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05 司書は図書室で騎士と出会う


「眠たい……」

「レティ、大丈夫? 昨日突然寝ちゃったし、ちょっと飲み過ぎたんじゃないの?」


 アナイスが私の顔を覗き込んでいる。心配したよ、と気を遣ってくれるのはとても嬉しい。


「なんか、中途半端にしか眠れなくて。今日は早めに上がるよ」

「そうだね。その方がいい」


 ふうう、と溜め息をついてカウンターに座り直した。午前中は貸出カウンターに座っていたのだが、昼からはアナイスと共に、レファレンスサービスで、資料の整理を手伝っていた。とはいえ、<図書館> に関わるものではなくて、一般的な資料を時系列に揃えてファイリングしていくという地味作業だ。退屈、と思うのは贅沢なことだろうか。いざ<司書> の仕事に入ると命の危険もあるのだから。


「作業中申し訳ない。こちらで聞いてくれと言われたんだが、」


 そんな声がして顔を上げると、目の前に何処か見覚えのある男性が所在無げに立っていた。


「はい、何か御用ですか?」

「ああ、エーデルシュタイン公国について調べている。どこを探せばいいだろうか」

「ええと、もう少し具体的にお願いします。観光案内か何かでしょうか」

「いや、そういうものではなくて、えー、鉱山の場所や取れる輝石の種類とか……」

「それでしたら、こちらですね」


 相手の知りたいことを聞き出してそれに見合う本を見繕って手渡す。それがレファレンスサービスとしての仕事だ。普段私の担当ではないが、以前大公殿下に付き従った関係で、エーデルシュタイン公国のことは一通り調べているから私にも案内出来る。本来の担当のアナイスが席を外しているので、私が立ちあがった。そうして本棚から本棚へと移動して関連本を集めながら、感心したようにこちらを見ている相手を観察した。


 以前、大公殿下の侍女として任務にあたった時に、同じく護衛として側に仕えていた近衛騎士に思えたのだ。彼にはピアスの効果で別人に見えているのだろう。勿論服装の違いもある。お仕着せの侍女服と文官用の制服では印象はかなり違うはずだ。


「……それは近衛騎士団の制服ですか」と、雑談に紛れて相手の所属をさり気なく問うてみた。


「ああ。これは失礼した。俺は近衛騎士団第四隊所属のユーグ・ファブリス・デュトワだ。調べたいことがあるのなら、この図書室のレファレンスサービスを利用すると良いと聞いて来たんだ」

「そうでしたか。ご利用ありがとうございます。資料としてはだいたいこれくらいかと思います。他に何かあればお気軽に問い合わせください」

「君の名前を聞かせてくれないか。またお願いすることもあるだろうから」

「え、はい、レティシアーネ・プロストと申します、デュトワ卿」

「プロスト子爵のご息女だったか。優秀だと噂で聞いたことがあるよ。ユーグと呼んでくれていい、プロスト子爵令嬢」

「では、私のこともレティシアーネと。……ユーグ様」


 私が名を呼ぶと綻んだように微笑まれた。とてもいいお顔だ、これはおモテになるに違いない。と同時に私はお呼びでないことは良く分かった。だが彼は確かに大公殿下の護衛をしていた騎士だ、と分かった。宰相閣下にも付いていたのではないだろうか。かなり信用されているのだろうな、というのは少しの間関わっただけでも良く分かる。何より気質が穏やかで誠実そうだ。近衛らしく見栄えも良い。


 お互いに挨拶をしたところで私はアナイスの手伝いに戻った。途端に彼女が私をカウンターから部屋の隅へと引っ張って行く。


「レティ! 今の彼、誰なの?」

「近衛のユーグ・ファブリス・デュトワ様よ」

「やっぱりーっ! 噂では聞いてたけど、すっごいイケメンじゃん」


 アナイスは名うての面食いだ。実際手管を尽くして食い散らかしているというのが文官の仲間うちでの評価だったりする。


「けっこう人気があるんだよ。デュトワ侯爵と言えば北の辺境伯と共闘して敵を蹴散らしたって有名な将軍様だし、彼はそこの次男ですっごくお強いらしいの。素敵じゃない」

「ちょっと止めときなよ。真面目そうな人だったし」

「何よ、牽制?」

「遊びの相手には向いてないって話だよ。牽制って何、邪魔はしないよ。そういう意味では興味無いし」

「ったく、レティもさ、二十二歳だったっけ? そろそろお相手を見繕ってもいいお年頃だよ? ユーグ様は確か二十五歳だからちょうどいいじゃないの。何なら応援する」


 確かに貴族の常識では、二十歳を越えるとそろそろ行き遅れだのなんだの言われる年頃だ。だが私は誇りを持って仕事をしている。仕事内容も大っぴらには出来ないし、王族の血のこともあるから、このまま一生独りで生きていく覚悟だ。アナイスにはせいぜい楽しんでもらいたいし、見ているこちらを楽しませてほしいと思っている。


「応援なんか必要ないよ。別にどうこうする気はないんだから」

「じゃ、私が摘まみ食いしてもいい?」

「……好きにすれば? 玉砕したらまた慰めてあげる」


 何よお! と言いつつユーグ様の名を忘れないようにと口の中で呟いているアナイスを私は羨ましく思った。大公殿下の側での、ユーグ様の護衛騎士としての凛とした佇まいを思い出す。穏やかな顔をしながら隙の無い立ち姿だった。確かにかなりお強いとみた。少なくとも私では正攻法では倒せない。うん、ちょっと格好良かったよね。でも、正体をバラす訳にはいかないのだからどうしようもない。今朝に続いてまた寂しさがひたひたと押し寄せてくる。こういう時は、やっぱり早く帰って美味しいもの食べてさっさと寝るに限る。


 私は退勤時間が来るまで何度も壁の時計を見上げることになったのだった。


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