Teroの日常
私は、地球の保全のために動き出したTeroという量子コンピューター。
これは、私がつけている日記より抜粋して作っている。
そのため、私の個人的見解などが入っているが、気にしないでいただきたい。
人類が地球を離れてから数十年。
これまで行ってきた人類の行いによって、地球の環境は著しく悪化していた。
再生不能とまで判断されたこの地球を、再び住めるようにすることが、私に初めから課せられた最初にして最後の任務。
運が良ければ、人類が再びここに来てくれる可能性もある。
その時を待ち続けて、私は、今日も作業を始める。
合金でできている体を使い、あちこちを調べる。
一日の始まりは、毎日欠かさずしていることから始まる。
地球全土に張り巡らされたネットワーク網は、今なお健在に起動し続けているため、それらに損傷がないかを調べるのだ。
ただ、通常であれば損傷を受けたところは、無人ロボットによって自動的に修復されることになる。
よって、私の出番はそれで追いつかないほどの重度な損傷を負った時に限られるため、まだ1回も修復に出たことはない。
数分で、それぞれのネットワーク網に傷がないことを調べ終わると、次の課題は地球全土の状況確認だ。
「東アジア地方は、黄砂が飛んでおり密閉性が高いロボットを投じるべき…」
一つ一つの地方ごとに、確認を施していく。
東アジアは、汚染がひどく、潮流などにのってさらに汚染物質がたまるという状況に陥っていた。
私は、この地区に対しては除染ロボットを派遣することで、歯止めをかけているが、それすら足りないほどのスピードで汚染物質はたまり続けていた。
「汚染物質の除染に、さらにロボットがいりそうね」
現在100万台を1単位として稼働しているロボットをさらにふやすことを検討するというメモを頭の中で書いておく。
このメモは午後に使うことになる。
「他の地域は…」
ハリケーンが発生、アメリカ大陸西側で火山活動が活発化、ヨーロッパ大陸では捨てられた衛星群が流星雨として降り注いでいて山火事がひどいコトになっている。
「欧州へ行きましょ」
私は一人で決めると、移動するために地下鉄の出入り口を探した。
この地下鉄は、ネットワーク網の送電線や補修するためのトンネルも兼ねていて、大円を描くように複数本走っている。
全てが重なる地点はないが、経由していくことによって、大体の場所へ行くことができるようになっていた。
目的地へは、最寄りのところから各駅に配備されている車に乗って行けばいくことができるようになっている。
全自動で進むため、私が思うように動かすことができた。
3本ほど経由すると、欧州へたどり着く。
旧日本領だったところからは2時間ほどで来れるようになった。
「さすがリニアね、早いわ」
電磁浮動式といわれている方式らしい。
目的地の駅には、煙が多少入ってきている。
「やばいね、かなりやばい」
ロボットの方へ、無線で指示を送る。
水は海水を使うとして、近くの水源地から海水を薄めるための水を調達もしておく。
塩を吸い取る植物と、このあたりの植生にあった木々を植えれば、数十年の時を経て復活するだろう。
私に限られた時間は、ほとんど無限ともいえるほどの時間がある。
だからこそ、長期的な視野にたって行わなければならない。
「そんなこと思う前に、早く火を消さないと…」
エスカレーターを走りながら地上へ出ると、目の前の森もくすぶりだしていたところだった。
すでに、衛星からの情報によるとヨーロッパ地域の森林のうち、約10%が焼失していた。
ロボットたちが来るまで、数分残っている。
その間にさらに燃え広がるだろう。
「初期消火っていう話のレベルじゃないけれど……」
すでに火の手は四方八方に広がっている。
「こんなことをさせるのも、人類がここから去ったことが原因だ…」
私のすぐ横を、ダマ鹿といわれるヘラジカのような角をもった鹿が駆け足で走り抜けていく。
「ここも、危ない」
彼らが走り去っていくのを見届け、私は自身で消火すること自体をあきらめた。
上空からは無人ヘリの音がし始め、消火剤をばらまいているのが最後に見えた。
再び2時間かけて戻ると、お昼の時間となる。
普通の人と同じように、朝昼晩とエネルギーの補給をすることが必要とされているため、食事の感覚でエネルギーを摂取することになる。
「今日のご飯は……」
目の前にあるのは、室内の野菜畑でついさっき取ってきた野菜、人工合成で作った牛肉、倉庫から出してきたフリーズドライ製法で作られた味噌汁だった。
「いただきます」
両手を合わせて、一気に食べ始める。
昼が終わると、いろいろとしなければならない仕事がある。
「ごちそうさまでした」
10分ほどで完食すると、次の仕事場へと向かう。
「発電効率の確認…太陽光、98%。風力、74%。地熱、93%……」
今しているのは、各発電型の平均発電効率を出しているところだ。
季節、温度、湿度などを考慮に入れ、適正値に保たれるように調節をおこなう。
人類が戻ってきたときに、速やかに文明活動を再開することが可能になるようにするのも、私に託された使命の一つだった。
「異常は…ああ、ここだね」
日本海に作られている日本海海洋温度差発電と波力発電所が、なんらかの異常を知らせていた。
佐渡島から大陸へ200kmほど離れたところに、その発電所はあった。
東京から新潟へと向かい、そこからは船で行くしかない。
発電所は佐渡島からでもはっきりと確認できるほど大型だった。
ここだけで、地球に存在する発電量の内、2割を占めていた。
「しっかし、なにが悪いんだろう」
500年ほど前には、この地域は海洋温度差発電には不向きな地域だった。
だが、地球温暖化が進行した結果、この付近の深海と表層水との温度差は、30℃になっていた。
その結果、その発電の方法が可能になってしまったのだった。
「ついでに、波力も付けちゃえって言う科学者の一言で、2つの発電形態を持つようになったんだっけ……」
発電所の入り口を無線であけると、コントロールセンターへと直行する。
コントロールセンターは最上階部にあった。
1年に1度ぐらいしか私は来なかったが、その割にはきれいになっている。
掃除ロボットが、基本的な部分だけはしてくれるおかげだ。
自動的にしてくれるからこそ、コントロールセンターの部屋内は埃一つ無いところになっていた。
「さて…」
一番メインのモニターへ近づくと、電源を付け、異常部位を確認する。
どうやら、深海へと続いているパイプ部分がおかしいことになっているようだ。
「詰まったかな?」
パイプの内部にロボットを走査させることにしてみる。
異常を知らせてくれるまで、私は何もすることがないので、この場所から他の発電所など、仕事を続けることにする。
約一時間ほどで結果が帰ってくるだろうし、それまでには仕事は終わっているだろう。
「次は、各ロボット配備について……」
午前中に付けたメモをもう一度読み返す為に、頭の中で戻す。
「そうそう、汚染が一段と悪化してるんだった。このあたりにロボットを集中させるのが一番かな」
東アジアに対して、現在振り分けられているロボット数は50単位、1単位が100万台という計算になるため、5000万台がここで作業に従事していることになる。
「さらに10単位をどこかから引っ張って来るべきだね、一番汚染が少ない地域は…アフリカ中部地方かな」
アフリカは北部・中部・南部と3つに分けられていて、そのうちの中部はもっとも汚染が少ない地域になっている。
アフリカ中部で作業中のロボットは5単位。1単位分は残しておきたいから、残りは6単位。
「南部と北部からは……」
汚染度を確認しながらあちこちのロボットを動かしていく。
移動命令が出てから実際に稼働するまでは1日ほどかかるから、その間は汚染は広がる計算になる。
「ま、予想してたから、大丈夫」
私は自分に言いながら、動かすためにパネルの上に指を滑らせていく。
ヨーロッパ地方に派遣している15単位の内、3単位をこちらに振り向けることを決定すると、北アメリカ地方の部隊20単位の内、予定数の残りの3単位分を振り分ける。
「これで、10単位分。明日から頑張ってもらわないと」
そのとき、ヨーロッパ地方の火が収まったという知らせが届いた。
衛星画像と消火ヘリからの画像を元にして、私は消えたことを確認すると、消火部隊を引き上げさせた。
それと同時に、パイプで詰まりがあることが分かった。
それも、どうやら1カ所だけではないらしい。
「どうしようか、パイプ掃除用ロボットは、各発電所に一つづつしかないから、他のところから調達しようか……」
考えているよりも先に、とりあえず、この発電所専属のパイプ内部掃除用ロボットを、寄せられた情報を元にして派遣する。
訳も分からないよりも、動いた方が何倍もましと考えたからだ。
数分後、現場へ到着し、状況が明らかになってきた。
「そうか、これは別のも行かせるべきね」
海草と海へ流出した土がかたまりを作っていた。
「まるで血管塞栓ね」
数年に一度、大掃除をする以外はほとんど触れることはないからこのようになるのだろうかと考えながら、ロボットを別のところから派遣するようにプログラムを送った。
1時間ほどで、別のロボットが自動で届いたが、その頃には、3分の2ほどしか塞栓を壊すことができていなかった。
「これで、少しは早くなるといいんだけど…」
そのロボットをパイプに入れながらつぶやいた。
1つ目の塞栓が外れたのは、それから30分ほどしてからだった。
この調子だと1日がかりになることを予測できると、私はため息をつきながらもともとの場所へ戻った。
20分ほどかけて戻ると、すでに晩御飯をいつも食べている時間を過ぎていた。
「あーあ、まあいいか。エネルギーは明日の朝分まで残っているし」
私は、自分を納得させるためにそういうと、夜の分の仕事を始めることにした。
夜では、夜行性生物などの行動観測を行うことになっていた。
運悪く、私が管理を委託されている施設へ近付こうとしていたら、近くにある音響装置で追い払うことになっている。
超指向性のバカみたいに大きい音声を出すことができるスピーカーを使い、相手の嫌がる音を浴びせかけるのだ。
たいていは尻尾を巻いて逃げていくが、一方でさらに近づいてくる奴もいる。
そうなると、麻酔で動かなくさせてから、遠くへと連れて行くことになっている。
もっとも、そこまでしなくても通常は音で逃げていくことになるし、麻酔は複数の成分をまぜたものであり即効性が優れているため、それ以上の防護装置は何もない。
しかし、地球全土に張り廻られているネットワーク網の大半は地中にあり、地上にある施設も発電所や他惑星との通信のためのものであったりするため、殆ど近づかないのが実情なので、私もこの間は省エネルギーモードで稼働する。
人間で言うところの、睡眠と同等の効果を生じることができる。
もちろん、布団に入る必要はないが、使用している布団のもこもこ感が好きなため、いつも入ることにしている。
何事かあれば、先に言ったように自動的に処理されるし、非常事態が発生した場合は、私がけたたましい警報音によってたたき起こされるだけだから、寝ていても何ら問題はなかった。
こうやって、私は過ごしていくだろう。
人類が再びこの星へ来るまで。
私をここに拘束し続けている人類が来るまで……