未来から来た預言者
自分は未来からやって来た未来人だと名乗る人間が現れた。
もちろん、そういうのはよくある与太話だから、いつもの僕なら、関心なんか示さなかっただろうと思う。でも、その時は少し事情が違った。
その未来人は僕の近所に住んでいて、しかも、世間話を交わすくらいの、軽い知り合いでもあったからだ。
断っておくけど、その人はいわゆる電波系では決してない。どちらかというと理知的な印象を受け、実際知識もかなり豊富だ。
人は簡単には分からない?
それもあるかもしれない。けど、僕はまだちょっと気にかかっていた。何かがありそうだ、と。
世間でその彼が話題になったのは、いくつかの事件を彼が言い当てた事が切っ掛けだった。例えば、アメリカのサブプライム問題の発生、そして中国のチベット問題。
更に、彼がこれから先の未来に悲惨な展開が待っていると言い、その回避方法が存在すると主張すると、一気に注目を集めた。
彼は言う。
「このままでは、地球温暖化やその他の地球規模の環境問題は悪化し続けます。また、経済問題も解決できません。
悲惨な未来がやって来るでしょう。
しかし、回避する方法はあります。情報技術を活かし、流通体制の無駄を省いてください。もちろん、今までも行ってきたかもしれませんが、充分ではありません。まだまだ省ける余地はあります。すると、物流に対するコストを下げる事が可能になります。
運送や、それに関わる労働力ですね。
すると、二酸化炭素の発生をその分抑えられ、労働力も余る事になります。その余った労働力を、炭素の固定や省エネルギー、新エネルギーの生産などに用いれば、経済活性化によって、環境問題を改善できます。
それによって、税収が増加すれば、財政赤字問題も改善していくでしょう。もちろん、労働力を余らせれば、それを医療福祉分野に割く事も可能になります」
真偽はもちろん疑われたけど、言っている事は理に適っている。いくつかの国が彼の提案する方法を受け入れ、そしてそれが成功すると、彼のカリスマ性は揺るぎないものになってしまった。
彼の言葉は予言ではなく、預言として扱われるようになってしまったのだ。だけど、ある時期になると、彼は自分はもう役には立たないとそう主張し始めた。
「もうこの現実は、私の知っている未来とは、かなり異なる展開になっています。時代の流れが変わったのでしょう。私はもう、この今の社会において一般の人となんら変わらない。未来を知る人間ではなくなってしまった」
つまり、未来が変わったから、未来人の自分には、もう未来を予言する力はないと言っているのだ。ただし、それでも世間の熱は治まらなかったのだけど。
僕は、もう彼に会う事はないだろうと考えていた。彼は有名人だし、僕はただの一般人だ。しかし、偶然ってのはあるもんで、僕は彼と公園で出会ってしまったんだ。
変装していたけど、僕は彼だと直ぐに分かった。
「やぁ そんな変装くらいじゃ、簡単に分かっちゃうと思うよ」
僕が公園のベンチに座っている彼にそう話しかけると、彼は苦笑した。
「いや、もう堪らなくてさ。公園に気軽に散歩くらいしたいもんさ。あんな嘘を簡単に信じちゃって… 本当に、世間の人達ってのは困ったもんさ」
「嘘? やっぱり、嘘だったのか? 未来から来たってのは」
「嘘だよ。まさか、君まで僕が未来からやって来たなんて信じていた訳じゃないのだろう?」
僕はちょっと迷うとこう答えた。
「まぁねぇ。でも、正直に告白すると、どうやって君が未来を予言したのかは全く分かっていないのだけど」
すると、彼は軽く笑った。
「アハハハ。
実は、僕は未来を予言なんかしちゃいないんだよ。アメリカのサブプライム問題は、少し経済を知っているならほとんどの人がその存在を知っていた。分からないのは爆発する時期だけ。それも、大まかにならば予測は可能だ。当たったのは運が良かったけど。
チベットの問題はね、実は僕はその単語すら発していない。何らかの民族紛争の類が起こるだろうと言っただけさ。経済問題は様々な問題を引き起こすんだよ。サブプライム問題が爆発すれば、当然その影響で、民俗紛争だって酷くなる。
つまり、僕は十分に予測可能な事を予測しただけなんだ。少し当てれば、後はあれこれと騒ぎ立てる連中が、勝手に誇大宣伝してくれる…… まぁ、そういう理屈だね」
僕はその彼の説明を聞くと、驚いてこう尋ねた。
「そんな事を告白してしまっていいの? もしも、誰かにばれたら」
「その心配はないと思うよ。もう、僕本人が実は嘘でしたって言っても、信じ続ける人は信じ続けるさ。疑う人は疑い続けるだろうけど。何しろ、人間は信じたがる現実を信じる生き物だからね。こういったオカルト的なものを人は信じたがるんだ。“未知”ってものに弱いのだな。惹かれてしまう。そして畏れ、怖れもする。僕が普通の人になれるのは、一体いつになるのやら……」
彼は少し疲れた顔をしていた。彼の話し方や態度から、僕は彼がこういった事態に陥る事を予想していたのじゃないかと感じた。だから、疑問に思ったんだ。
「どうして、そんな嘘を言ったのだい?」
すると、彼はあっさりとこう返した。
「人が愚かだからさ」
「愚かだから?」
「そう。単に理屈を言うだけだったら、多分、僕の話なんか誰も聞かない。例え、それで多くの問題を解決できてもね。でも“未来人”なんてものをそこに振ってやると、いきなり反応をし始めるんだ。
先にも言ったろう?
人は“未知”に弱いんだ。それを畏怖する生き物だよ。だから、宗教と政治は昔から深い関係にあった。
同じ言葉でも、普通の人間から発せられれば“ただの理屈”で、未知なる存在から発せられれば“預言”になる。
まぁ、そういう話だね」
作中で書いた、サブプライム問題が周知の事実であった話は本当です。
バブルが弾ける前に、経済のニュースで何度も話題になっていましたから。アメリカの住宅バブルがいつ弾けるか分からない、と。
そして、やはり同じ様に何度も話題になっている事があります。
日本の国家破産です。
これは予言ではありませんが、このままなら、それは現実になってしまうかもしれません。
「ソーシャル・エコロノミクス」や「通貨循環の視点から」で書いた方法で、景気を回復させ、同時に国の無駄遣いを減らせば、恐らくそれは回避できます。
僕は不器用なので、この物語の主人公のように上手くこの社会に伝えられませんが。