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イミテーション

作者: 笹月千祥

同じ事をすれば、同じように喜んでくれるんじゃないかって。



「ね、花菜ちゃん…バイト終わったら、時間ある?」

「んー……何かあった?」


日の傾きはじめ、カフェの店内はザワザワと人で溢れている。彼女は客の案内や人のはけたテーブルの清掃に追われていた。

たまたま近くに来たところを呼び止める。


忙しいタイミングで声をかけられて、正直対応してる余裕なんて無いだろうに。

自身の事など気にもとめずに、こちらの心配ばかりしてくれる彼女に、簡単に気持ちが浮き立つ。


「いや?今、植物園で夜間にライトアップしてるんだって。一緒にどうかなって思って」

「えっ、そうなんだ!ライトアップかぁ」


ふふっと楽しそうに笑ってくれる彼女は、可愛らしく見える。

だけど


「あ、れ……麻里奈は?……」

「………」

「………今日、ミチ、迎えに来るって言ってて。多分、もうすぐここに来ると思う。」

「………」


花菜はこちらの反応を伺うように見てきた。


ああ、嫌だな。

ゆっくりと、じわじわと、真っ黒の波に埋もれてしまいそうだ。

俺はまだ、笑えているだろうか。

彼女に気付かれたくはないのに。


いや、もしかしたらもう、気付かれてるんじゃないだろうか。


「花菜ちゃん、政路と一緒に住み始めたんだって?」

「うん」

「大学行って課題して、家賃稼ぐのにバイトして。家に帰ったら家事して、政路の世話して。」

「……」

「ねぇ、大変でしょ」

「それは、まぁ。…でも、稼いでるのはミチもお」

「やめなよ。そんな、無理する必要ないでしょ。学生のくせに、籍まで入れて。やめなよ」

「……」


被せるように発した言葉に、花菜の顔から感情が抜け落ちた。


それじゃない。そんなふうに言いたいわけじゃない。

ただ、笑って欲しかっただけなのに。


「……ごめん」

「………」

「麻里奈は、課題で忙しくしてるよ。花菜ちゃんとも会いたいって言ってた。」

「そっか」

「……ね、20時に。……来れなかったら、それでもいいから。植物園で待ってる。」

「……うん。分かった」


そう言ってカウンターの奥に去っていく彼女を、ただただ見つめた。


これじゃぁ彼女は来ないだろう。

どうすれば喜んでくれるのか。どう言えば笑ってくれるのか。

どんなに考えても、上手くいかない。



「アイスコーヒー」


突然向かいに座ったのは、政路だった。

先程までの花菜との会話を思い出し、少々気不味くなる。


「自分で頼んでこいよ。………他の席は」

「空いてねぇ」


お金まで無造作に渡されて、断りきれずにカウンターへ向かう。夕方時とあって人が多く、確かに他の席は空いていないようだった。まあ空いていたとしても、本気で追い出す気は無かった。いくら気不味くても、短くない間一緒に過ごしてきた親友だ。

花菜ちゃん、政路の分なんだけど、とお金を渡すと、花菜も政路の姿に気付いたらしい。

あからさまに先程までとは比べようもない笑顔に苦笑いが出る。ひらっと手を振ると注文も言わずに席へと踵を返した。

どうせあの2人の事だ。政路が何を飲むかなんて花菜なら分かっているだろうし、政路だって何が出てきても何も言わずに飲むに違いない。


自分よりも長い時間を、2人が一緒に居たのを知っている。

言葉にしなくても伝わる気持ちが、離れていても揺らがない信頼があるのが分かる。


ああ、やっぱりまだ、早かったのかもしれない。

だって、2人を見るとこんなにもザワザワする。

もっと時間を置いてから会いに来るべきだったんじゃないか。


「しけてんな」

「………」


怒鳴らなかった自分を褒めたい。


「………今日、花菜ちゃんデートに誘ったから」

「へぇ」

「お、まえはっっ」


悔しい。

少しくらい動揺すればいいのに。

涼しい顔して笑いやがって。


「麻里奈はどうした」


その言葉に、沸騰しかけた頭が一気に冷めた。


「……課題で忙しいんだと」

「………」

「お前さぁ……ほんと、もう……すずしー顔しやがって」


「お待たせしましたー!ダークモカチップフラペチーノです」

満面の笑みで花菜が持ってきたそれに、政路が苦虫を噛み潰したような顔をした。

「サトくんは、カフェラテおかわりをどうぞ」

花菜は、満面の笑みを通り越してニヤニヤと政路を見ている。絶対わざとだ。

眉間にくっきりとシワを作ったまま、それでもフラペチーノのストローに口をつけるのを見て、堪らず吹き出した。


「ぶふっっ……ふっ…ははっ……。政路、やるよ、カフェラテ。……くくくっっ」


花菜は、政路が無言でフラペチーノとカフェラテを入れ替えるところまで見守ると、ニッコリと笑って接客に戻って行った。

カフェラテを飲む政路は、それでもまだ微妙な顔をしている。コーヒーはブラック以外飲んでいるところを見た事がないが、やはり無糖のカフェラテでも苦手らしい。


「あーもー、ほんと、気ぃ抜けるわ」

「……」

「花菜ちゃんとお前が、なんも変わってなくて安心した」

「…ああ、4ヶ月の音信不通の原因はそれか」


それ、ね。それ。

冷めていた頭に、再び血が昇る。


「………ずいぶん簡単に言うんだな」


思わず、地を這うような声が出た。


「そうだよな。お前にとっちゃぁ、大した事じゃなかったんだよなぁ」

「………」

「ふざけんじゃねぇぞ」

「………」

「なんの話もなく、親友が既婚者にでもなってみろよ」

「……すまない」

「ああ、そうだよな。当事者のお前には分からないだろうな。俺がどんな風に感じたかなんて。どうせ俺には関係なかったんだろ、お前にとって」

「……」

「8年以上一緒に居ても、結局は他人かよ。少しでも俺の事考えたのかよ。まじでなんなんだよ。交際かっ飛ばして入籍って。花菜ちゃんの気持ちはどうなんだよ。」

「………」

「全部一人で勝手に決めて、勝手に行動して。お前にとって、俺はなんなんだよ」

「……」

「くそっ……こんな、女みたいな事、言いたかった訳じゃないのに」

「……」

「親友だと思ってたのは、俺だけだったのかよ。なんで何も言ってくれなかったんだ」

「……悪かった」



高校の終わり。変わってしまう事が恐ろしくて、身動きが取れなかった俺を置いて、こいつは勝手に変えてしまった。

一言も、雰囲気の欠片も見せず、もっと言うなら、事後報告も無かった。

一人で決断出来る強い意志は、確かに眩しくて尊敬するが、入り込む余地すら見えなくて悲しくなる。


「……おめでとうって、言いたかったんだ。良かったなって」

「……ああ」

「でも、何も分からなかったから。ほんとにおめでとうなのか、ほんとに良かったな、なのか。幸せになれるのかって。なにも言えなかったんだ」

「………」

「親友だと思ってるなら、ちゃんと教えてくれよ。俺に、祝わせてくれよ」


こいつ、きっとバカなんだ。友達にこんな事言わせて。

なんも言わなくても分かってくれてる、とか、男女間ミラクルみたいな事、男同士でも通じるなんて本気で信じてるんじゃないか。


なんて、感情に任せて全部吐露してしまった恥ずかしさを誤魔化したくて、俯いたままつらつらと考える。


「…何も言わなくて、悪かった」

「……うん」


俺がそんな事思ってたなんて、本当に考えていなかったんだろう。顔を上げると、政路にしては珍しく、視線を逸らしている。



「俺だって、いっぱいいっぱいだったんだ」



「………ん?」


いっぱいいっぱいとは


「………は?」


「人生の岐路だ。余裕が無かった」


いや、待て。

そんな耳を赤くしてはにかまないでくれ。


「お前が焦る所も、恥じらう所も、今まで一度も見た事が無かったんだけど」

「………」


いや、こいつ、誰だよ。

絶対、政路じゃないだろ。


「……もう少し貯金しとけばよかった、っては思った」


小さくため息を吐くとそう言って、少し悲しそうに笑う。


「結婚式は、大学を卒業してから。それまで子供も作らない。とりあえずの新居は、叔父さんの持ってるマンションの一室。生活費はバイトで賄う」

「………」

「それで、向こうの親に頭を下げた」

「やべぇな」

「籍を入れるだけ、に意味があるのかと言われた」



籍を入れるだけ。

確かにそうだ。

ペラッペラの紙に名前を書いて、役所に提出するだけ。


「俺にとって、それが大事だったんだよ」


相談したとしても、しなくても。

他の誰かから、やめなよと言われたとしても。

どんな時も先を読んで、何が起こっても大丈夫なように用意周到で。

石橋だって、誰にも気付かれる前に調べ尽くしてるような奴なのに。


「ただ、指輪が安物で。偽物を持たせてるみたいで、それだけは後悔してる。貯金しておけば良かったって」

「………」


ありふれた量産品の、高校生でも簡単に買えてしまう、なんて事ないモノだったんだろう。


「そこら辺に転がってる針金みたいなもんでもさぁ…お前が籍入れるって覚悟して、変に無理して背伸びしなくて、花菜ちゃんの事だけ考えて選んだんだろ」

「………」

「だったら、偽物じゃなくて本物だろうが。だから花菜ちゃん、飲食店でのバイトなのに今も付けてんだろ」

「……ああ」

「もちっとしっかりしろよ、既婚者」

「……すまなかった」

「………」

「なんとも思ってなかった訳じゃない。麻里奈の事だけ考えさせてやりたかった」

「おまっっ……それだったのかっ。うそだろ。なんだよ、ほんとにもう……」


なんだ

ちゃんと俺の事も考えてくれてたのか

この数ヶ月ザワついていた気持ちが、やっと治まる。


「おかげで順調だよ、もぉ……こないだの誕生日だって、2人で過ごした」

「……おめでとう」


政路は安心したように、少しだけ口角を上げた。

耐えていたものが零れそうになり、両手で顔を覆う。


「…連絡したい時に連絡したらいい。会いたい時には会いに来い」


親友だからな


「俺の親友がイケメン過ぎて辛い……一生敵う気がしない」

「麻里奈が好きだったのは、俺じゃなかっただろ」

「………」

「お前ら、分かりやす過ぎるんだ」

「麻里奈の事、分かりやすいなんて言う奴はお前だけだよ」

「順調だと言うなら、模造品じゃなくて本物に会いに行けば良い」

「………自分の嫁を模造品って」

「俺には本物だからな」


初めて見る政路の幸せそうな顔に、つられて笑顔が零れる。


「バレンタイン、花菜ちゃんからチョコもらったのかよ」

「………出そうとしないから、奪った」

「うっわ……それなら10年前に奪ったら良かったんだ。そしたら10個全部もらえてただろうに」

「………覚悟が欲しかった」



「……なぁ、なんで結婚したんだ」


政路はゾッとする程綺麗に微笑んだ。


「マーキングだよ」




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― 新着の感想 ―
[一言] 読み進める程、それぞれの関係性と、そしてそのひとの見え方が変わってきて、とても新鮮な気持ちがしました。 最初は好きな女子を取られたシチュエーションなのかな……と思いきや、固い男同士の友情を見…
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