002 病室にて
「おはよう!いや〜清々しい朝だね!」
ノックもなく部屋に入ってくる箱崎。上機嫌な顔が余計に気に障る。
結局昨日はほとんど眠れなかった。去り際に命が狙われるだの、拉致られるだの言われて見知らぬ病室で眠れるわけがない。諸悪の根源にジト目を向ける。
「…おはようございます。」
「おや、元気がないね。バイタルとかは特に問題はなかったと思うけど。」
少しずつわかってきた、箱崎は全部わざとやっていて、こちらのリアクションを楽しんでいる。揶揄われるのをわかっていて、わざわざ付き合う理由もない為さっさと自分が聞きたいことを話す。
「あの、入院って僕はなにをしたらいいんですか」
母親が届けてくれた荷物に、スマホがあったものの俺は暇を持て余していた。
「そうだね、じゃあ今日から魔力トレーニングといこうじゃないか。」
「魔力トレーニング?」
「そう、トレーニング。魔力処理、正確には魔力の制御の為のトレーニングさ。といっても、今日のところはベッドの上でできる簡単なものだけどね。さぁ、まずは全身の力を抜いて、目を閉じるんだ。」
こっちのことなどお構いなしに魔力トレーニングとやらを開始する箱崎。まぁ、俺としても魔法使いへの第一歩となるとむしろ望むところだ。素直にベッドの上で仰向けになり、目を瞑る。
「では、そのまま聞いてくれ。昨日も言ったように、魔力とは血液に宿る。まずはそれを感じとるところから始めよう。」
コツコツと箱崎の足音がきこえる。どうやらすぐそばまで来ているようだ。
「じゃあ、目を閉じたまま深く深呼吸をするんだ、その時に何も考えないように。自分の内側に意識を向けると、心臓の音が聞こえるだろう。そのまま心臓から全身に血が巡り、また心臓に血が帰ってくることをイメージするんだ。」
心臓の音はずっと聞こえていた。漫画やアニメのように、魔法が使えると思うと無意識のうちに興奮しているようだった。
「少し手に触れるよ、失礼。」
手の甲に手を重ねられたのが分かった。俺よりも少し手が冷たい。
「…あっ」
「感じたようだね、それが魔力さ。僕のだけどね。」
手が触れているところから、じんわりと暖かい何かが染み入るのが分かった。
「次に君の魔力が僕の魔力を異物として攻撃し始めるだろう。攻撃が終わっても自分の魔力を見失わないようにね。」
肘から下が熱くなる。まるでそこだけ熱いお風呂に入ってるみたいだ。その熱も数秒でひいていく、それを追いかけるように身体の奥底まで意識を向けるが、なにも感じない。遠くから心臓の音が聴こえる。
「っ!?」
再び箱崎から魔力が送られてきたみたいだ。黙って送ってきた箱崎に、軽く怒りを覚えるが今はそれどころではない。今度こそ見失わないようにしないといけない。
ジワ〜と染みるように拡がる箱崎の魔力。静かに湛えていた俺の魔力が蜂起したのが分かった。そのまま箱崎の魔力を包み込み、混ざり合う。最後には全て俺の魔力となって落ち着いた。箱崎は攻撃と言ったが、実際には結合と変質のように感じた。
三度、箱崎から魔力が送られてくる。今度は俺の魔力が反応する前から、魔力の動きを追うことができた。そして、動きが完全に落ち着いた後も、自分の魔力の存在を感じとることが可能となった。
箱崎の魔力に反応していない魔力は、静止しているように感じていたが、そんなことはない。身体中に水道管のように管が張り巡らされ、その中をゆっくりと魔力が流れている。流れは二方向あり、胸を中心として内から外に向かう管と外から内に向かう管があった。大元の胸には大きな池のように魔力が溜まっている。その池の中に心臓が沈んでいるようで、心臓の拍動に合わせ魔力の水面が小さく波打つ。再度意識を魔力の池から伸びる管へと向けると、全身の管から魔力が漏れ出ているのがわかった。漏れた魔力はそのまま筋肉や骨に染み込んで最後は皮膚から揮発するように出ていった。
ふと、この流れをコントロールできないかと思った。要するに今は、魔力を少しずつ垂れ流している状態なわけだ。なんとなくそれはもったいない気がしてしまう。まずは全身の毛穴を閉じるイメージで———
「そこまでだ。」
「っ!?」
突然声をかけられ思わず目を開ける。せっかくいいところだったのに邪魔しないで欲しい。
「初日で魔力の流れを見つけるだけじゃなく、コントロールまで掴みかけるのは流石だね。ただ、今君がしようとしたことは少し危険かな。」
「危険?」
「人間息を吸ったら吐くものだし、食事をしたらトイレに行くだろ。ようするに、体に貯めておける容量は決まっているのさ。魔力の放出を止めてしまうと、最終的には体が自壊してしまうよ。」
「えっ!?」
「まぁ、そんなことになるまで意図的に放出を止める人なんていないだろうけどね。」
自壊すると聞いて、自分のしようとしてたことに肝を冷やしたがそこまで心配はないらしい。まぁ、確かに、死にそうになるまで息を止め続ける人なんているわけないか。
「わざわざ自分を痛めつけるようなことしなくても、僕がコントロールの仕方を教えてあげるよ。さぁ、もう一度目を閉じてくれたまえ。」
素直に目を閉じ脱力する。どうやら一度見つけると見失うことはないようで、すぐに魔力の流れを感じることができた。
「現状、君の魔力は眠っていてる状態にある。魔法を使おうと思ったら魔力を起動しスタンバイ状態にする必要がある。人によって感覚は異なるが、魔力をかき混ぜたり沸騰させることをイメージする人が多いかな。なにせ自分の魔力を動かして活性化させるんだ。」
言われるがままに、胸に貯まっている魔力の中に水流を作り、かき混ぜることをイメージする。やや魔力に動きがでた気がするがしっかりこない。今度は魔力の周囲をあっため、魔力を沸騰させようとするがこれもいまいち想像がつかない。
「まぁ、そんなもんだろうね。こればっかりは正解があるわけではないしね、色々試して自分がやりやすいやり方を見つけることだよ。」
「分かりました、色々やってみます。」
目を閉じ、再度集中する。水流を産むより箸やスプーンとかでかき混ぜる方がイメージしやすいかもしれない。
「とりあえず、今日のところはそんなところかな。」
「え、もう…ですか。」
「まぁ、魔力の活性化さえできれば君が入院する意味も無くなるしね。焦っていっぺんにすることもないよ。」
「あ、そうなんですか。じゃあ、魔力の活性化?ができるようになったら僕帰れるんですか?」
昨日一週間で魔力処理を習得する、と聞いたから一週間は入院しないといけないかと思っていたが、案外早くに帰れるかもしれない。
「うーん、魔力の活性化を習得したら魔力消費も問題ないだろうし、退院はしてくれていいんだけど、君の場合、退院したからといって家に帰るのはオススメしないかな。というか帰れないと思うよ。」
「なんでですか!別に体が元気ならいいじゃないですか。」
「昨日も言ったけど、君って全世界待望の転移魔法使いだからね〜普通に帰って普段通り生活してても拉致られるのが関の山かな。」
「そんなぁ…」
そういえば昨日そんなことを言われた気がする。てか、それで昨日は眠れなかったんだった。思ったより早く帰れると思っただけにショックは大きい。
「そんなに気を落とさないでくれよ。自衛手段さえ整えば帰られるわけだしさ。」
「自衛って、俺が誰かと戦うんですか?」
「いや、戦うこともないんじゃないかな。君が転移魔法を使いこなせたら、悪漢から逃げおおせることなんてお手のものだろう。」
「はぁ…」
本当にそんなことがあるのだろうか。てか、本当に俺が世界初の転移魔法使いなのだろうか。いまひとつ実感がわかない。
「まぁ、なんにせよだ。今は魔力トレーニングあるのみだよ。」
「そうですね。」
箱崎が言うことがもっともだ。退院するにせよ、誰かと戦うにせよその為には魔力のコントロールが不可欠だ。それだけでは全然足りないだろうが、魔力をコントロールできないと、魔法を使うどころではないことくらい俺にでもわかる。
再び目を閉じるが、気持ちが乗らない。魔力コントロールができるようになったところで帰れないなら頑張ってもな、と思ってしまう。
別にそんなに家が大好きとは思わないが、案外家以外のところで一泊したことが効いてるかもしれない。
とはいえ、他にやることもないし活性化訓練を再開する。
「活性化が上手くいくと、自然と体に流れる魔力の量も増える。消費も激しくなるわけだから、使い過ぎには注意してくれよ。全体の三割をきったら今日は休むんだ。」
「分かりました。」
「じゃあ、今日のところはそんなかんじで。ちょこちょこ様子はみにくるけど、無理のないようにね。」
そう言うとそそくさと部屋から出ていく箱崎。一人残された俺は健気に活性化訓練に励むのだった。