表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綴化  作者: 沼下 百敗
5/12

第四章

 夏休みが終わり、本格的に二学期が始まった。制服は夏服から冬服に替わり、朝晩は肌寒さを感じるようになってきた。

「眞人君、秋といえばあれだよね、あれ!」

「……あれって?」

「読書だよ、読書!」

 委員長は満面の笑みで答えた。

「本当に本が好きなんだな、委員長は。あ、そういえば俺も面白い本を見つけたんだ」

「ほんと? どんな本?」

 バッグから一冊の本を取り出す。

「『ライ麦畑でつかまえて』。昨日ちょうど読み終わったところなんだ」

「気になってたやつだ! えっ、それ貸してくれるの?」

「いいよ。よかったら読んでみて」

「やった、ありがとう!」

 委員長は嬉しそうに本を受け取った。

「お礼に、私も何か貸してあげる。……今日、放課後うちに来て」

 まるで当然のことのように、委員長はそう言った。

 放課後、俺たちは並んで歩いて委員長の家へ向かった。そこは、都営の古い団地の一階だった。

「お邪魔します」

「今日は夜までお母さん帰ってこないから、ゆっくりしてって」

 玄関からすぐの部屋に通されると、そこは小さく整った空間だった。本棚にはぎっしりと本が詰まっていて、壁にも天井にも、文字の気配が染み込んでいるようだった。

「はい、これ。『アルジャーノンに花束を』。私の大好きな本」

「ありがとう。できるだけ早く読むよ。読んだら感想言うね」

 そう言って本をバッグにしまう。

「……煙草、吸ってもいい?」

「うん。じゃあ、屋上行こうか」

 団地の古びた階段を登っていくと、夕焼けに染まる街が一望できた。風が肌を撫で、少しだけ体が震える。

「ここ、気持ちいいでしょ」

 委員長が空を見上げながら言った。

「うん。ちょっと寒いけど」

 ポケットからハイライトを取り出し、風が止むのを待って火をつけた。ジュッという小さな音が鳴り、煙が肺の奥に染み込んでいく。

「眞人君さ、入学式の日のこと覚えてる? みんなが帰り始めた時に、突然話しかけてきたでしょ」

「覚えてるよ。……あの時、めちゃくちゃ緊張した」

「私、あれすっごくびっくりしたんだから。昔から友達いなかったし、高校でもできる気がしなかった。でも、『友達いないのか? だったら一緒に帰ろうぜ』って……優しいなって思った」

「俺も、友達いなかったからさ。せめて一人は欲しいなって……」

「でもその割に、帰り道ずーっと黙ってたよね。……この人、ちょっと可愛いなって思ったよ、その時」

 煙を吐きながら、何も言えずに空を見上げた。

「私はね、この先も、ずっとずっと眞人君と一緒にいたい。……約束だよ」

 胸の奥が温かくなって、同時に少しだけ痛くなった。言葉が出てこない。

「……なんか、さっきより風が冷たくなってきた。そろそろ戻ろうか」

 煙草の火を指でつまんで消しながら言うと、委員長は少しだけ笑って頷いた。

「うん、そうだね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ