱から離れる。


 ふと振り向いた時、そこにはもう、箱はなかった。


 不思議に思いながらも、あなたは不思議と気に()めないで歩き始めた。


 あなたは夕焼け空を見る。


 時刻は今、どのくらいだろうか?


 あなたは空のどこを探しても、ミサイルが飛ぶ姿を見つけることは出来なかった。


                    (終わり)

ロシアの侵略、悪意ある住民投票を、非難します。


快速しゃもじ「ロシアは快速にウクライナから撤退しろ」


ルハンシク州旗「ロシアは青い空を(けが)す。ウクライナ侵略をやめろ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ