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「ほんまにここでええのんか?なんやったら駅まで送ったるで」
心配して親切な申し出をしてくれる運転手に礼を告げ、タロゥはトラックを降りた。側面に大きく虎が描かれ派手な電飾の施されたトラックは、プァンパーンと2回クラクションを響かせて走り去った。
「本当いい人だったなぁ」
手土産にともらった鯛焼きを食べながら、タロゥは独りごちた。長距離トラックをヒッチハイクして乗せてもらったのは、3日前のことである。東北のとある県庁そばで懐かしくなって鬼嫁バーガーを食べている時に、隣の席に座っていたのがあの運転手だった。携帯電話に向かって大声で喋りながら特大バーガーを頬張っていた。なんとなく聞こえてきた会話の中で、運転手がタロゥの住んでいた街の方へ向かうと言うので通話を終えた時に話しかけたのだ。それから3日間陽気なお喋りと共に過ごした。大型トラックの運転席後ろにある休憩スペースは広く、2人並んで寝ることができた。最初に心配したような寝込みを襲われると言うこともなかった。ただよく喋り、食事をご馳走してくれた。別れた奥さんとの間にタロゥと変わらないくらいの歳の娘がいると言う。何年も会っていないらしいが、毎年誕生日にはプレゼントを送っていた。それが去年から宛先不明で戻ってくるようになったと悲しんでいた。1人で旅していると言ったタロゥを、ひどく褒めてくれた。正直に中学生だと言ったのだが、勉強なんかせんでええ、俺なんて小学校すらまともに行ってへんぞと笑っていた。連絡先も交換したので、また時々連絡しようと心に誓った。
タロゥがふいに旅に出てから、1年以上が経過していた。季節も一巡し、今は2月である。年齢を偽って稼いだバイト代では足りなかったので、道中魔法を使って路銀を稼いだ。暴力団事務所を襲撃して金庫を強奪したり競艇場で隠密の魔法を使い八百長のやりとりを盗み見て便乗したりした。夜の街で女の子を拉致しようとしていたホストを殴り飛ばし、報復に来た半グレ集団からも命を助ける代わりに有金全て巻き上げた。お金には困らなかったが、電車だと面白みがない気がしてヒッチハイクしていたので、若者の貧乏旅行だと思った人達から色々な優しさを受け取った。トラックの運転手もその1人だった。
そんなこんなで、タロゥはまた帰ってきたのだった。折りしもその日は中学生の卒業式の前日だった。
「さ、佐藤!お前!今まで何してたんだ!」
翌日登校すると、担任が血相変えて走り寄ってきた。
「お前の叔父さんに連絡しても、旅に出てるんだろうとか言うばっかりだし、先生心配したんだぞ」
面白みのない教師だが、悪い人間でもない。心配したのは本当だろう。だが、タロゥには関係ない。タロゥ自身は旅の間一度たりとも学校のこともこの教師のことも思い出すことはなかったのだから。
「僕は卒業できますか?留年ですか?」
「卒業は、できる。義務教育だし、出席日数足りなくて留年なんてことはない。だがお前、卒業してどうするんだ。進路も決まってないのに」
「卒業できるなら、大丈夫です」
「お前……」
平然としているタロゥに、教師は何を言うべきかわからなくなった。元々事故で寝たきりだった生徒である。中学校に通い出してからも、どこか中学生らしくなく達観していて扱い辛かった。アルバイトがバレて、ある日突然失踪しても驚きはなかった。突然帰ってきて今目の前にいるが、前よりさらに大人びている。本当は自分より年上じゃないかとすら思える。
「とりあえず、式に出ろ。後のことは、ゆっくり考えれば良い」
相談に乗ってやる、とは言わなかった。自分の手助けなど必要ないし、求められてもいないだろうと思ったからだ。
「わかりました。ありがとうございます」
タロゥは素直に体育館へ移動し席に着いた。周りのクラスメイトがざわつきながらタロゥの事を見て小声で話している。
「生きてたんだ」
「なんか前より怖くね」
「ケンカで相手殺して少年院入ってるって聞いたんだけど」
「ちょっと好みかも」
男子も女子も、好きなことを言っている。五感が鋭敏になっているタロゥには全て筒抜けである。あえて話をしたいと思うような友達もいないので、卒業式がおわるまでタロゥは黙って椅子に座っていた。
そしてタロゥは中学校を卒業し、晴れてフリーターの身の上となった。
「日本には、冒険者っていないんだよなぁ。ゲームでやってた時は自衛隊の特殊部隊でテロリストと戦ってたんだけど、この世界はゲームと違って平和みたいだし、何しようかな」
「ちょっとちょっと、なんでまだ生きてるの?」
「ん?」
近所の紺園のベンチで1人考え事をするタロゥの頭の中に、聞き覚えのある声が響いてきた。
「運命の精霊、ラキシュ様?」
「そうです。敬い崇め奉りなさい」
以前と同じ露出過多の服装で現れた女精霊は、胸を張って答えた。
「久しぶりですね。すっかり忘れてました」
「失礼ですね。なんだか雰囲気も変わったような……。まあいいですわ。それより佐藤太郎、なぜまだ生きているのですか」
何か塗っているのか妙に艶やかな唇を尖らせながら、不満げに問うてくる。
「なぜって……、死んでないから生きてるんですよ」
「そんなことを聞いてるんじゃありません。サトゥ・タロゥも佐藤太郎も、とっくに寿命は尽きています。生存しているのはおかしいんです」
「そう言われても知らんがなって感じですが、生きてちゃまずいんですか」
「言ったでしょう。あなたが予想外の人助けなんかしたせいで、ワンスピナの運命の歯車が狂ったのだと。やっとその修正が終わって戻ってきてみれば、元凶がまだ生きてる!まずいに決まってるでしょ!」
「それはまた、何故ゆえに?修正終わったんならもう良いじゃないですか」
「あなたは!異物なの!きっとまた世界の理にそむく。そして特異点を生み出して仕事が増える。そんなのは耐えられないわ!」
ラキシュはおもむろに右手を上げ掌をタロゥに向けた。
「滅せよ!ゴウカ!」
深紅の炎が湧き起こり、タロゥを焼き尽くそうと舌舐めずりしている。狼に似た形になった業火がまさにタロゥに牙を剥こうとしたその時、
「グランドフォール!!」
タロゥが両手を上げて叫んだ。その途端、前方の空間がひしゃげ、上から押しつぶされたかのように大地へと潰れ落ちた。
「こ、古代魔法!?」
ラキシュが驚き声を上げる。偉大なる墜落と呼ばれるその魔法は、範囲の空間を一気に下へ圧縮して潰してしまうものである。そこだけ気圧や重力が一気に何万倍にもなったかのように、存在する全てのものが地上にひたすら圧縮され最後は消滅する。どういう理屈か地面にはわずかな凹みが残るのみである。タロゥの前方10m四方が正方形に5センチほど窪んでいる。
「うわぁ、マジでできたよ」
行使した本人も驚いていた。ワンスピナで死ぬ前に勇者パーティーの1人が詠唱しているのを見て、真似てみた結果がこれだった。
「もう一回やってみるか」
タロゥは数歩前へ歩み、再び両手を上げた。今回の範囲には、ラキシュが含まれている。
「ちょ、ちょっと!待ちなさい!ストーーップ!」
慌てる精霊は、後退りながら範囲から出ようとして、盛大に転んだ。裾がめくれて、褐色の太ももが露わになる。タロゥはちらとそちらに視線をやると、さらに二歩進んで無慈悲に魔法を唱えた。
「古代魔法グランドフォール」
「きゃあああ」
天から巨大なハンコが降りてくる、とも形容される古の魔法は、運命の精霊をも圧縮し押し潰してゆく。
「あああああ、わだしまだ消えだぐない……」
必死に圧力に抗ってはいたが、結局ラキシュも潰れて消えた。
「あっけないな……」
地面に残る痕跡を見つめて、タロゥが呟いた。魔法の余波なのか、妙に肌寒い。冷えた空気が風となり体の表面を撫でていく。
「さて、帰って寝るか」
タロゥは踵を返し、寒さに震えながら帰路についた。