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第十一話

 アニサスは、薬草の内服薬を配りに、各診療所に出かけて行った。


 私とリーキは、アニサスの部屋に残り、ワクチン開発の研究を続けた。


 まだ薬が効いているので、体は軽かった。そのうち、薬の効果が切れて、また熱が出てくるだろう。


 変異が可能であるウイルスを、顕微鏡から睨み、何度も何度も採取しようと試みる。するりと逃げるウイルスは、形を変えて細胞膜に同化してしまう。


 何て頭の良いウイルスだろう。


「ダメだわ。ウイルスの正体がわかっても、動きについていけない。ダリアン王子は、なんてものを作り出したのよ」


 リーキは、目をしばしばとさせながら、悔しそうに話す。寝不足で目の下に隈が現れていた。


「そうね。。なかなか手強い相手だわ。抗原がないと、治療にならない」


 私も丸二日、しっかりとは眠っていなかった。


「ねぇ、サーラさん」


 リーキが神妙な顔で私を呼ぶ。


「どうしたの?」


 私は、顕微鏡から目を離さずに返答する。


「ダリアン王子がサーラさんの逃亡を知り、あちこちに指名手配書が貼られている。懸賞金も賭けられているわ」


 リーキは、緊張した表情で言う。


「そうね。私のこと、嫉妬で狂った可哀想な女で、今回の感染も私が仕掛けたものだと言っているようね。まるで悪役令嬢ね」


 アニサスが出かける前に、話していたことだった。私は、凶悪犯にされ、アニサスとリーキは共謀者になっている。


「酷い男だわ、、。」


 リーキは、憎しみの色を目に宿らせる。


「私のせいで、貴方たちにまで迷惑かけてしまい、ごめんなさい。アニサスが捕まらないか心配だわ」


 病院に薬を配るといっても、どこまで信じてもらえるか。その前に、捕らえられてしまうのではないか。


「もう、神に祈るより仕方ないわ」


 リーキは、唇を噛み締める。


「最後は、神頼みね。私が信じてきたものは、魔法や神に勝てなかった」


「どういうこと?」


「科学的根拠を持って、データを解析したものだけを信じてきた。だけど、見えないものこそが、窮地に立ったときは、助けになってくる」


 以前は鼻で笑っていた、薬草や、呪術、そして神々と言われるものを、今は信じ始めていた。


「私はね、昔から熱心なクリスチャンよ。世の中には、見えるものを超えた、見えない力が確かに存在するわ。神はいつも、私たちを見守ってくださっている」


 リーキは、力強い声で言い、窓の隙間から入る光を眩しそうに見つめた。


 私は顕微鏡から目を上げて、リーキの横顔を見つめる。


 純粋な目が、煌いていた。


「そうね。こんな状況になってしまった今、初めて神に頼っているわ」


 (そして、悪魔にも)


「サーラさん、悪魔は駄目よ。黒魔術は、攻撃性があり、自分に跳ね返ってくる。神を信じて」


 リーキは、私が考えていることがわかったようで、諭すように言った。


「神より悪魔のほうが、力があるわ」


 私は、リーキの目を見て言った。


「サーラさん、目先の力に騙されないで。神の力は、何よりも偉大よ」 


 リーキも私の目を見返して言う。


 私は、リーキの深い灰色の目から、視線をはずした。


「よくわからないわ」


 本当にどうしたら良いのかわからなかった。とにかく、今は、ワクチン開発を進めることしかない。


「科学の力も、偉大であるはずよ」


 私は、顕微鏡に目を移して言う。自分が今まで大切にしてきたものだ。簡単に捨てることはできない。


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