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第十六話

 チースト科の猿から、初めての感染が起こった山に、私たちは真夜中に移動し、火を起こし、野宿をして備えることに決まった。


 星が鈍く光り輝いている。


 森の風は静かだ。優しく包まれる。


 こんなに穏やかな初夏の夜なのに、明日は何もかも失ってしまうかもしれない。


 アニサスがまた違う薬草で作った解熱剤が効いているようで、体は楽だった。


 しかし、刻々と体が衰弱しているのがわかる。次に発熱をしたら、私はもうだめだろう。


 リーキは明日に備えて、寝袋にくるまって、眠っている。


「ねぇ、アニサス。黒魔術について教えて。何でも願いを叶えるという、悪魔の契約を」


 私は、ダリアン王子の、あの出会った日の笑顔を思い浮かべる。柔らかな夏の陽射しのように、優しく、温かった王子を。


「サーラさん、前に話したように、悪魔と契約することは、魂を売ることです。ダリアン王子のためになど、やめた方がいいと思います」


 アニサスは、毛布にくるまり、眠そうな声で話す。


「呪文を教えて」


 私は、ずっと聞きたかったことを口にする。


「この本が研究書です。一応、持ってきました。サーラさんに託します。呪文が書かれています」


 アニサスから本を渡される。


 ‘’後期密教の教え‘’


「密教?」


「後期密教は、黒魔術的な秘儀をうみだしました。曼荼羅の研究の中でも、熱心に研究をしている人々がいます。この呪術は、私の父がチベットの古い村で見つけたものです」


 アニサスは、淡々とした口調で話す。アニサスだけでなく、どうやら家族で魔術と呼ばれるあらゆる領域を研究し、調べていたようだった。


「ありがとう、読んでみるわ」


 私は、本を受け取り、ページをパラパラとめくった。儀式の方法が書かれている。


「私も寝ます。サーラさん、明日は決戦です。道を間違えないでください」


 そう言って、アニサスは、毛布を頭から被り、眠りについた。


 私は、火に木棒を放り、炎を絶やさないようにして、本を読んだ。悪魔との契約は、血が必要であり、満月の夜に血を飲み、呪文を唱えるように書かれてあった。


 夜空を見上げる。


 満月に近い夜だった。


 これは必然か偶然か。


 私は明日のダリアン王子との決戦を思い、目を閉じる。



 翌日は、日の出とともに、目を覚ました。

アニサスとリーキは、既に起きて準備をしていた。


 リーキがパンと卵、ハムでサンドイッチを作ってくれる。私たちは、作戦の段取りを確認しながら、朝ご飯を食べた。


 手紙に記した場所は、山の3合目あたりであった。登山者が、チースト科の猿に襲われた場所だ。ここから、感染が始まった。


 私たちは、木々の隙間に隠れて、ダリアン王子を待った。


 9時少し前に、ダリアン王子があらわれた。

王子は約束通り、一人だった。


「油断しないで。どこに軍が見張っているかわからないわ」


 リーキは、声を潜めて言う。


「でも、木々に備え付けたカメラには、特に人の気配はありません」


 アニサスは、小型の映像機で確認しながら言った。


「一人だと思います」


 確信を持ってアニサスは言う。


「じゃあ、作戦通り、私一人で話に行くわ。二人は、後ろから護衛をお願いね」


 私は、緊張をしながらも、深呼吸一つしてから、ダリアン王子へと歩いて行く。


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