006 自主トレ
一旦部屋に帰り、着替える。そしてタオルと練習着と飲み物を手に取りすぐに部屋を出る。今日も今日とて自主トレだ。
寮の階段を降りて、そのまま階段下の収納スペースに入る。周囲に人目がないことは確認済みだ。色々なものが置かれておりそれを避けつつ進むと、壁に薄い木の扉がある。その扉の奥には地下へと続く階段があり、再び階段を降りると通路が続いている。なんでもこの地下通路は非常用の避難通路らしい。学校のそこらじゅうに繋がっており、大きな避難所もある。その避難所が俺の秘密のトレーニングルームだ。
そもそもなんで自主トレするのにこんなところまで来る必要があるか箱崎に聞いたら「いやだって君は魔法や魔術に関しては何も知らないだろ?でも魔法使いの家に生まれたらそんなことはまず有り得ないからね。高校生にもなって幼稚園児がするようなトレーニングをしていたら周りに怪しまれるだろ?」と少し煽られた。箱崎には腹が立ったが、誰にも邪魔されないトレーニングルームを貰ったと考えたらプラスだろう。
しかし、トレーニングルームに入ると先客がいた。
「あら、遅かったのですね。」
月島華憐、名門月島家のご長女様。容姿端麗、文武両道のスーパーお嬢様だ。箱崎いわく同年代最強の魔法使いらしく、春休み中に力試しを挑んだら次の瞬間には地面に転がされていたのはいい思い出だ。
「ちょっと友達に絡まれてた。月島さんのクラスも午前だけ?」
お互い白桜学園に入学したが、お嬢様は特進クラスで俺は普通クラス、文字通り住む世界が違うわけだ。
「華憐、苗字で呼ばれるのはあまり好きではないんですの。どうぞ名前で呼んでください。」
「えぇと、華憐、さん。」
「はい、私のクラスもホームルームとオリエンテーションだけでした。」
ではなぜ住む世界が違う彼女と一緒にトレーニングをしているかというと、彼女が俺のボディーガードらしいのだ。俺は世界初の転移魔法使いで超珍しく超弱い。そんな俺を守る為に同じ学校に通う最強の華憐さんがボディーガードに選ばれたというわけだ。
ボディーガードといえばドラマに出てくるSPのように、対象につきっきりで警護するものかと思っていたが実際はそんなことはなく、お互い別々に学校生活を送っていた。なんでも彼女にかかれば俺が学園内にいれば、どこにいて誰と何をしているかまで大体分かるらしい。そして学園の敷地内であれば数十秒で駆けつけられるから、それぞれ別のクラスでもボディーガードとしても問題ないとか。色々規格外過ぎて本当に同い年か疑ってしまうレベルだ。
一応俺は一般生徒として入学しており、そんな俺にボディーガードがついていたら怪しまれる為に学校では関わらないようにしている。しかし、ここは秘密のトレーニングルームで毎日俺は自主トレをしている。ボディーガードという立場上、華憐さんにもここのことは教えられており、華憐さんも人目がなくトレーニングできる場所はありがたいらしく、春休み後半からは毎日のように一緒にトレーニングをしていた。一緒にトレーニングをしている、といっても彼女は別世界の人間。トレーニング内容は全く別な為、同じ部屋でそれぞれのメニューを消化しているだけだが。
それにしても、鏡の前で刀を振う彼女は神々しさを覚えるほどに美しい。
「おっと、見惚れてる場合じゃないか。」
俺は俺で夕飯までにメニューを消化しないといけない。気持ちを切り替え自主トレを始める。
俺が行っているのはいわゆる身体強化魔術というものだ。魔術の中では基礎の基礎。身体中の魔力を活性化させ、全身に馴染ませることで身体能力を向上させる魔術だそうだ。基礎の基礎なだけあって術式と呼べるような複雑な仕組みはなく、強化幅も誤差レベルだ。いきなり某界○拳のように2倍や3倍の身体能力が手に入るわけではない。箱崎によれば魔力を練って馴染ませることとそれを維持することが魔力コントロールの訓練になるそうだ。また、活性化された魔力を身体に馴染ませることで、身体全体の基礎能力が向上するらしい。
壁を背にして座り目を閉じる。身体の奥底に眠る魔力をかき回すイメージで魔力を練る。活性化した魔力は動きが活発になり、次々と身体から漏れ出ていく。これをそれぞれの細胞が吸収するイメージで、魔力を馴染ませる。身体強化魔術の発動はわりとスムーズにできるようになったと思う。難しいのはここからだ。ゆっくりと立ち上がり歩きだす。途端に魔力を練ることが不安定になった。今の課題はここだ、身体を動かしながら強化術を維持することが難しい。
「だぁー!やっぱ難しいー!」
いよいよ強化術の維持が切れて座りこむ。ふと、華憐さんを見るとまだ刀を振っていた。もちろん身体強化魔術も発動している。自分も身体強化魔術を練習しだして彼女の凄さを理解した気がする。彼女は魔力の活性化がおそろしく早い。瞬きする間に起動しており、魔力の循環も淀みがない。そのまま目にも止まらない速度で刀を振っているのだから本当に同い年とは思えない。
「あの、そんなに見られると恥ずかしいのですが。」
「あ、あぁ、ごめん。やっぱり上手いなと思って。」
「いえ、私なんてまだまだ。宇山さんこそ初日から身体強化術を発動させてたじゃないですか。私は発動するのに3日はかかりましたよ。」
「え、そうなの?ちなみにそれって何歳の時?」
「確か3歳くらいだったと思います。」
なんだよ!実は俺天才なんじゃないかと思ってしまった。3歳の3日と15歳の1日じゃ比較にならないじゃん!
「3歳!?そんな歳から魔術の修行ってするものなの?」
「いえ、ウチが、というより私が早かっただけで、大体みなさん小学校にあがるくらいから練習をはじめるご家庭が多いイメージです。」
「それでも小学生から練習はするんだ。追いつけるかな俺。」
「それに関しては心配ないと思いますよ?高校生になるまでは、身体強化魔術と生活汎用魔術以外の魔術は使用禁止ですし、強化術を熱心に練習している子もごく一部だけですので。世間一般の高校生にはすぐ追いつけますよ。」
「なるほど。」
考えてみたら納得だ。小さい子どもに使い方を誤ると危険な魔術は使わせないか。みんな生活に便利な魔術は使い慣れて上手いけど、身体強化魔術なんて使うメリットない魔術はわざわざ練習したりしないか。
ピピピピピ
彼女のスマホがなる。
「あら、もうこんな時間。では、私はここで失礼しますね。」
「お疲れ〜」
荷物をまとめて華憐さんは帰ってしまった。春休み中からいつもそうだ。彼女は夕飯前にシャワーを浴びたいらしく少し早めに寮に帰る。ここからは俺1人の時間だ。
ところで俺は箱崎から転移魔法の練習を禁止されている。禁止というか「使えるようになっても使わないなら意味ないよね?他に練習することがあるよね?」と基礎訓練を優先するようにと言われている。
「舐めるな!俺は転移魔法が使いたいんだ!」
ていうか、俺から転移魔法を取ると魔力の扱いが下手な男子高校生ということになる。なんというかそれは悔しい。ということで最近俺は、華憐さんが帰った後1人で練習を重ねている。最初は箱崎から渡されたメニューを消化することで魔力を使い切ってしまっていたが、ここ1週間程でトレーニング後も少し魔力に余裕が出てきた。魔力効率がよくなったのか魔力量が増えたのか分からないが、練習の効果を感じられて俺のモチベーションは過去最高潮だ。
「転移!」
別に口に出す必要はないがなんとなく声をあげて発動する。魔法の発動に関してはやろうと思ったら即できた。転移した時の感覚は独特で、気づいたらそこにいるのだ。魔力を活性化させ、目で転移する箇所を指定、そして発動!と思ったらもうそこにいる。
「発動は簡単なんだよな〜でもな〜」
初めて成功した時は興奮したが、今は転移魔法の欠点に気づき悩んでいる。それは、ぶっちゃけ走った方が速くね?問題だ。現状俺は転移の際に、目視で転移先を指定しており、目をつぶった状態では上手く発動しなかった。ここのトレーニングルームは体育館程の広さがあり、端から端までは転移することができた。しかし、扉の前に立ちその扉の裏の廊下に転移しようとしてもできなかった。つまり、俺の転移魔法では“目視での転移先の指定”が必須であることが分かった。ここで思い出すのは華憐さんだ。彼女が軽く刀を振った時俺は正直目で追うこともおぼつかなかった。それほどまでに彼女は速い。もし仮にこの部屋の端から端まで彼女が走って、俺が転移したらどちらが速く端に着くだろう。おそらくだが、彼女の方が速い気がする。
「己の未熟さを呪えばいいのか、ボディーガードの優秀さを喜べばいいのか微妙なところだな。」
なので俺は自分に対して改善点を二つ挙げた。一つ目は転移の射程を伸ばすこと。二つ目はもっと素早く発動することだ。一つ目に関してはどうしたらいいか分からないので一旦放置している。なので目下の目標は発動時間の短縮だ。これはなんとなく回数こなせば改善するかなと希望を抱いている。
「よーし!どんどん行くぞー!転移!」
「入学おめでとう、悠紀君。」
突然声をかけられ、振り返ると箱崎が立っていた。
「げっ!箱崎!どうしてここに。」
「なんだいその三下感溢れるセリフは。僕は様子見ついでに入学おめでとうの挨拶をしにきただけだけど、今転移魔法使った?」
「え?いや?使ってないぞ。」
やばっ!見られたか?まぁ、別に悪いことしてたわけじゃないし、言われたメニューは全部こなしてるし問題ないだろ。
「まぁ華憐君がいた時から見てたんだけどね。君って実は独り言多いタイプ?」
「おい、覗き見かよ!趣味悪いな!」
「まぁ元気そうでなによりだよ。見た感じ転移魔法を使えるようになったみたいだけど、僕基礎訓練を優先するように言ってなかったっけ。」
「やってるよ!箱崎に言われたメニューは毎日サボらずやってます!それで余った魔力で自主トレしてたんですぅ!」
「そうか、もうそんな余裕が出てきたのか。初日はちょっと訓練しただけでヘロヘロになってたのに、成長期とはすごいね。」
開き直ってこっそり転移魔法の練習をしていたことを言うと箱崎は少し驚いた様子だ。
「まぁ、順調みたいでなによりだ。じゃあ新しいメニューを送っておくから明日からはそれで頑張ってくれたまえ。」
それだけ言うと帰りはじめる箱崎。
「は?え、ちょ、俺まだ魔法の練習したい。おい!無視するな!ちょ、待ってって!」
本当に帰ってしまった。数分後、スマホに新メニューが届いていた。明日からは当分魔法練習はお預けになったことは言うまでもない。