㊺
お惣菜コーナーでのパートを辞め、横須賀線の通勤ラッシュに揉まれて都会で働きはじめた鬱子。ちょび髭のオッサンの秘書見習いとして毎日バタバタと動き回っていた。
自分よりも年の若い先輩秘書達からすれば、新たにオバちゃんを雇う社長の気がしれなかった。社会慣れ都会慣れしていない鬱子の動きは、ぎこちなく、失敗も少なくはない。
鬱子は、自分の馬鹿さ加減に呆れて、考えこんでは塞ぎこんでしまいそうにもなる。そんな鬱子を見ながら、ちょび髭のオッサンは、何度も鬱子を自分の元へと呼び出した。その度に言う。「巻かれてなんぼ、波に巻かれてなんぼ」とサーフィンの上達の極意を思い出させるように何度もアドバイスした。そして、ちょび髭のオッサンは、ふかふかの社長椅子から身を乗り出し、社長机の前に立つ鬱子に唾を撒き散らしながら熱く語り始める。
「いいかい、うっちゃん。考えるな。人間が、何かについて深く考えた時に出てくる93%くらいの思考は、否定的なもの。そして、その思考は、人間の精神を弱気にさせる。波乗りしてる時もそーだろ。考え込み過ぎるとどんどんわからなくなる。乗れなくなる。そうすると自信を失って、さらに波に巻かれていく。怖くなる。弱気になってできる仕事なんて何一つない。そんなんじゃない。巻かれることを怖がっちゃいけない。でしょ?そして、潮の流れを読んで、ただ無心で迫ってくる波に乗る。考えるんじゃない。頭の中空っぽにして感じるんだ。波を感じて、つかまえるんだ。覚えてるだろ、波に身を任せたあの感覚。人間が思考を発達させた結果に、こんなろくでもない世界ができた。そのろくでもない世界を超越するのに必要なのは、野生の本能と鋭敏な直感力。社会の歯車に成り果てた人間は、本能が本来持っている筈の視野の広さを失った。そして、感じることすら忘れてしまった。うっちゃん。俺は、昔のうっちゃんを知っているから、「考えるな、とりあえず巻かれとけ」なんて無理難題を言うんだ。簡単なことではないよ。ただ、言葉は悪いかもしれないし、セクハラに当ったりもするんだろうけど、昔のうっちゃんは、とても動物的だった。そして、セクシーだった。俺は、今でも動物であろうと思っている。もしくは海の荒波に揉まれて生きる魚介類たろうとしている。そして、波を感じている。考えてる訳じゃない。うっちゃんにもその俺の動物的で魚介類的な部分を感じてもらって、一緒に波に乗ってもらいたい。あの頃みたいにさ。巻かれた末に見えるものがあるだろ。ここは、湘南からは遠く離れた都会のど真ん中だけど、どデカイビッグウェーブがやってくる。俺は、それに乗りたい。そして、このろくでもない世界を少しでも超えていきたい。でも、その波はあまりにでかすぎて、一人じゃ乗れない。一緒に波待ちしてくれる奴等が大波に向かう俺がテイクオフしようとする瞬間に、「GO、よっちゃん」と声を掛けてくれるその一体感が勇気になる。皆の力が欲しい。だから、俺と同じ感性を皆に持って欲しいと思っている。俺の言ってることわかるね?わかってくれるね?これを、学歴主義の連中に言ったところで、理解すらできないんだ。思考がどうとか、論理がどうとか言いやがる。俺は、一匹でも多くの動物や魚介類をこの会社で雇いたいと思っている。だから、今はぎこちなくてもいい。だけど、うっちゃんは、考え込むという悪しき人類の習慣だけは身につけないでくれ。考える前に動いてしまっていい。その結果が失敗であるのなら、そこから学べばいい。考えることと学ぶということは別物だから。動物や魚は本能で生きているかもしれないが、でも、あいつらは常に学んでいるんだ。考えること自体に意味はないよ。学ぶことに意味があるんだ、この地球の生態系の中では。学んだこと、経験したことを、自分の人生に取り入れて生き延びていく、そして成長していくことに意味があるんだ。なぁ、うっちゃん、思い出してくれよ。俺達、よく荒れ狂う台風が赤道から北上してきてる中、満面の笑顔で稲村ガ崎にくりだしたじゃねーか。俺達、天気のいい日に浅瀬に来る小さな波に乗って喜んで、波に乗れた満足を味わっていたんじゃねーじゃん。若かったあの頃、そんないい加減な波なんてシカトしてたじゃん。今では小波の良さもわかるくらいに俺も成長できたけどさ。でも、あの頃、俺達は、暴風域ギリギリでクローズドアウト寸前の海でビッグウェーブに心を震わせながら、びびりながらも、それでも抑えられない気持ちに突き動かされて沖までパドルしてたじゃねーか。まともに考えてたら、あんな危険なことはできない。さすがにクローズしてる風の入った暴風域の海に繰り出すような海を侮辱した行為はしなかったけど、台風が台湾の当たりにいるって聞くと、翌朝か翌翌朝に台湾やフィリピン沖から湘南に届くうねりを待っていて、いてもたってもいられなくてさ。何かを考える前に、もう体が動いちまってたじゃねーか。そして、波に飲まれて、苦しい思いして、もみくちゃにされて、色んなことを学んだんだ。浅瀬で都合のいい波に乗って、波に乗れてる感覚を味わって来た訳じゃない。俺達は、いつだって命がけで波に乗ろうとしていたんだ。海は、でかいよ。そして、怖い。でも、それすら知らない奴等が多い。自然の力を実感として感じ得ない人間達ばかりだよ、今の世の中。埋立地の上で、海を見て、能書き垂れる奴等ばかりだ。うっちゃんに側にいて欲しいと思う気持ちわかって欲しい。海の怖さと懐の深さ、そしてその美しさと素晴らしさ・・・・そんなことを知っている人に側にいて欲しいんだ。一人じゃ波になんか乗れねーよ、わかるでしょ。仲間がいるから、海に出れる。一人で沖に出るとやっぱり怖いと思う。でも、沖で波待ちしてる時に言葉を交わさなくても視線が合うだけでわかりあえる瞬間が・・・弱さを抱えた人間でも自然と向き合えるんじゃないかと思える勇気をくれるんだ。そう、そしてその感覚をこの都会のど真ん中でも感じてみたいんだ」
いつまでも続きそうな社長の言葉を鬱子は必死に聞いた。夏に生きてきた男は熱すぎて、側にいると汗をかいてしまう。ただ、それは冷汗ではない。鬱子は、額に浮ぶ汗と顔に飛んできた唾をハンカチで拭きながら、ちょび髭社長の長くて蒸し暑い話を聞き続けて何度も肯いた。鬱子は、毎度毎度あまりにビッグになった昔のアロハ仲間の気迫に圧倒された。内心、熱すぎるとも思ったが・・・・でも、熱さは、鬱子にとって昔も今も心地いいものだった。
「動物的。あの頃のうっちゃんは、動物的だった。そして、セクシーだった」
ちょび髭のオッサンは、そう言う。そんな生き方しかできずに社会や現実に馴染みきれずに否定され続けてきた鬱子を、ちょび髭のオッサンは、その言葉とともに激しく肯定した。鬱子にとって誰かが、自分の存在を認めてくれるというのは、心が震えるほどに嬉しいことだった。ただ、鬱子に語りかけるオッサンの本意は、実はもっと気楽なもの。
「あんま難しいこと考えんじゃねー。あの頃みたいに一緒に楽しく波に乗ろうや。深刻な顔して色気のない面を見るのはゴメンだぜ」
ちょび髭のオッサンが、本当に言いたいところはそんな感じだったが、毎度社長らしく大袈裟に言ってみた。大袈裟に振舞うのも、社長の仕事の一つではあるとオッサンは信じていた。
鬱子は、都会のど真ん中で必死に波に乗ろうとした。まだまだ上手くいかない。波に巻かれることばかり。でも、波に飲まれても、すぐに浮き上がり、パドリングをして、沖まで出て、次の波を待った。その繰り返しだった。その行為の連続は、鬱子にとって昔のあの日に由比ガ浜や鎌倉の海でやっていたこととたいして変わりがないように思えた。
海に出ることが、波に身を浸すことが、鬱病を癒していく。浜辺から海を見続けた日々が気持ちを沈ませて、自分をどこにも行けなくさせていた鬱病だった頃。砂浜に立ちすくみ、寄せては返していく波を見つめれば、そこには救いのない繰り返しが永遠に続いているように思えた。海の前では、自分の存在があまりにちっぽけで惨めに思えた。
波に乗ることを忘れていた日々。
もう一度、海に出るきっかけが欲しかった。砂浜の上で膝を抱えて、サーフボードを抱えていた自分は、あまりにも無意味な存在だった。涙が止まらなかった。でも、零れ落ちた涙は砂浜に吸い込まれ、海にも水溜りにもなりえなかった。がむしゃらになりたかった。波に飲みこまれて滅茶苦茶にされたかった。溺れそうになっても、足首にまいたサーフボードと自分の間にはリーシュコードがある。それだけあれば、サーフボードを失うことはない。簡単に溺れることもない。いつからだろう、浜辺でサーフボードを抱えながら、海に入った自分がボードを失くして、溺れてしまう幻想を見始めたのは・・・・・。波打ち際に足すら浸せなくなったのは、いつからだろう。
空っぽの感覚以外の何にもない岸から一歩踏み出して、大海原に身を浸すことを忘れていた鬱子。夏男が背中を押してくれて、もう一度波に乗ったあの夕暮れの由比ガ浜で失っていたものを取り戻した。そして、波乗りの感覚を取り戻した鬱子は、都会のど真ん中でも少しずつ波を感じられるようになっていく。
そんな日々のある日、サーフィン狂のちょび髭のオッサンは社長室のデスクで幕の内弁当を食いながら、側にいた鬱子に声を掛けた。社長室には、傷だらけのサーフボードが5枚飾ってある。
「うっちゃん、今日は鎌倉の花火大会の日じゃねー?」とちょび髭のオッサンは鬱子に訊ねた。
鬱子は、都会で働き始めて、時の経つ早さに振り回されて、今日が花火大会の日だということに気づかなかった。
「そういえば、花火大会ですね、今日・・・・」
目まぐるしく押し寄せて来る日常の波と波の合間に、ボードに跨って海からの景色を改めて見渡すような思いで鬱子は答えた。鎌倉の花火大会に気づかない自分が信じられなかった。波乗りに夢中になり過ぎて、今いる自分の場所が由比ガ浜なのか七里ヶ浜なのか江ノ島なのかわからないといった感覚だった。
オッサンは、弁当を平らげて、爪楊枝を口に挟みながら、社長室に併設された小さな会議室に入りカジュアルだった格好からスーツに着替え始めた。午後一番で取締役会がある。鬱子も取締役会に向けて準備をしていた。オッサンは、社長室に戻ってきて鏡の前でネクタイを締め、ちょび髭を撫でながら慌しく準備をする鬱子に優しく声を掛けた。
「就業規則上、働き始め3ヶ月の仮働きの試用期間中は有給休暇は認められていないが、うっちゃん、今日の午後は社長命令の外出・直帰ってことで休みあげるわ。育児休暇だと思って取りな。あと、これ持っていくべし」
そう言って、ちょび髭のオッサンは社長机の引き出しから二枚の大人用浴衣と一枚の犬用浴衣を取り出して鬱子に手渡した。
「いつもいつも言ってるけど、これから本気で俺と一緒にビッグウェーブに乗ってもらうから、その覚悟でよろぴく。鬱ちゃんとともにでかい波に乗るには、鬱ちゃんを海へと送り出してくれる夏男と元就の強力なバックアップが必要だと思うわけよ。もう、浜辺でぼーっとしている暇はないぜ。ずっと、海の中だ。だけど、今日は家族水いらずで鎌倉の花火を楽しんじゃって。鎌倉で生きてきた俺が、鎌倉の花火大会の日を忘れることはないんでね。この日だけは、今でも胸がうずくってもんよ」
ちょび髭のオッサンはそう言って、鬱子に渡すべきものを渡した後、午後のビジネスの幸運を祈るように社長室にかかった傷だらけで修理跡だらけのサーフボード達を撫でた。そして、鼻歌を歌いながら取締役会へと足を進ませた。
鬱子以外の社長秘書が二人、資料の束と焼きあがったばかりのCDとジャケットのサンプルを大量に抱えて社長の後をついていった。社長室を出て行こうとするそんな社長に向かって、鬱子は思いっきり頭を下げて、「社長、ありがとうございます」と声を震わせながら言った。
ちょび髭のオッサンは、鬱子のその言葉に何も言わずに陽気なレゲエを鼻で鳴らしながら行ってしまった。ちょび髭のオッサンが去って行った社長室には、穏やかな波が凪いでいた。そして、そんな静かで暖かい夏の海に、夕立にもならない静かな雨が数滴だけ零れ落ちた。嬉し涙が、社長室のカーペットの上をほんの少しだけ濡らした。
☆
ちょび髭のオッサンの計らいで二人と一匹の家族は、皆でお揃いの浴衣を着て鎌倉の花火大会へと出かけることになった。狭い家で慌しく準備をする花成家の面々。大騒ぎだった。家の中の空気は、いつもより柔らかくて暖かい。
「家族で花火を見るなんていつ以来かしら?」と浴衣を着た母ちゃんが言うと、元就は不満そうに「おいらは初めてだよ」という顔をした。元就も犬用のアロハシャツから犬用の浴衣に着替えていた。
夏男は、元就の不服そうな表情を見て、「俺とは一緒に見てるよな」と目配せをした。夏男も浴衣に袖を通し、帯をぎゅっと締めていた。不思議なことに、金髪坊主と浴衣はよく似合った。夏男の目配せに、元就は、人面犬の夏男と一緒に見た花火を思い出した。元就は、少しだけそのことを思い出して泣きそうな顔をした。色んなことが元就の胸をよぎったのだろう。
「おいら感動って仕組みに涙がでるんだ」と、半べそをかいた元就は言いたいのだろうと夏男は察した。
タフでつらいことばかりだった。
夏男は、マジマジと真面目にマジで思いだせた。でも、なんとか乗越えた。そして、家族が増えた。そんな事実に、胸がいっぱいになる。世の中、そう簡単に絶望するもんじゃないと思った。
夏男は、人面犬にされてからの日々を思い、諦めてしまいそうになった回数を数えた。とてもじゃないけど数え切れなかった。でも、数え切れないほどに諦めそうになったけど、数え切れないほどに諦めなかったから、なんとかここまで来れた。夏男は、そんな風に思いながら泣きべそをかいた元就を抱き上げた。
「あっ、夏男だけモッチー抱っこしてずるい」と藍色に染め上げられた浴衣に身を包んだ母ちゃんは、おどけながら言った。元就は、母ちゃんにはモッチーと呼ばれていた。
「母ちゃんにもモッチー抱かせてよ」と、母ちゃんは、元就を抱き上げた夏男に近づいてきた。夏男は、元就を母ちゃんに渡そうとする。でも、母ちゃんは元就に手を伸ばさずに、元就を抱える夏男を抱きしめた。元就は夏男に抱かれたまま、そして、挟まれるようにして母ちゃんにも抱きしめられた。二人の間に挟みこまれてちょっぴり窮屈だったけど、泣きべそな元就の顔は二人の体温の温かさにつられて自然と笑顔になっていた。
抱きしめた元就と夏男の耳元で母ちゃんは、「母ちゃん、頑張るからね」と囁いた。自分から意気込んで頑張ると言える・・・もう鬱病は、母の心に巣くってはいない。
元就は、母ちゃんの頬をぺろっと舐めた。夏男は、何も言えず、そんなシュチュエーションにどうしていいのかわからず、思いっきり照れながら、真っ赤にした顔を上げて、黄ばんだ天井を見上げた。小さな頃から見慣れてきた筈の天井。不思議なことに、見上げる天井も少しずつその存在意義を変えていく。
蒸し暑い夏の空気を浴衣ごしに感じながら花成家の面々は、源氏山に登った。だんだんと暮れていく夏空に胸がときめく。
母ちゃんは、団扇で自分と夏男を交互に仰ぎ、左手には元就のリードを持っていた。浴衣を着た元就の首の回りには、安っぽいけど確かに首輪があった。もう野良じゃない。家族でお出かけが嬉しくて元就は、はしゃいだ。元就は、夏男と母ちゃんの前を浮き足立ちながら歩いた。そんな元就を微笑ましく夏男も母ちゃんも見ていた。
そんな花成家が辿り着いた場所。家族皆で今夜の花火を待つ場所は・・・・人面犬だったあの頃、母ちゃんが泣いていた場所だった。でも、今、この場所に涙はない。あるのは笑顔だけだった。
夕焼けが滲みるようにして空に薄く薄く伸びて、溶けていく。夜の闇が、少しずつ会場を暗くしていく。夏男は、暮れてゆく空に広がっていく闇を見つめて、少し掌に汗をかいた。トラウマほどではない。でも、あらゆる闇を見てきた夏男の心は、闇を見るたびに少しだけ動揺する。
若干の身震いをしながら夏男は、汗を握り締め、夏空を覆っていく夜を見つめ続けた。少しだけ、そこに自分が今まで生きてきた短い歴史みたいなものが見えた気がした。そんなことを思った時、一発の花の種が夏男が見つめていた闇に向かって上がっていった。そして、種は大きな花を咲かせて花火大会は始まった。続けてドーン、ドーンと夏の夜空に花火が打ちあがる。
闇は、鮮やかな花びらの色を輝かせるための背景になる。
闇・・・・それは、所詮ただの背景なのだ・・・その闇に花を咲かせればいいだけの話。掌に滲んだ汗はひいていく。
夏男は、じーっと由比ガ浜沖に浮かぶ闇に咲く花々を見つめた。熱帯夜、すこしだけ夏男は浴衣の胸元を開く。涼を入れた胸元がほんのりと大人びて、ちょっぴりませた色気が出てきた。
「キレイねー」と、母ちゃんは満開の夜空を見て、ため息をつくように言った。
あの日と同じ場所に立つ母ちゃんを、あの悪夢よりは少しは幸せにできただろうか?と夏男は、思った。わからない。でも、人面犬になってしまう前よりも素直になれた今の夏男が思うこと・・・・それは、反抗期は終ったということ。
少しずつ色々なことを受け入れられるようになっている自分がいる。あの頃より少しだけ心が広くなって、自分や周りの存在にくつろげるようになったかもしれない。夏男は、花火を見つめながら、現実に対して少しだけリラックスできている自分に驚いた。そんな自分をちょっぴり鼻で笑った。
善と悪が勝手に闘いながら、夏男の存在を揺すぶって、気づけば大人へと成長させてくれた。タフになった。鎌倉山の幽霊犬の長さんの姿が頭によぎた。受け入れることについて先輩としてあれやこれや教えてくれた。墓場から出てきてまで、乳臭い自分に説教を垂れてくれた。説教を垂れてくれる人は、ありがたいもんだと夏男は思った。
説教といえば、仏か・・・・と、夏男は、大仏様を思った。大仏チョップ・・・・・。必殺技には、もう少しクールな名前をつけて欲しいもんだと思ったりして、夏男は微笑んだ。
花火は夜空に上がり続けた。夏を待つ花火とは、どんな気持ちでいるのだろう。秋も冬も春も乗越えて夏に一瞬の輝きを放つ花火。つらいこともあるだろう。苦しいこともあるだろう。怒りに爆発してしまいそうな時もあるだろう。そして、湿気てしまいそうになる時もあるだろう。でも、それでも夏を待ち続けるタフさがあれば、夏に咲けるのだ。華々しく咲けるのだ。花に成れるのだ。
夏男は、無造作に金髪坊主の頭を掻いた。色んなことを無意識に考えてしまう。大人になり始めようとしている自分が痒かった。
元就は、花火を見て嬉しそうにはしゃいでいる。興奮しすぎて、たまにJUMPまでする。そんな元就の曲芸を母ちゃんは、拍手して誉めてやっている。元就と一緒にいると、夏男は自然と笑顔になった。夏男は、花火を前にした母ちゃんの笑顔と元就の無邪気な仕草をちらっと見て、再び無言で夜空に咲く花々を見つめた。家族で見る花火は、言葉が出ないほど美しくて・・・・・嬉しかった。
由比ガ浜に鎌倉名物の水上花火が咲いた。そして、鎌倉中から歓声が上がった。声が上がり、感嘆が漏れる。そんな華やいだ夏の風物詩の中で、夏男は無言のままでいた。花火が咲き乱れ、そして枯れていく鎌倉の夜空を睨むことなく静かに見届けていた。夏という季節が教えてくれたことの余韻が、夏男の心に広がる。夏男は、花火が散っていった夏の夜空に祈った。
「また来年、この花火を家族みんなで見れますように・・・」
*この物語は、著者の妄想の中で繰り広げられたフィクションであり、実在するものではありません。作り話であり、実在する仏・場所・団体等とは一切関係ございません。その点、ご留意頂ければ幸いでございます。また、著者は無宗教であり特定の信仰を持っておりません。この妄想は宗教的背景をバックグラウンドに書かれたものではありません。また、花成鬱子という登場人物は、著者の心の中にある過去の思い出にすがり続ける後ろ向きな心情と未来に踏み出せきれない弱さを具現化したものであり、現在、鬱病と闘われている方々を「かなり鬱」と意図したものではありません。あくまで、著者自身が心に持つ弱さに名称をつけたものであることをご了承ください。そして、チワワの飼い主の皆様。チワワズというちょっと悪な感じでチワワを描いてしまいましたが、著者がストーリの進展に行き詰まり、あがきながらチワワに悪ぶらせてしまいましたが、本来のチワワの可愛さにかわりはなく、行き詰った著者の妄想が生み出した産物であります。チワワを飼われている皆様、チワワは永遠に不滅です。可愛すぎるあまりに歪めてしまった著者の幼さをお許し頂ければと思います。大変申し訳ございませんでした。




