沈んだ表情の理由は
さて、近頃の俺の重荷でもあった期末テストも無事終わり、何の部活にも所属していない生徒たちにとっては天国ともいえる期間になるわけだが、その前に終わらせなければいけない件が一つあるわけである。ちなみに期末はビビるくらい出来なかった。
放課後、あとは家に帰るくらいしかやることのない俺と涼夏は生徒会室にあつめられ、期末が終わったというのに書類とにらめっこをしている秋葉先輩の近くに座った。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。期末はどうだった?」
「少し難しかったです」
軽い雑談をしながらスムーズに作業に取り掛かる涼夏。俺も期末の出来を聞かれるのかと身構えていたが、結局何も聞かれなかった。あれ、ちょっと気遣われてる?
まあ聞かれても返事に困るだけなのでありがたい。俺も作業に取り掛かる。
夏休みに入るとこの作業からも解放されるのかと思うと、嬉しくもありどこか寂しい気持ちもある。二学期も手伝わなきゃいけないのかな?
不意に、秋葉先輩がそうだ、と俺を見た。
「この前言ってたお化けの話なんだけど、詳しく話聞いていい?」
お化け、と聞いて涼夏が咎めるような視線をこちらに投げかけてくる。
「この前しないって言ったじゃない」
「いやまあ、そうなんだけど……」
この前やらせないと説得すると約束してしまっていたので、涼夏のこの言葉に何も言えない。
責められている俺を助けるためか、それとも蛇に睨まれた蛙状態の俺に全く気付いていないのか、秋葉先輩が楽しそうに声を上げた。
「私、その噂について全く知らないから教えてほしいな」
「私も、詳しいことはあまり知らないんです。彼がよく知ってると思いますが」
そういわれたので、軽く噂について説明する。もちろんその幽霊が元生徒会長にそっくりだという情報は伏せておいた。わざわざあなたの憧れの人間が幽霊になって校内を彷徨っている噂がありますよと言う必要もないだろう。
俺の説明を聴いた秋葉先輩は、不思議そうに首を傾げた。
「そんな噂が流れてたなんて、全然知らなかったな。何で誰も教えてくれなかったんだろう?」
多分、みんな俺と同じことを思って彼女に噂のことを伝えなかったんじゃないだろうか。
「一応先生に聞いてみるね。遅すぎる時間じゃなければ多分大丈夫だと思うけど」
「すごい権力ですね」
「信頼って言ってほしいな」
悪戯っ子のような笑みを浮かべこちらを見る秋葉先輩。どうやらこの前のメールで生徒からの信頼がない云々と言われたことを憶えているようだ。いや、あれは送らされたメールなんだけどな。
「あ、けど行くのは私たちだけね。生徒会に関係ない人は多分先生もOKって言いにくいと思うから」
「了解です。着いて来ようとするやつは俺がぶっ飛ばしますので」
「ぶっ飛ばしたらダメだよ?」
「かっ飛ばします」
「かっ飛ばすのもダメ」
「……はい」
「なんでちょっと不服そうなのよ」
涼夏から呆れた視線を、そして秋葉先輩からは暖かい視線をもらう。よく考えたら俺ってめちゃくちゃラッキーな立ち位置だよな。
暫くの間黙々と作業を進める。夏休みが近くなってきたからか、いつもより書類は少なめだ。秋葉先輩は単純作業をしている俺たちとは比べ物にならないほど難しそうな作業を卒なくこなしている。いつもはドジキャラみたいな顔をしている彼女だが、やはり生徒会長に任命されるだけあってめちゃくちゃに有能である。気づくのが遅すぎだろと言われてもしょうがないほど今更その事実に気付いた。
ふと、秋葉先輩が「あ、そうだ」と俺を見た。
「言うの遅くなっちゃったけど、榎本くん、この前はありがとうね」
「この前、ですか?」
「うん、ショッピングモールで助けてくれて」
この前と言われても全くピンと来なかったが、秋葉先輩の説明でやっと思い出した。期末が絶望過ぎて土曜日の出来事が遥か過去のような感覚だ。
大丈夫ですよと答え作業に戻ろうとしたが、ふと横から視線を感じた。見ると、涼夏とばっちり目が合った。
「何かあったの?」
「いや、そんな大したことはないんだけど、この前先輩とショッピングモールで会って色々話しただけ」
「……どんなこと?」
「どんなこと?」
それはなんだか答えづらい質問だ。土曜日のことをそこまではっきり覚えているわけでもないし、そこまで重要な話をしていたわけでもなかった気がする。
必死に記憶の底をかき回し、秋葉先輩との会話を思い出す。
「あー、先輩が足の長いカピバラみたいな動物に似てるって話したわ」
「情報操作がひどい!」
嘘は言っていない。
ぷんすかと怒る秋葉先輩をよそに涼夏の表情はどこか曇っているように見えた。
気を遣って何かを喋りかけようとしたが、何も思い浮かばない。こういう時に気を遣えないから俺はモテないんだろうな。
沈黙が気まずかったので、とりあえず何でもいいので話題を出すことにする。
「そういえば、探索は何曜日にする予定なんですか?」
「早い方がいいよね。金曜日の夜とかは? 19時とかだったら大丈夫だと思う」
「俺は大丈夫です」
涼夏は大丈夫か? と聞こうと思ったが、そういえば涼夏は小さい頃からお化けだの幽霊だのとそういう類の話が大嫌いだったことを忘れてしまっていた。見ると、彼女の表情はどこか不安げだった。やはり夜の校舎は怖いのだろうか。
だとしたらあまり無理をさせるわけにはいかない。正直この探索をする意味なんて興味と好奇心以外の何でもないんだから、本当に嫌だったら来なくても大丈夫なのだ。
「涼夏はどうする?」
「……どうするって?」
「いや、夜の校内巡回。強制じゃないから行くかどうかは任せるけど……」
「……私も行くわ」
心なしかいつもよりも小さな声で涼夏が言う。
その答えに少しだけ驚いてしまうが、まあ涼夏がお化けに怖がっていたのは幼稚園の頃の話である。今はそこまで苦手でもないのかもしれない。
とそう思ったが、涼夏の表情を見ると先ほどよりも曇っているように見える。やはり生徒会のメンバーという責任感のせいで無理をしているのかもしれない。
「無理はしなくていいぞ。本当に嫌だったら俺と先輩で行くし」
「……私に来てほしくないの?」
「え?」
答えに詰まってしまう。涼夏の言葉からは少し怒っているような力強さを感じた。
「いや別に来てほしくないってわけじゃないけど……」
「じゃあ、私も行かせて。……私も生徒会のメンバー、なんだし」
そう言ってこちらを見る涼夏の瞳は、言葉とは裏腹に一抹の寂しさが見え隠れしているように思えた。




