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Ex.兵頭・草壁ー束の間ー

 大した怪我もなく早々に退院をした草壁は、すぐに復帰して束の間の日常を謳歌していた。その日も日課のバイクのチェックをしながら、兵頭と草壁は会話を交わしている。


「特殊部隊のやつと同じ部屋の居心地はどうだった?」

「聞かないでください。俺は検査入院くらいしかいなかったんだから」


 複雑な気配を自分のバイクの向こう側に感じて兵頭は折っていた腰を伸ばして草壁を見た。


「むき出しになった金属片に身体ごと突き刺さらなくて済んだんだ。礼くらい言ってもいいだろう」


 言っていない、という絶対前提のもとの兵頭のなんでもない発言。

 らしからぬ言葉に少し驚いたように草壁もまた、背筋を伸ばして向き直る。

 無精ひげの生えた細い顎をざりざりと撫でながら表情はいつもと大して変わらない。けだるそうな顔でもある。


「なんだ? その顔」

「いえ、意外だな、と……」

「何が意外だ。命助けられて礼も言えない頑固爺にオレが見えるのか」


 草壁は閉口する。そのつもりはないのだろうが、それはそのまま、今の草壁に対して適用できる内容である。

 遥かに年上の兵頭に、遥かに年下の新人草壁が頑固爺と言われたらなんと返していいのかわからなくなるのは当然だ。


「オレは別に、あいつら丸ごと嫌いなわけじゃない」


 それもまた、少し意外だった。

 小さく息をついて再び愛車のメンテナンスに余念のない兵頭。

 会話は少しだけ続いている。


「個人的には嫌いなやつもいるさ。逆に見どころのありそうな奴もいる。そんなん人間なんだから当たり前だろ」


 相性の問題だ、と兵頭が息をつく気配がする。


「奴らを全員嫌いなやつなんざ機動隊の中にいるわけがない。いるほど知ってるわけでもないからな。まぁ、”俺たち”が嫌っているのはそういう個人の”嫌い”が集まってできたような感情だ」


 本当に意外だった。兵頭から彼らに対して褒められた言葉など出たこともないし、仲間が愚痴っていればそれを否定したこともない。

 だから当然に、兵頭もそういう感情を持っていると”感じて”いた。

 そして気づく。

 感じていただけで確認したわけじゃない。褒め言葉も出ないが貶す言葉も出るわけでもないということを。

 なんでもないように兵頭はタイヤを下から覗き込んでいつも通りだ。


「まぁ十八番を取られたのはすっげー腹立つけどな」


 ……頭しか見えてないそのてっぺんに血管マークが突如浮いて見えもするから、困る。


「けどあいつらの領域はオレたちとは確実に違う。俺たちは人数もいる。車を使う。地べたを走らせて同じ地べたにいるやつらの安全を確保する。……あいつらの速さはどっちかっつーと制空権だしな」


 機動力という点では被っているから、そこで手を出されると腹も立つが関わらなければどうということもない。

 それは新人にベテランがお節介されると腹が立つ、程度の問題なのだとこの時、草壁は気づいてしまう。

 彼の敬愛する兵頭はそれに対し”新人いびり”などという子供じみたこともしないということも。


「……」

「オレたちの命ってのは礼も言えないほど軽いものじゃないだろう」

「……それは」


 話が助けられたことに戻って、草壁は言葉を濁しながらも少し顔を歪ませて、そうじゃないです、と呟いた。


「言わなかったんじゃなくて、言えなかったんです……」

「あん?」


 あまりに小さな声過ぎて聞こえなかったらしい。

 言えなかった。

 自分を助けた斎藤という男は、きちんと夢に対しても人の命に対しても責任を持っている人間だった。

 嫌悪もなく話しかけてきたあの姿に、自身の態度を恥じる気持ちが湧いていただろうことは、全く否定できない。

 だからこそ。


「礼は言ってません! 俺は! 行動で示します!」

「まぁそれも男らしくてオレは好きだけどな」


 二度同じことを言えずに草壁はそう宣言する羽目になった。

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