003 特異点
———一週間後
「というわけで、今日は入学手続きに行こう。」
「当たり前のように入ってこないでください。てか、どういうわけですか。」
「なんだいつれないね、もしかして失恋でもしたかい?メンタルヘルスは専門ではないが、相談くらいは聞いてやるよ?なんてったって僕は君の主治医なんだからね。」
そうだった、箱崎はダルい人間だった。
「入学手続きって、そもそも俺、入試すらまともに受けてないんですよ。」
「あれ?言ってなかったっけ?君の特殊な事情を勘案して、僕の母校に紹介状を書いたんだよ。そしたら見事入学を認められてね。今日は必要書類の記入と制服の採寸に行くんだ。あ、ちなみにご両親には僕から説明済みでサインもいただいてる。」
俺が箱崎のダル絡みを華麗にスルーしたのもどこ吹く風で、更なる爆弾を投下する箱崎。だが絶対に反応しない。つっこんだら負けなのだ。
「……いやだと言ったら?」
「悲しい中卒ニートが一人産まれるね。」
「分かりましたよ、準備します。」
「いやぁ、話が早くて助かるよ。部屋の外で待ってるから、貴重品だけ持って出てきてくれ。」
まぁ、なんとなく予想はしていた。倒れた時期的に俺の進路として残されたのは、滑り止めで受けていた高校と箱崎が謎にプッシュしてくる母校とやらぐらいだ。高校に進学できるだけでもマシ、と思わなければならない状況ではある。
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どうやら俺は本当に拉致等のリスクがあるらしく、部屋からの外出をやんわりと禁じられていた。風呂とトイレは部屋にあるし、食事は三食決まった時間に運ばれてくる。面会は三日前にようやく許可が下りた。一日一回十五分で両親のみだが。一度売店にでも行ってやろうと部屋を出たら、すぐに看護師さんが走ってきて部屋に戻るように促された。売店に行きたいと言うと、看護師さんが代わりに行ってくれるとのことで、何が欲しいか聞かれる徹底っぷりだ。軟禁と言って差し支えないだろう。
久しぶりの外出に、若干ワクワクしながら準備を整える。といっても、服を着替えてスリッパから靴に履き替えるだけだが。
「よし、では行こうか。」
部屋から出ると箱崎が待っていた。そのままペタペタと歩き出す。どうでもいいが本当にその格好で出かけるのだろうか。今の箱崎は、よれた白衣に履き古したサンダル姿だ。とても重要な手続きをしに行くとは思えない。まぁ、話すのもめんどくさいので黙ってついて行く。
箱崎について歩くこと体感五分。明らかに業務用と思われるエレベーターの前に着く。これまで潜った扉の数は、片手の指よりは多い。どんだけ奥地にいたんだよ俺。エレベーターに乗り込むとそのまま地下まで降りる。降りた先には黒塗りのワンボックスが止まっており、早く乗るように急かされる。いや、怪しすぎないか?箱崎は俺が誰かに拉致られるかもしれないとか言っていたが、箱崎こそ悪の組織の一員ではないかと今更ながらに恐怖を覚える。
「バカなこと考えてないで早く行くよ。」
「あ、ちょっ、あぶないっ!」
どこからともなく風がふき、体が浮かび上がる。箱崎に魔法で持ち上げられたと気付いたのは、車が走り出した後だった。
———関東、山間部
車に揺られること一時間、俺は人里離れた山奥まで連れてこられた。道は舗装されておらずガタガタ揺れて酔いそうだ。てか、都市部から一時間でこんな山奥まで来れるのかよ。
いよいよ拉致されて埋められるのではと震えていると車が止まる。
「さ、着いたよ。少し歩くから、足元気をつけて。」
窓から外をみると、学校どころか木しか見えない。箱崎はさっさと降りて歩き出している。
本気で逃げ出すことも考えたが、現在地が分からない上に、こんな山奥では遭難する未来しか思い浮かばない。渋々箱崎について歩く。
箱崎は道ともいえない獣道を、迷うことなく進んでいる。よくこんな足元が悪い中サンダルで歩けるなとみてみると、魔法を使って枝を切ったり少し整地をしたりして歩いてる。やたら落ち葉や砂がこっちに飛んでくるなと思ったら、それも箱崎の魔法っぽい。
「このやろっ」
腹がたったので落ちていたドングリを拾って、箱崎に投げつける。
投げつけた瞬間、強い風が吹きバランスを崩す。風に乗って、どんぐりが三つ飛んできて頭に当たる。
「うわっ!…いたっ!!」
ゲラゲラと腹を抱えて笑う箱崎。
「さいっこうだね君は。」
「クソが!」
俺のやることリストの最上位に、箱崎への復讐がリストアップされた。
「まあまあ、茶番はこれくらいにして。……着いたよ、ここが特異点だ。」
「は?」
堪えきれない、というようにまだ笑っている箱崎の横には斜面に穴が開いており、箱崎はそのまま中に入ってしまう。高さは2mないくらいで、人一人が立って歩けるくらいの穴だ。置いてけぼりにされても仕方ないので、ついて行くとすぐに行き止まりに到達する。
箱崎は行き止まりの手前で待っており、すぐ後ろの空間が歪んでいた。
「いや、特異点?てなんですか!それ、大丈夫なやつですか!?」
言われなくても分かる、箱崎の後ろにある歪みから魔力がドロドロと出てきている。どうやらこの洞穴はその歪みの魔力で満たされているようだ。
「これは特異点。地球とアンヴィラドを繋ぐ門のようなものさ。」
「アン、びらど?……どこですか、それ。」
「ざっくり言えば、異世界。まぁ、行ってみれば分かるよ。この門に魔力を流せば開くからやってみてくれ。」
「ささっ」と手で促す箱崎。
異世界?異世界ってあのハ◯ー・ポッターのように箒に乗って飛んだり、はたまた冒険者としてダンジョンに潜るような剣と魔法の異世界か?おいおい、遂に来たなこの時が。
逸る気持ちを抑え歪みの前に立つ。魔力操作はこの一週間で大分上達した。暴発しないように魔力を練って活性化させる。少しずつ体に流れる魔力が増えるのが分かる。練った魔力を右手に集めるイメージ。そのまま歪みに手を伸ばすと、魔力が吸い込まれる!
「そのまま魔力を流し続けて!もう少しで開くよ!」
想像より魔力が必要みたいだ。異世界に行きたい一心で必死に魔力を練る。歪みが勝手に魔力を吸ってくれるので、自分で右手に魔力を集めなくていい分、練ることに集中する。
すると突然吸い込みが途絶える。みると歪みは穴に変わっていた。中は黒くて見えない。
「ご苦労。それじゃあ行こうか。」
躊躇なく穴に入っていく箱崎、置いてかれまいと俺も続く。
穴から出た先は、さっきと同じような洞穴の中だった。違う点は奥にコンビニのような自動ドアがあること。既に箱崎はドアを潜ろうとしていた。
「ようこそ、御山市へ。箱崎様とお連れ様ですね、免許証の提示をお願いします。」
自動ドアの先では、箱崎が受付で手続きをしていた。なんとなく税関のような雰囲気がある。ていうか多分税関だ。箱崎が出したカードを受付の女の人が機械に読み込ませる。ピンポーンと受付脇のゲートのロックが解除され、そのまま箱崎はゲートの先に行ってしまう。ガチャンと再度ロックが掛かった音が聞こえた。
「ちょっと、先生!俺どうしたらいいんですか!?」
ここまでなんの説明もなく連れて来られた俺は、当然ここで何をしたらいいのかなんて分からない。そもそもさっき箱崎が出した免許証?なんて持ってない。もしかして詰んだか?
そういえば昔の映画で、パスポートを無くして空港から出られなくなったおじさんの話があったような気がする。あのおじさんも、今の俺と同じ気持ちだったのかもしれない。
いや、そんなことを考えても仕方ない。結局箱崎が全部悪いのだ。受付のお姉さんに正直に話して、捕まえるなら箱崎を捕まえてもらおう。勇気を出して受付に向かう。
「お連れの方もようこそ、お話は伺っております。初回の越境の為、生体情報の登録を行います。こちらに手の甲を上にして、手を乗せてください。」
「あ、はい。」
どうやら心配は杞憂だったようだ。言われるままに、お姉さんが取り出したプレートのようなものに手を置く。僅かに魔力が吸われた。
「ありがとうございます。ではこちらに、住所と生年月日、お名前を記入してください。」
個人情報の記入を求められ思わず躊躇うが、記入しないことには先に進まないだろうし素直に従う。
おそらく公的な機関の、正式な手続きであることはなんとなく理解しているが、箱崎に連れて来られたという事実が不安にさせる。
「はい、確認できました。すぐに仮の市民証を発行しますので少々お待ちください。この仮市民証は、学生証が発行されるまでの身分証明書となりますので、絶対に無くさないように大切に保管してください。…はい、発行されました。記載されてる情報に間違いがなければ受け取りのサインをお願いします。」
「はい、間違いないです。」
「では手続きは以上となります。お気をつけて。」
ピンポーンと再びゲートが開く。ニヤニヤと笑っている箱崎を見て怒りが再燃してくる。
「なにをグズグズしているんだい、さぁ行くよ。」
「おまっ、いい加減に……!ちょっ、待って!!」
終始人をおちょくるような態度の箱崎にイライラが止まらない。そんな俺などおかまいなしに、先に進んで行く箱崎。そのままエレベーターに乗り込んだ為、置いてかれまいと俺も駆け込む。エレベーター内で文句をたれるが全く相手にされない。そのままエレベーターはどんどんと上に登っていき、一階で扉が開く。てか、地下に居たのかよ!?
「ちょっとくらい事前に説明してくれてたって、いいんじゃないですかねぇ。」
「まぁまぁ、サプライズってやつだよ。そんなことよりどうだい、異世界は?ここはもう地球ではないんだよ?」
「いや、どうみたって市役所の中じゃないですか。いい加減人をバカにするのはやめてください!」
さっき歩いている時に、市民課のカウンターがあった。だからここは市役所で確定だ。箱崎に異世界と言われて、まんまと騙された自分がバカみたいだ。
歩きながら話していると正面玄関みたいなところに辿り着く。建物も日本によくある少し古めの市役所って感じで、行き交う人も明らかに日本人、おまけに日本語で会話している。異世界要素など皆無である。
「嘘じゃないさ、ほら。」
箱崎に連れられ外に出ると、市役所前のロータリーがあった。ここまでは別に珍しいことではないが、何人かの人が空を飛んでいて、奥の道路では大きな荷物を宙に浮かせてバスを待っている人もみえる。一目で魔法が日常の中に溶け込んでいることがわかった。
「ここは御山市、アンヴィラドにある魔法使いの都市さ。」