第五記 最終話 蛭子
邑人たちは、ここまでだなと云って引き上げていった。
日向は1人、その場に残り、置いていった刀を取り上げた。
奴の、ヒッタイトの証は、これだけか・・・。窟は燃やされ、跡形もなく燃えてしまっただろう。書物などは灰と化した。
数千年前、新勢力によって滅ぼされたヒッタイト王国。生き残った市民たちは世界に散りじりになり、他の種と交わった。強兵と貿易の国だったらしい。世界で初めて鉄を精製し君臨したヒッタイトは、今、滅びた。
それにこれだ。日向は小さな瓶を傍から出した。中身は麻酔薬だ。
ヒッタイト伝来の麻酔薬。これを分析して生産してみよう。身を切る治療の時、痛みを感じないだろう。
ハトウシャよ・・・・・。
彼の遺体は沖へ、沖へと流され見えなくなった。
日向もこの地を去った。
その後も日向は全国を旅した。
ある時、伊勢の港で船に乗ろうとした時、漁師に呼び止められた。
「先生、新しい神社を祀ったんで拝んで行ってくだせいよ」
善いですよ。何の神社ですか?
「戎神社です」
ああ、海の神様ですね。戎は恵比寿様のことである。
○恵比寿神
七福神の一柱。狩衣姿で、右手に釣り竿、左脇に鯛を抱えている。漁業の神。
船に乗るのだからお参りして行こうか。
日向は神社に向かった。それは海辺のすぐそばに置かれてあった。
手を合わせ、何か異様な匂いがした。祠の中からのようだ。中を伺った。
あ!!
それは水死体だった。それも・・・・・。あれはハトウシャ!!死体はボロボロで形を成していなかったが、確かにハトウシャだった。
「ありがたいことです。蛭子様が来なすった」
○蛭子伝説
古事記の国産み。イザナキ(伊耶那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)との間に生まれた最初の神。しかし、不具の子に生まれたため、葦船に入れられオノゴロ島から流されてしまう。次に生まれたアハシマと共に、二神の子の数には入れない。「わが生める子良くあらず」とあるのみで、後世の解釈では、水蛭子とあることから水蛭のように手足が異形であったのではないか?と云われている。
日本書紀では「蛭児」と表記される。本文では三貴子のうちアマテラスとツクヨミの後、スサノオの前に生まれ、三歳になっても脚が立たなかったため、天磐櫲樟船に乗せて流した。
流された蛭子神が流れ着いたという伝説は日本各地に残っている。日本沿岸の地域では、漂着物をえびす神として信仰するところが多い。ヒルコとえびす(恵比寿・戎)を同一視する説は室町時代からおこったとあり、蛭子と書いて「えびす」と読むことがある。人の苗字にもなった。現在、ヒルコ(蛭子神、蛭子命)を祭神とする神社は多い。
流された不具の子を憐れみ、異形が神の子の印(聖痕)とする後の伝説や伝承に引き継がれた。海の彼方から流れ着いた子が神であり、福をもたらすという蛭子の福神伝承がエビスと結びつき、ヒルコとエビスの混同につながった。
つまり、ハトウシャの水死体がこの港に流れ着いたのだろう。漁民たちは蛭子様=戎、恵比寿神として祀ったのだ。
○恵比寿神
外来神、渡来神。客神や門客神や蕃神(あだしくにの神、となりのくにの神)の一柱。寄り神。海からたどり着いたクジラを含む、漂着物を信仰したもの。寄り神信仰や漂着神とも云う。
ハトウシャ、君は厄介者から神になったんだな。
日向はそう云うとそこを後にした。
完