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運命の日?



 暗闇が支配する部屋の中で、一際明るい場所が一箇所存在した。

 毒々しい光を放つその板に向けられる俺の目は血走っていて、どこか正気でない雰囲気を漂わせていた。吐く息は荒く、今にも口からは涎が垂れてきそうだ。

 忙しなく光る画面に俺の心は釘付けだ。一度それを見ると、もう二度と目を離すことはできなくなる。

 それはまるで目で見た相手を石にするメデューサのように……あるいは美しい歌や舞踊で男を魅了し、水の中へと引き摺り込むルサールカのように……。


 一人の少女が板の中に現れた。美しい少女は、俺を指差して、声高らかにこう言った。





『べ、別にあんたなんかなんとも思ってないんだからねっ!』


 あぁ〜ツンデレ尊いんじゃ〜^^






 なんてことはない。ツンデレアニメ鑑賞中だっただけである。


 画面の中の美少女によるツンデレセリフによって満腹感を得た俺は、口から溢れ出た涎を拭いソファに深く腰掛け息を大きく吐き出した。


 今季のアニメは豊作らしく、名作がそこら中に転がっているのだ。ここでいう名作とは、ツンデレのキャラが一人でも登場するアニメのことである。なので大抵のラブコメアニメは俺にとって名作であり傑作であるのだ。まあ、ツンデレが負けヒロインのアニメやコミックはSNSで鬼のように叩くが。あまり人間を舐めるな。



 幼稚園の頃にツンデレヒロインが出てくる漫画を読んだことによってツンデレ狂へと進化した俺は、涼夏への熱烈な告白の結果ツンデレを夢見続けることができないと悟ったわけだが、今でもたまにアニメを鑑賞して自分のお気に入りのツンデレを見つけたりする活動は続けている。涼夏とは関係なくツンデレは好きなのである。

 アニメも終わり、エンディングが流れ始める。俺は大きく伸びをして、立ち上がった。アニメ自体は面白いが、最近24分ずっと画面に集中し続けることが難しくなってきているような気がする。放映している時間も遅いので、単純に眠いということもある。俺も歳をとったな……。


 そんな馬鹿なことを考えながらリビングを出ようとしたら、ふとカレンダーが目に入った。


「もうすぐで期末やん」


 気づいたところで勉強なんかしないんだけどね。



 ▽



 さて、平凡な男子高校生の俺こと榎本彰と、その最強美少女幼馴染である二宮涼夏が過ごしたホットでアバンチュールでエキサイティングな一ヶ月間から一週間ほどが経過した。

 あれから俺と涼夏の関係はぐっと縮まり、今じゃ友達以上の関係に──なっていればよかったのだが、まあ現実は非情である。


 あれほどまでに濃い一ヶ月間を共に過ごしたというのに、俺たちの関係は全くと言っていいほどに変わっていなかった。

 いや、細かいことを言うと変わってるところもあるのだが、一番大切なところである涼夏との関係性という点では、あまり目立った変化はないのだった。


「あーあ、朝起きたら涼夏と最強に仲良くなってるとかそういう未来ないかなあ」


 呟いてみるが虚しいだけ。布団に潜り込んで目を閉じた。

 布団に入ってから眠るまでの消せない時間の中で、俺は先ほど見たアニメのツンデレキャラが吐いたセリフを脳内の涼夏に言わせてみた。


『べ、別にあんたのことなんかなんとも思ってないんだからねっ!』


 ……なんでだろう、涼夏に言われたら本当になんとも思われてないような感じがする。

 やめよう、これ以上やったら俺が傷つくだけだ。


 涼夏からツンデレではないと告げられて、彼女とツンデレを切り離そうと頑張ってはいるものの、やはりいまだに少し難しい。

 結局俺はツンデレに囚われたままだ……ニヒルに呟いてみるものの、なんだか格好つかなかった。イケメンだったらこんなセリフでもエモくなるのだろうか。


「はよねよ」


 ほんと、何してるんだろ俺。



 ▽



 翌日、いつものように教室に入ると、一部の生徒から冷たい目で見られる。

 俺の人生最大の秘密であった「涼夏の交友関係ノート」を公開してもう一週間が経ち、俺に対するヘイトもある程度は落ち着いてきたのだが、まあいまだに嫌われているところからは嫌われている。主に俺が悪口を書いた女子から。めっちゃ自業自得である。怖いからそんなこと言わないけど。


 涼夏の背中が見えるが、今日も今日とて本を読んでいるようだった。


 いつも通りの日常、いつも通りの俺、いつも通りの涼夏。



 このまま、何も変わることなく日々は過ぎていく、はずだった。



 はずだった、のに……。






 放課後、誰もいなくなった教室。

 開け放たれた窓から吹き込むぬるい風によって靡いたカーテンの隙間から漏れ出た光芒の中に立った涼夏は、少し赤らんだ頬でこちらを見ている。

 少し潤んだ瞳、震える唇、強く握り締められた拳。その一つ一つの挙動から目を離すことができない。命を削りながらその声を響かせている蝉が、夏を深めていく。黒板の隅には誰かが悪戯で描いた相合傘マーク。


 涼夏が口を開いた。真夏日の風鈴のように涼やかでよく通るその声は、閑散とした教室に酷く響いた。











「ちょっと、相談があるんだけど……」




 ……いや告白ちゃうんかい。


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