山猿令嬢の逆襲~最推し令嬢が侮辱されたので使えるものフル活用でざまぁします!
このお話は、【悪役令嬢は格下令嬢に婚約者を奪われる――――と思ったら、そんなことはなかった。】の、続編となっております。
先にこちらを呼んでからのほうがわかりやすいですが、単独でも問題なく楽しめると思います。
URLは此方↓
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学園の敷地には、精霊の森と名付けられたとても明るくて神秘的な森がある。
森の中心に聳える大きな精霊樹と透き通った精霊湖は学園の中でも最高位の純粋な魔力が満ちた場所で、ご令嬢たちは授業でもなければ森には近付かないけど、自然が大好きなわたしは休憩の度に訪れていた。
今日もお昼休みになるやランチバスケットを持って精霊の森を訪ねると、早速森の住民である妖精さんたちがわたしを取り囲んだ。
『ねえねえ、おひるごはんがおわったらまたアレやってちょうだい!』
『わたしもみたーい!』
『えっなになに? なんかおもしろいことがあるの?』
興奮してきゃあきゃあはしゃぐ妖精さんたちに「待っててね」と言って、わたしは学園の食堂ご自慢のフレッシュサンドイッチを食べ始めた。
生野菜をふんだんに使ったサンドイッチが食べられるなんて、さすがは上位貴族が多く通う王立学園。
うちは領地即ち農地みたいな土地だったから、ある意味生野菜も身近だったけど、都会でありながら生ものが当たり前に食べられるのは、交通の便がいいことと広大な農地を抱えていること、そして其処で採れるものを優先的に入荷する力があることの証左だ。上位貴族凄い。王族凄い。
新鮮なパリパリ野菜を食べていると、故郷の師匠を思い出す。
ただの田舎貴族娘でろくな取り柄もなかった私に農業を教えてくれたおじさまで、田舎者には田舎者の強みがあるのだと仕込んでくれた。お陰で私は雲の流れで天気がわかるようになったし、星の見方も覚えたから荒野に放り出されても迷子にならずに帰れる。山道の歩き方や毒草や食用茸の種類も知っているから、遭難してもある程度生き残れる自信がある。というか、生きて帰ったことがある。
わたしが故郷で山猿令嬢と言われるようになった理由の一つはそれだったりする。
別に侮辱されていたわけじゃない。あの土地でいう山猿は、貴族が言う「品のない田舎者」っていう罵倒語とは違う。サバイバル能力に長け、何処に放り出しても生き抜ける力を持った、強者の称号みたいなものだ。
まあ、田舎者とはいえ貴族の娘につけるものじゃないっていうのはそうだけど。
因みに師匠であるおじさまは『大猿様』って呼ばれている。最早山の主じゃんって思ったのは内緒。
「ご馳走様でした」
パンッと手を合わせてバスケットを片付けると、ひらひら降り注ぐ葉っぱと戯れていた妖精さんが近付いてきた。その目は期待に満ちていて、わたしは「お待たせ」と言って立ち上がった。
「じゃあ、今日はこの子にお願いしようかな。よろしく」
目をつけた一本の木に手を当てて声をかけると、さわさわと枝葉がそよいだ。
気合いを入れて幹に手と片脚をかけ、一気に踏み込んで頭上の枝に両手をかける。そのまま軽く体を振って勢いをつけると、逆上がりの要領で枝に乗った。そうしたらあとはもう、枝から枝へ飛び移るだけ。
精霊樹が見えるくらいの高さに上ると妖精さんたちも追いかけてきてきゃらきゃら可愛らしい声で笑いながら手を叩いた。
ちっちゃいおててで精一杯拍手してるの、あまりにも可愛い。
『すごいすごーい! にんげんなのに、きのぼりできるなんて!』
『エイミーはこれだけじゃないのよ!』
前にも遊んだことがある子が、まるで自分のことのように胸を張って言う。
その姿が可愛くて、指先でつんつんするとまた楽しげに笑い転げた。可愛い。
「見ててね」
指を折り曲げて口にくわえ、思い切り吹き鳴らす。
甲高い音が森に響き渡り、暫くして、バサバサと羽音が集まってきた。音を変え、調子を変えて何度か指笛を奏でるうちに、私の周りは鳥たちでいっぱいになった。
『すごいわ! しょうかんじゅつしみたい!』
『エイミーのすごいのは、まじゅつじゃなくあつめちゃうところなのよ』
『そういえば、わたしたちともふつうにおはなししていたわね』
『せいじょ? だっけ? なんかすごいひとなのよね』
集まってくれた小鳥たちに食堂で分けてもらった雑穀をあげている横で、妖精さんたちがはしゃいでいる。聖女の発音が怪しいところも可愛い。
わたしはこの時間が堪らなく好きだ。
故郷の森を思い出すし、お淑やかに令嬢らしく過ごさないといけない学園生活は、わたしにとってだいぶ息苦しいから。とはいえ、不服があるわけじゃないんだけど。本当ならわたしみたいな田舎者、逆立ちしたって通えないところだしね。
女神様から聖女の力を授かったとか何とか、その恩恵がなければ敷地を跨ぐことはおろか学園を目に入れることすら出来なかったんだから。
可愛い小鳥さんと可愛い妖精さんに囲まれて和んでいると、ずっと下のほうで人の声がした。
「? アリーシャ様だ」
『ほんとだー』
『すっごくえらいおじょーさまよね? じゅぎょうでもないのにどうしたんだろ』
妖精さんたちが、小首を傾げて不思議そうにしている。
わたしも同感。他のご令嬢たちの例に漏れず、アリーシャ様も授業以外でこの森に入ってくることはないと思っていたのに。供も連れず、王太子様もご一緒じゃない。学園内だから滅多なことはないだろうけど、それでも高嶺の花とワンチャン狙う輩がいないとも限らない。
どうしたのかなって妖精さんたちと見守っていたら、アリーシャ様が木陰で密かに声も立てずに啜り泣き始めた。
「え……? うわああ!?」
予想外すぎる光景に驚いたせいで足を滑らせ、わたしは地面に向けて真っ逆さまに落ちていった。せめて受け身をと身構えた――――んだけど、一向に衝撃が来ない。それどころか、ふわっとした感触と共に地面に下ろされた。
「あ……あれ……?」
仰向けに転がったまま辺りを見回せば、すぐ傍に白く美しいおみ足が。怖々視線をぐぐっと上に向けていくと、美しいおみ足の持ち主でいらっしゃるアリーシャ様が、目に涙を溜めて蒼白な顔でわたしを見下ろしていた。
「あなた……な、なにを……どうして上から……」
可哀想なくらい震えながら訪ねられ、わたしは一先ず跳ね起きて正座した。何だかわたし、アリーシャ様の前で正座してばっかりな気がする。
「ええと……妖精さんたちと遊んでいたら、アリーシャ様のお姿が見えたもので……その、つい動揺しまして……大変申し訳御座いませんでした」
正座からの土下座を決め、其処でやっとわたしが無事な理由に思い至った。
アリーシャ様が風魔法でクッションを作ってくださったのだ。誰もいないと思っていた森で、上からいきなり人が振ってきたのに。
「それと、助けてくださってありがとうございます。精霊の加護があるとはいえあの高さから落ちたら無傷では済まなかったと思うので……」
「本当に……危険な真似は二度としないで頂戴」
「はい……心から反省しております」
平身低頭ごめんなさいをしていたら、頭上から溜息が降ってきて「わかったのならいいわ。頭をあげなさい」とのお言葉を頂戴した。
そろっと頭を上げて見れば、アリーシャ様がわたしの前にしゃがんでいた。
「あなたが動揺したのは、わたくしが物陰でみっともなく泣いていたせいでもあるのでしょう? ごめんなさい」
「み゛っ……! そそそそんなっ!」
びっくりしすぎてセミの断末魔みたいな声が出た。
みっともないなんてとんでもない。アリーシャ様は人目を憚って泣いていたのに、わざとじゃないとはいえ勝手に見ちゃったのはわたしのほうだ。
でも、アリーシャ様が涙を見せるだなんて、いったいなにがあったんだろう。別に王太子殿下と上手くいってないなんてことはないはずだし。
「あのう……差し出がましいようですが、なにがあったか伺っても……?」
「……そうですわね。あなたにならお話ししても良いかしら」
アリーシャ様は、それはそれは哀しげに眉を下げて、儚げな微笑を浮かべて、涙の理由をお話くださった。
要約すると、王太子派と第二王子派の令嬢たちにそれぞれ嫌がらせをされているというのだ。王太子派は単純な嫉妬だろう。第二王子派はよくわからない。お目当ての令息に買収されたり「俺のことを思うなら」とやらされてる可能性はあるかも。
嫌がらせの内容はというと、これもまあ、ひどいものだった。すれ違い様に嫌味を言う。教科書を傷つける。足をかけて転ばせる。そしてそれらの嫌がらせを、なんとアリーシャ様がわたしに対してやったことにして噂を流しているというのだ。
なにがどうしてそうなったのか理解出来ないんだけど。何故わたし?
王太子殿下の婚約者であり公爵家の一輪の花に其処まで出来るものだと感服する。当の本人たちは自分が犯人だとバレていないつもりでいるようなのだ。あり得ない。犯人どころか派閥まで割れているというのに。
アリーシャ様は最初こそ殿下に報告したが、あまりにも数が嵩んで言うに言えなくなってしまったらしい。一つ一つは小さいから、言いづらいってのは凄ーくわかる。あんまり言うとまたかよって思われるんじゃないかってなるんだよね。王太子殿下はそんなお人じゃないってわかっていても。
それに最近、王太子殿下の様子もちょっとおかしいらしい。
元々ぽやぽやした人ではあったけど、それが加速しているというか。ぼんやりしていて話を聞いていないことがあったり、何処か上の空だったり。まるで心を何処かに落としてきてしまったみたいだという。
「わたくしが至らないばかりに、殿下にまでご迷惑をお掛けしてしまって……これが陛下のお耳に触れれば、婚約解消されてしまうやもと……」
「そんなっ! あり得ません!」
またまたとんでもない飛躍をされて、思わず大声が出た。
婚約解消なんて、政治的にもお二人の心情的にもあり得ないことだ。だって殿下は心からアリーシャ様を愛しておられるように見えたし、アリーシャ様だって。心から慕い合っている二人を引き裂く理由が、王家にも公爵家にもありはしないはず。
まだ学生のうちにクソ共の対処を完璧に出来なかったから? そこで試合終了? あり得ないでしょう。
「でも……証拠を出すことは難しいのよ。人目に触れないところで小さな嫌がらせを重ねるだけなのですもの」
まあ、それもそうか。
切り裂かれた教科書とかは物的証拠になりはしても、誰がやったかという証拠にはならないし。自演だって言われたらどうしようもないわけだ。転ばせるとか悪口とかそういうのも周りに人がいないときにやるらしいので、馬鹿なりに頭は回るみたい。
「なるほど。でしたら、完膚なきまでに叩き潰してやればいいんですね。コソコソと隠れて嫌がらせをする卑劣なクズ共を、くずかごにぶち込んでやりましょう」
ぐっと拳を握り力強く宣言すると、アリーシャ様はぽかんとしたお顔をなさった。これは初めて見る表情だ。なんてお可愛らしい。
「あ、あなた、エイミー、言葉が過ぎますわ」
「ふふっ」
乱暴な物言いを注意されて、うれしくって思わず笑いが漏れた。
良かった。ちょっとだけどいつものアリーシャ様が戻って来た。
「失礼致しました。公爵家と王家に弓引く不届き者を、あぶり出してやりましょう。わたしは地位も権力もありませんけど、それ以外なら結構持ってるんです」
にっこり笑って言うわたしの周りで、妖精さんたちが気合い充分な顔をしている。わたしの推しは皆の推しだって言ってくれただけあって、彼女たちもかなり怒ってるみたい。
「エイミー、なにをするつもりなの? あまり無茶なことは……」
「お任せください。アリーシャ様にも殿下にも、悪いようにはしませんから。無茶もしません。アリーシャ様のご心労になりたくはないですし」
遙か上空から落っこちた直後だからあんまり説得力ないけど。
「推しを傷つけられたオタクの恐ろしさ、骨身に刻みつけてやりましょう」
ああ、やっぱりドン引きなさっているお顔も素敵。
早くその麗しいお顔に笑みが戻るよう、不肖エイミー、一肌脱ぎます!
ということで、アリーシャ様と別れたわたしは、学園の片隅にある聖堂を訪ねた。なにをするにしてもまず、女神様にお話する必要があると思ったから。
わたしはいまから女神様に授かった聖なる力を、私情で利用する。悪用と言ってもいい。だから、正しい行いをしなかった罪でこの力がなくなっても構わない。
でも、せめてアリーシャ様の憂いが晴れるまでは、わたしに罰を与えるのを待ってほしいと祈った。
勝手なことを言っているのはわかってる。女神様も呆れているかも知れない。全く見込み違いだったって。
「わたし……自分が特別な存在であるために、大切な人が泣いているのを見ないふりするような人にはなりたくないんです。ごめんなさい、女神様」
わたしの周りでは、一緒に着いてきてくれた妖精さんたちもお祈りしている。
彼女たちにも大変な役目を背負わせてしまうけれど、アリーシャ様とわたしの役に立てるのがうれしいって言ってくれた。本当にいい子たちだ。
「……よし。がんばろうね」
『おー!』
* * *
そんなこんなで奔走すること一ヶ月。
ちょっと聞いてくださいよ。アリーシャ様のイジメにリアリティを出すためなのか知らないけど、わたしの教科書が破られたり万年筆が折られたりしたんだけど、これ買い換えるのにどんだけの金が必要かわかってんのかちくしょう。
アリーシャ様くらいのご実家ならわんこそばのように次々買い換えても余るくらいだろうけど、わたしは一冊買うのだって苦労するんだからね。
実家に援助を頼むことは出来ないから、仕方なく破れた教科書のまま授業を受けることにした。だって本当にどうしようもないんだもん。
でもそのお陰か、周りの反応がもの凄くよくわかった。あからさまに嘲笑する人、アリーシャ様に結びつけて囁く人、なんで買い換えないのって無邪気に疑問に思っている人等々。なるほど、これは確かに、派閥を踏まえて考えるとわかりやすい。
針の筵みたいな日々を過ごして、今日は秋のダンスパーティ。
三年生は卒業パーティを目前に、最後の大きなお相手探しの場となる。此処で優良物件と出逢えないと将来婚活に苦労するっていうんだから、貴族社会は大変だ。
いやまあ、わたしも一応は貴族なんだけども。聖女って恋愛禁止らしいんですよ。恋愛禁止というか、その……清い体じゃないとダメらしくて。次の聖女が現れるまで修道女みたいな生活を強いられるのだとかで。
わたしは別にいいんだけど、歴代の聖女様方の中には駆け落ちして国を潰しかけた方もいるとか何とか。そりゃそうだよね。魅力的な人がいっぱいいる中、級友たちは恋バナに花を咲かせてお茶してんのに、自分だけは尼さん生活なんて普通はキツい。
恋愛に興味ない芋女であることがこんな役立ち方をするとは思わなかった。
そして周りの令息令嬢方は、芋女とは対極にいらっしゃる方々ばかり。やれ何処の家は落ち目だとか、其処の令息は次男だからだとか、あっちの令嬢は顔だけはいいが性格ブスだとか、そっちの令嬢は金遣いが荒いだとか。
それ本人に聞こえない? 大丈夫? ってくらい噂話が飛び交っている。
そんな中を、わたしは“王太子殿下にエスコートされながら”入場した。
花道のように開かれたど真ん中を進んで行き、国王陛下の前でお辞儀をした。鋭く深い海色の瞳が、わたしを真っ直ぐに射抜く。アリーシャ様が愁いを湛えた眼差しでわたしたちを見ている。
「皆の者! この場を借りて、皆に伝えたいことがある!」
広間に全員揃ったタイミングで、声を上げた人がいた。
第二王子の側近である、オーブリー様だ。それからもう一人。
「憂いなき後期を迎えるためにも、彼の悪役令嬢、アリーシャ・エディンセルによる悪行の数々をこの場で以て清算するべきであると宣言致します!」
宰相見習いの一人、セシル様。
「我々は彼女の王太子妃らしからぬ振る舞いを、全て記録して参りました! これにありますのが証拠です!」
バサッとビラのようにばらまかれたのは、偽りの証拠たちだ。教科書を破いたり、万年筆を折ったり、ノートに下品な落書きをしたり、人目のないところで転ばせたりしたという、イジメの証拠。あとは、お茶会にわたしだけ呼ばなかっただとか、嘘の作法を教えて恥をかかせただとか。唯一持っていたドレスを引き裂いて、パーティに行けないようにしたなんてのもある。
「王太子妃の身分を利用して田舎男爵令嬢に対して数多の嫌がらせをし、私物を破壊するなどの蛮行を繰り返して来ました」
「このような行いをする者を未来の国母とすることを、我々は許容しません!」
「よってアリーシャ・エディンセルと王太子殿下の、婚約破棄を要求します!」
二人はまるで台本を読んでいるかのように見事な連携で、アリーシャ様のやってもいない罪を並べ立てた。
やりきったようなどや顔をしているところ申し訳ないんだけど、其処まで言われて黙ってるなんて無理。
「エイミー・リヴィア」
「はい」
壇上の玉座でいまの茶番を聞いていた国王陛下が、わたしを呼んだ。困ったような思い悩んでいるような、複雑なお顔をなさっている。
「いまの話は真実か? 其方に発言を許可する。申すが良い」
オーブリー様とセシル様の視線が突き刺さる。
余計なことを言うなと顔に思いっきり書いてあるのがわかる。
だけどわたしは、お辞儀をしたまま口を開いた。
「いいえ。彼らの話に、真実は一切御座いません」
「なっ……!?」
慌てた声が二人からあがったけれど、お構いなしに顔を上げた。
「まずは皆様に、聖女の加護の一部をお分け致します」
祈りのポーズを取って目を閉じると、光の粒がホールを包んだ。
直後、わあっと歓声があがり、その中に困惑の声がちらほら聞こえだした。それもそのはず。いままで見えなかったけれど、其処ら中に妖精さんがいたんだから。
わたしの傍に着いているふたりの妖精さんは、クスクス笑って困惑するオーブリー様とセシル様を見ている。その視線に気付いた二人が睨んできたけど、無視して話を続ける。
「彼女たちは此処一ヶ月、アリーシャ様の傍に着いておりました。そして、その目でアリーシャ様の全てを見て、その耳で全てを聞いておりました」
『アリーシャさまは、いじめなんてしてないわ!』
『エイミーとだって、とーってもなかよしなんだから!』
『いまエイミーがきてるドレスだって、アリーシャさまがくれたのよ!』
妖精さんたちが、ここぞとばかりにまくし立てる。
目に見えない監視者たちがいたなんて思ってなかったらしい二人は、顔を真っ赤に染めてぷるぷるし始めた。
「うっ……嘘だ! だいたい、妖精なんかの戯れ言が証拠になるものか!」
「そうです! 妖精は平然と嘘を吐き、悪戯をする、下等精霊ではありませんか! そんなものの証言がなんだと……」
「――――黙れ」
「っ……!」
国王陛下の一声で、二人は喉を絞められたみたいに押し黙った。
「そう言われると思って、わたしはわたしと彼女らに『真実の枷』を施しています」
わたしが宣言したとき、アリーシャ様が小さく息を飲んだ。
ごめんなさい。無茶はしないって約束だったけれど、わたしみたいな身分も権力もない田舎娘が国王陛下の前で一定の信頼を得るにはこうするしかなかったの。
「なっ、真実の枷だと!?」
「王宮裁判で使われる上級魔術ですよ!? そんなものを、あなたのような田舎者が使えるわけ……」
「あれ? ご存知ないんですか? 聖女は女神様の前で誓いを立てると、真実の枷を使えるんですよ」
二人が陛下を見ると、陛下は重々しく頷いた。
「ゆえに私は、先ほどエイミーに真実であるかと問うたのだ」
そういうことなのでした。
仮にあの場でわたしが「本当ですぅ、アリーシャ様にいじめられましたぁ」なんて言おうものなら、この場でぶっ倒れていたんだから。冗談じゃない。
深く深く息を吐いて、国王陛下はわたしを真っ直ぐに見据える。
「エイミー・リヴィア。セシル・レイノルズとオーブリー・サンズにも、真実の枷を取り付けるのだ」
「ひっ……!」
怯えた顔で後退った二人に向かって、真実の枷を発動。すると二人の首にも黒荊の棘みたいな紋様がぐるりと巻き付いた。まるで刺青みたいだ。
これで二人は、真実しか口に出来なくなった。偽りを吐こうとすれば喉が締まり、呼吸さえままならなくなる。おまけに三度嘘を重ねるとそのまま息が止まるという、恐ろしい祝福だ。
だからこそ王宮裁判とかの重要な現場で使われてるんだけど。
「では、今一度問おう。セシル・レイノルズ」
「っ……はい……」
「アリーシャ・エディンセルはエイミー・リヴィアにイジメを行ったか。エイミー・リヴィアが受けた全ての被害は、アリーシャ・エディンセルによるものであるか」
セシル様はチラッとわたしを見てから、国王陛下を見上げて言った。
「はい。アリーシャは王太子妃に相応しく……な……ッ、……カハッ……!」
最後までいいきることなく、セシル様は喉を押さえて倒れ込んだ。
周囲から悲鳴が上がり、ただでさえ人が割れていたわたしたちの周囲から、もっと人が離れていった。
後ろのほうにいる人は壁に押しつけられているんじゃなかろうか。
「……残念だ」
国王陛下は目を伏せ、深く重く息を吐いた。
ワンチャンわたしの聖女パワーがカスだって可能性に賭けたんだろうけど、何故か女神様は、まだわたしを見逃してくださっている。
まさか本当にアリーシャ様をお救いするまで待って頂けるんだろうか。
「クソッ……! もう少しで上手くいくはずだったのに……!! なにもかもお前のせいだ! このクソ田舎女!!」
「きゃああっ!」
激昂したオーブリー様が、懐に忍ばせていた短剣を抜き、斬りかかってきた。
周りの令嬢方から悲鳴があがる。目を伏せて怯える人もいる。けれどわたしは彼を真っ直ぐ見据えたまま、逃げも隠れもしなかった。
「何ッ!?」
キィン! と甲高い音がして、短剣が弾かれる。
目の前でオーブリー様が、驚愕の表情で固まっている。
『なんでわたしたちがエイミーについてるか、かんがえなかったの?』
『ねえねえ、たかだかカトウセイレイにはじかれてどんなきもちー?』
わたしの両肩に座っていた妖精さんたちが、楽しげにオーブリー様を煽る。滅多なことを言うと枷が発動しちゃうから、大人しくしててほしい。
「妖精は、下等精霊なんかじゃないですよ。精霊樹様の許で修行をしている、立派な精霊見習いです。良い行いをすれば魔力も高まり、より高位の存在に近付くんです」
パーティの場で剣を抜いたオーブリー様とピクリとも動かないセシル様が、学園の警備兵に連れ出されていく。オーブリー様は最後までなにか喚いていたけれど、最早彼の言葉に耳を貸す人は誰もいなかった。あと、勢いで嘘を吐いたみたいで、語尾が嫌な途切れ方をした。
学園の医術師は優秀だから、きっと枷くらい解除してくれるだろう。たぶん。別に嘘一回でいきなり命を奪う術でもないしね。
ていうかオーブリー様がクソ田舎女って言ったときに発動しなかったってことは、わたし女神様お墨付きのクソ田舎女ってことじゃん。つら。
「あの……アリーシャ様がいじめていたっていうことが誤解なのはわかりましたわ。でしたら何故、王太子殿下はエイミー様をエスコートなさっていましたの?」
騒ぎが収まって気持ちに余裕が出来たのか、一人の令嬢が怖ず怖ずと訊ねてきた。疑問は尤もだ。本来ならアリーシャ様をエスコートするべき場面だったんだもん。
「それは私から説明しようかな」
「殿下」
殿下がハッキリとした口調で喋り出したのを見て、わたしはやっと安堵した。
「実は、先ほどの二人……特にセシルから呪詛を受けていてねえ」
「呪詛!?」
不安と恐怖の声が、波のようにホールに広がった。
まさか王太子殿下相手に其処までする人がいるとは思っていなかったのだろう。
「まあ、それはエイミーが浄化してくれたんだけど。浄化のためには触れていないといけなくて。どうせだからアリーシャの件を後押しして彼らをあぶり出すためにも、エイミーに乗り換えているふうに見せようかなって話して決めたんだ。ね?」
「は、はい。仰るとおりで御座います。あとですね、アリーシャ様もわたしが暫くのあいだ王太子殿下にひっついていることは了承済みなので、疚しいことはなにも全くミジンコほども起きておりません」
疚しいことはないけど、寧ろいまこそ好機とばかりにアリーシャ様可愛いトークに花を咲かせてたとは絶対言えない。
其処へアリーシャ様が、静々と近付いてきた。細い手がわたしの手を取り、震える手のひらの中にわたしの手が包まれる。
「エイミー……わたくしのために、ありがとう」
「お安いご用です。アリーシャ様のためなら何だってしますから」
にっこり笑って言ったら、アリーシャ様に抱きしめられた。頭上から「あれえ? 私は? ねえアリーシャ、私は?」って聞こえてくるんですが、無視ですか??
どうしよう。滅茶苦茶いい匂いする。やわらかい。ふわふわしてる。同じ生き物と思えないくらいなにもかもが違うんだけど助けて。
「いいなあ。私も混ぜてえ」
「ふぇあ!?」
何故かアリーシャ様ごと巻き込んで、王太子殿下がもふっと抱きしめてきた。
なんだこれ!? 助けて女神様! アリーシャ様と王太子殿下のあいだに割り込むこのとんでもないお邪魔虫を排除してください!!
「これ、ユーディット。淑女をそのように扱うものではない」
「はあい」
のんびりとした声と共に、やっと体がふわふわともふもふから解放された。
いい匂いが二倍になって襲ってきて、ちょっとお花畑の幻覚が見えかけた。
「さて。皆、先の些事は忘れて、引き続きゆるりと過ごされよ」
陛下がパンと手を叩いてそう言うと、楽団が演奏を再開した。
皆、最初は戸惑い気味だったけれど、一組のカップルがダンスを始めたら一人また一人と、手を取り合ってゆったり踊り始めた。隅に用意された立食会場には、可愛いスイーツが宝石のようにきらきら輝いて並んでいる。
わたしがふらりとスイーツの山に引き寄せられると、妖精さんたちもきらきらした目で覗き込んできた。
「一緒に食べる?」
『たべるー!』
小さく切り分けられたケーキと、妖精さんにも食べやすい大きさのベリーをお皿の隅に置いて、わたしも気になるケーキやゼリーを堪能した。
ホールの真ん中では、王太子殿下とアリーシャ様が見つめ合って踊っている。そのお姿はまるで一枚の絵画のよう。
「やっぱあのお二人は絵になるなあ」
『エイミーは、おどんないの?』
「わたしはいいかな。男性側にとって殆どメリットがないしね」
『そーなの?』
そりゃそうでしょうとも。
次の聖女が見つかるまで恋人らしいことも出来ない。それを差し引いて家が凄くて役に立つってわけでもない。聖女パワーは日常的に使えるものでもない。というか、本来は国のために役立てないといけない力だからね、これ。
強いてメリットを挙げるとするなら、どうしても相手が見つからなかった人が全力全開妥協して売れ残りを回避するのに使える程度じゃないかと思う。
今回の出来事で女神様に見放されなかったのは、彼らが国の転覆を画策してたからなのかな。考えたら公爵家と王家の繋がりを雑にぶった切ろうとしてたんだもんね。取りようによっては国家反逆罪にもなるのか。そうか。
でもまあ、難しいことはお役人様に任せることにして、いまはケーキだ。こんなに高価な美味しいもの、卒業したら一生お目にかかれなくなるし。
「あ、これ美味しい」
「どれどれ? 私にもおくれ」
「へぁっ!?」
真横から急に声が湧いて出て、斜め上に裏返った声が出た。
恐る恐る横を見れば、王太子殿下が所謂「あーん」待ちの顔で待機している。その斜め後ろにアリーシャ様がいるんだけど、全てを諦めたお顔をなさっておられる。
「は……はい、どうぞ……」
わたしも心を無にして、殿下にケーキを一口分けた。
「本当だ、美味しいねえ。たぶんうちのウェリントンシェフの新作じゃないかなあ」
「えっ……シェフ一人一人の味を覚えておられるんですか?」
「そりゃあね。味が変わったら、なにかあったんだなってわかるでしょう?」
なるほどと納得しかけて、毒物混入対策だからって簡単に王宮シェフの味を全員分覚えられるわけじゃないってことに気付いた。危ない。あまりにもおっとり言うから納得させられるところだった。
「アリーシャ様、あの……」
「諦めなさいな。殿下はこういうお方ですもの」
「はい」
滅茶苦茶虚無を背負っておられるアリーシャ様を余所に、殿下はわたしから餌付けされては「美味しいねえ」と満足そうにしている。
どうせなら新しいのを食べればいいのにと思いかけたけど、そうか。毒味か。
いくら何でも学園のパーティに毒なんてってド庶民脳のわたしは思っちゃうけど、そのまさかな場面でこそ起きるんだもんね。
そういうことなら、あれこれ食べてみよう。そうだ、これはお役目なんだ。
「あ、これ……アリーシャ様、これ召し上がってみませんか?」
「えっ」
ダークベリーのムースをひと匙掬って差し出すと、アリーシャ様はきょとりと目を瞬かせた。どうしたんだろうって思っていたら、暫く固まってから横髪をかき上げ、ぱくりとお口にお迎えしてくれた。
そのお姿のなんとまあ愛らしいこと。心臓が爆発するかと思った。
「……確かに、好きな味ですわね」
「ですよね? アリーシャ様、ダークベリーのデザートお好きそうだなって思って。良かった、あってて」
「ねえねえ、私も私も」
「はい、ただいま」
横から袖をツンツン引きながらねだられ、同じものを殿下にもお分けした。殿下はそれはそれはしあわせそうな顔でもぐもぐしてから「そうかあ、これがアリーシャの好みなんだねえ」と言ってアリーシャ様を照れさせた。強い。
でも、照れて眉を寄せていたけれど、それもすぐにふんわりした微笑に変わって。そうだ、わたしはこのお顔が見たかったんだって思ったら、何だか凄く安心した。
「アリーシャ様」
「なにかしら?」
振り向いたお顔がまだほんのり赤い。可愛い。
「わたし、いますっごくしあわせです!」
アリーシャ様は一瞬目を丸くしてから、花が咲くような笑みを浮かべた。
あー、今日も推しが尊い!




