蟹を投げる
蟹を投げたら、もう少しのところで失格と成った。
マイナーな競技ではあるが、スロウクラブは世界的なスポーツの祭典でも行われる伝統的な競技である。
投げる蟹の重さではなくて、大きさによって各階級が設定されているのが特徴で、試合を行う選手の体重でその階級が決まるボクシングやレスリング、柔道なんかと違っているのがスロウクラブの面白いところでもある。
5センチ級、10センチ級、20センチ級と無制限級の4階級で争われる。5センチ級であれば体長5センチ以下のものというように各々その階級の数字以下の個体であることが条件で、無制限級に関しては20センチ以上であるならば制限は無い。ここで面白いのは投げるのだから小さなものの方が有利という訳でもない点だ。階級によって様々な駆け引きがあり、自分に合った階級を選ぶという事がスロウクラブという競技を制する鉄則である。
階級によってその飛距離の平均値は違う。一番飛距離が出るのは10センチ級で、この競技の花形階級である。5センチ級は10センチ級程飛距離は出ないが、色々なテクニックが必要で、見ていて面白いのはこの階級であり、20センチ級になるとパワー勝負が手に汗握る。パワーならば無制限級では?と思わせるがそうではない。無制限なものだから紅ズワイガニや毛ガニが用いられる事も珍しくない。そんなものだから飛距離は一番出ないのだけど頭脳戦というか他の競技者との駆け引き、メンタル面も勝負に大きく左右する。無制限級は一番地味に思えるけど奥深い、言うなれば将棋や碁の世界に近いのかもしれない。
スロウクラブのルールは各階級同じで、横3メートル、長さ50メートル、深さ1メートルの特設水槽で行われ、蟹をより遠くへ飛ばした者の勝利となる。シンプルなルールながらも横幅は3メートルしかないから、ただ力任せに投げれば良いというものでもない。水槽へ蟹が入らなければ失格となる。水槽へ着水出来ても蟹が傷ついたり、死んでしまったりしても失格。その際は責任をもって蟹を頂く。
スポーツの祭典で世界を驚かせたのはモンゴル代表の少年だった。スロウクラブ5センチ級の予選で強者たちに紛れて10歳の子供が居た。誰もが目を疑う事となるのは、彼が子供だという事よりも、衝撃的な結果を見せつけられた時だった。
審判員たちは直ぐに審議を始めた。始めたのだけど、それはルールに乗っ取った事だという事が明らかだった。少年の記録は35メートルで、当然の事ながら世界新記録を達成していた。
蟹を投げる時の基本は蟹の甲羅を両脇から掴んでから振りかぶり、投げるというものだけど、最近の流行りというかスタンダードは、蟹の下から甲羅とお腹を掴んで投げるというもの。甲羅を両脇から掴んで投げるよりも飛距離がでる投法なのだけど、蟹のハサミにやられるリスクは上がる。今や20センチ級はこの投げ方ばかりである。
さて、5センチ級で世界新記録を出したモンゴルの少年がどのようにしてそんな事が出来たのかというと、少年は基本的な掴み方で蟹の甲羅を両脇から掴んでいた。それから野球でいうところのアンダースロウの投げ方で蟹を水面へと勢いよく放った。平べったい石で川面を切っていくあのやり方だった。小さな蟹はその甲羅で水槽の水面をタタタタタンと小刻みに滑っていく。幅3メートルの水槽のほぼ中心を真っ直ぐ進み、35メートル付近で勢いを無くし蟹は水槽の底へゆっくりと降りていった。
「反則だ!」
少年のあとに控えていた選手が叫ぶと、それを合図のように競技を終えた者たちまで口々に少年の投法を批判した。
審議を終えた審判員は少年の投法は何らルールに違反していないと告げた。それならばと、次の選手は少年と同じ投法で蟹を投げてみるも、蟹は放たれて直ぐに水槽の壁に激しくぶつかり、そして無惨な形となった。
少年の蟹コントロールは尋常ではなかった。蟹の入水角度、スピード、方向性全てが完璧であった。5センチ級で金メダルを獲得したのはモンゴル代表の10歳ハン・マーランだ。そしてこの競技における新たな可能性までも切り開いた。
同じ会場から笑いが起きたのは、10メートル程横の水槽で行われていた無制限級のところからだった。一投目で不甲斐ない結果となったトルコ代表の選手が二投目に全てを賭けていた。このクラスの予選通過ラインは16メートル付近である。優勝候補である体格の良いこの選手はオーソドックな投げ方でも楽勝で16メートルはクリアすると思われていた。甲羅の幅だけで20センチを優に超えるハナサキガニを両脇から掴み、投げたのだけど、タイミングを外してしまいハナサキガニは高く上がって、それからゆっくりと着水した。全ての動きがスローモーションみたいで、記録は1メートルにも満たなかった。
それを踏まえての二投目だった。もう余裕をこいている場合ではなく、飛距離を出す為に蟹の下から甲羅とお腹をしっかりと掴んだ。変に力が入ったのかも知れない。選手の呻き声と共にハナサキガニは床を逃げるようにダッシュしていて、会場は大爆笑となった。ハナサキガニの大きな爪に思いっきり親指を挟まれたトルコ代表の優勝候補は茹でた蟹のように身体中真っ赤になり痛がっている。このスロウクラブの競技において一番恥ずかしい失敗が自分の蟹に手を挟まれる事である。
蟹が好きだった。いつ頃からなのかは覚えていない。ロボットのようなフォルムが気にいったのか、海でも川でも水辺に行くと蟹を探していた。小学低学年の夏に、捕まえたモクズガニを家に持ち帰り飼うことにした。適当な水槽が無かったものだから、一晩だけのつもりで大きめの鍋の中に水を入れてモクズガニを三匹、その中へ入れた。翌朝、鍋の中を確かめると三匹のモクズガニは姿を消していた。それは我が家でちょっとした事件となった。鍋に蓋はしていなかったけど、大きめのその鍋はそこそこ深さもあって、あの三匹が脱出出来るわけは無いと高を括っていた。三日後にソファの下から潰れたモクズガニが一匹見つかり母親から大目玉をくらった。脱走したモクズガニの事なんか忘れかけていた年末の大掃除の時に、冷蔵庫の後ろの隙間から埃にまみれて干からびた姿で一匹見つかった。折角モクズガニ事件は時効になったと思っていたのに、またもや家族が思い出す結果となった。最後の一匹は、あれから12年経つ今でも行方が分からない。
そんな事があっても蟹にはずっと夢中で、夏休みの自由研究はもちろんのこと、事あるごとに蟹を推していた。体の造りや骨格、種類なんかを突き詰めているうちに蟹を使ったスポーツの競技がある事を知ることとなった。スポーツなんてまるで興味がなかったのに、蟹が絡むと噓みたいにのめり込んだ。あまりにもマイナーな競技の為に、世界的なスポーツの祭典の時もスロウクラブにスポットライトが当たる事は無かったけど、それが伝統的なスポーツであり正式種目な事に変わりはない。スロウクラブへ今回初めて日本代表チームが出場する事になって、10センチ級の代表の座を勝ち取った。スロウクラブをやるなら10センチ級だと、それは自ずと分かっていたし、何よりも一番華やかな事が誇らしかった。
初出場にして銀メダル以上が確定したことで日本のマスコミが初めてスロウクラブの事を報道した。それでも他の競技と比べて小さな扱いだ。決勝の相手は10センチ級のレジェンドであるオランダ代表のニッケ・ヤルンである。スロウクラブを始めたころからの憧れの選手で尊敬している。そんなニッケと優勝を争えるなんて夢みたいだ。
ニッケの放った二投目は25メートルラインを超え自身がもつ世界記録を塗り替えた。さすがニッケだ。一投目でニッケを上回っていたのに覆されてしまった。大丈夫だ、落ち着け、この一投に全てを賭けろ。そう自分に言い聞かせてモクズガニを手に取る。入念に計算した力加減、投げる角度、蟹の状態を確認して、息を吸込み投げた。
蟹はどんどんと飛んで行く。25メートルラインを超え、拳を握りしめ勝利を確信した。と思ったらバランスを崩したモクズガニが着水直前に水槽の右壁に激突した。そこで失格となりニッケの優勝が決まった。それでも初出場で銀メダルという快挙を得た。
日本選手団のスロウクラブチームは、現地で打ち上げを行った。ビールやワイン、日本酒などと一緒にテーブルへ盛られていたのは色々な種類の蟹だった。チームのキャプテンが乾杯の音頭をとり、このチームで唯一メダリストとなった自分に次々とチームメイトが寄ってきて、祝ってくれた。決勝を共に闘ったモクズガニは旨かった。それから銀メダルを掲げて喜びを叫んだ。
「やったぜ!」
「何をやったの?」
「へ?いや銀メダル」
いい天気だった。雀がチュンチュラと鳴いている。部屋の入り口に母ちゃんが立っていた。
なにや?スロウクラブて。考えると笑いがこみ上げてきた。
〈了〉