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「佐藤!お前アルバイトしてるのか!?中学生は、アルバイトしたらいかんだろうが!」
教室に入ってくるなり、ジャージ姿の担任が怒鳴った。タロゥの方を睨んでいる。年齢を誤魔化して働いていたのがバレたようだ。
「お前がハンバーガー屋でアルバイトしてるって通報があったんだよ!どうなんだ!してるのか!」
はなから決めつけた口調である。これで見間違いとかだったらどうするのかと思うが、例え間違いでも謝ったりはしないだろう。数ヶ月の学生生活で、タロゥは大体この教師の性格がわかってきていた。自分は偉い、言うこと聞かない奴は許さない、そんな自尊感情高めで傲慢な人種だ。前世では貴族や大魔法使いに多かったタイプだ。日本には身分というものはないと思っていたが、肩書きや閉鎖社会における謎のヒエラルキーはあるらしい。
「はい、してますよ」
「認めるんだな。中学生がアルバイトして良いと思ってるのか!?」
「法律的にはダメらしいですね」
前世にも学校はあったが、義務ではなかった。幼い時から働きに出る子も珍しくなかった。10歳ぐらいの冒険者もいて、薬草採取で親兄弟を養っていたりもした。タロゥは庶民だったが比較的家が裕福だったこともあり、学校を卒業するまで働く必要がなかった。今思えば早くから働いて手に職をつけた方が魔力の少ない身には良かったのかもしれないが、言っても仕方がない。結局学校の代わりに職場で馬鹿にされ虐められただけかもしれない。前の世界はタロゥが生きるには酷すぎたのだ。
「偉そうなことを言うな!お前俺を舐めてんだろう。
親からどんな教育されてきたんだ」
「いや俺、親いませんけど」
「なにぃ!?減らず口叩くな!保護者呼び出しだっ今すぐに」
「保護者の叔父は、海外旅行にいってます。しばらく帰ってきませんよ。まぁ日本にいたとしても、呼び出してくるとは思えませんけどね」
「お前はっ!親がいないからって俺が甘くするとでも思ったか!」
「どこにそんな要素があるんですか。というか親いないの忘れてたでしょ、先生」
バチーン
怒りに我を忘れた教師から、ビンタされた。強化魔法を使う間もなかったので、衝撃が頬から全身へ伝わる。
ハァハァハァ
細い目を目一杯に見開いて、荒い息を吐いている。
「あなたこそ、俺を舐めてるでしょう」
「なんだとっ!?」
バチーーーン
右手にスピードの魔法をかけ、目にも留まらぬ速さで教師の頬を打ち抜く。教師は衝撃で吹っ飛び横の机を巻き込んで倒れた。切れた唇から血を流し、驚愕の表情でタロゥを見上げている。
「もう一発いきましょうか?先生」
冷たく見下ろしながら言うと、慌てて後退りながら立ち上がった。
「お、お前、俺にこんなことしていいと思ってるのか!暴力だ!警察だ!」
「はい?あなたが先に暴力を振るったんでしょう。正当防衛ですよ。違法性阻却事由って知ってますか?むしろ先に手を出した先生の方こそ暴行で捕まりますよ」
「許さんからな。覚悟しておけよ」
「どうぞご勝手に。ただし俺は、やられたらやり返しますよ。とことんね」
タロゥは何故だか愉快な気持ちになり、笑い始めた。ウィンドカッターでも撃って脅そうかとも思ったが、やめた。目の前の筋肉教師に、負ける気がしない。その気になればいつでも殺せる。そう思うと怒りの感情もどこかへ消えて、楽しくなってきたのだ。笑い続けるタロゥを教師もクラスメイトも不気味そうに見つめていた、
「すいません、実は嘘をついていました。僕は中学生です。学校にバレたのでもう働くことができません」
驚く店長に頭を下げた。元舞台俳優という40代の店長は、年々薄くなる頭髪にハンカチを当て汗を拭きながら、タロゥの話を聞いてくれた。身分証を偽造したと言うのには目を見開いていたが、突っ込んで問いただしてくるようなことはなかった。普段も温厚で、基本的にアルバイトの自主性に任せる主義の人だった。
「そうか。残念だね。高校生になったらまた来てよ」
と言って、会社の本部にも報告することなく普通に退職手続きをしてくれた。
「中学生……」
バイト仲間達は、それぞれにショックを受けているようだ。タロゥにどう話しかけたら良いか迷って声を出せずにいるのをいいことに、礼だけ述べてそそくさと店を後にした。
「さて、これからどうするかなぁ」
店を出て5分ほど歩いたところで、大きく伸びをして空を見上げた。雲一つない空はどこまでも青く、太陽の眩しさが全身を暖かく包み込んだ。