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After Surf ...  作者:
29/45

 夏男と元就は、鎌倉の街をそわそわと歩きながら、自分達を必要とする命達を探し始めた。もう外見には構ってられない。馬鹿にされたっていい。笑いたい奴は笑え。もう慣れたよ・・・と夏男は、足を前に進ませる。人面犬に癒しを求める子供がいるかもしれない。ぶちゃいくなブルドックが励ませる主婦がいるかもしれない。睨みをきかせて、ガンを飛ばして、つっぱってる場合じゃない。自分の弱さを知られるのが怖くて、自分の弱さを心の奥底に隠している場合じゃない。ぶちゃいくブラザーズには時間がない。このまま犬として死ぬのもいいかもしれない。でも、夏男には帰る場所があった。そこには夏男の帰りを待つ家族がいる。

 もう言い訳はできない。

 いや、言い訳なんてしたくない。自分から進んで心を開いて、目と目が合った瞬間に通じる生命の暖かさをこの世界の誰かに届けなくてはいけない。夏男と元就は、どこに向かえばいいのか見当も付かないまま、救いを求める生命を探し始めた。夏男が着るアロハシャツには、少し焦りの色が滲み始める。


夏男と元就は、熱い夏夜に生ビールをたらふく胃に流し込んだ後、焼酎をロックでガンガンちゃんぽんした芋臭い男がフラフラと歩いているのを居酒屋街の裏通りで見つけた。大丈夫かなと思い、側を一緒に歩いてみたが、電柱脇で思いっきり吐いた後に芋臭いオジサンは倒れた。

 夏男は近寄って行き、背中をさすろうとした。すると、その男は不機嫌そうに夏男を睨み、「ちきしょー、中小企業で働くサラリーマンだからって同情はいらねーんだよ」と吠えては前後に体を揺らしながら起き上がり夏男を殴り飛ばした。

 夏男の体は吹っ飛ばされ、コンクリートに打ちつけられた。夏男は耐えた。そして、もう一度、苦しんでる酔っ払いの背中をさすろうとした。元就は、交番目指して走った。酒に溺れた男が人生に絶望していると助けを呼びに行く。


 警察官が、自転車に乗ってやってくるのを見ては、夏男と元就は歩き始めた。すると、同伴出勤のキャバクラのお姉ちゃんが、チェーンの居酒屋店を出たところで、「いい気なもんで、のこのこ同伴なんて来ちゃって」と同伴客と仲間のチンピラ三人に絡まれてどこかに連れ去れそうになっていた。

 お姉ちゃんの手を押さえつけ、おっぱいを揉み揉みしながら駐車場までさらって行こうとするチンピラども。周りを歩く人々は、チンピラにビビって見て見ないフリ。

 夏男は、「ちっ」と舌打ちをする。人間の頃の俺だったら、あれくらいのチャラそうなのは一発脅しかけりゃ潰せるのになと思った。

 犬の夏男は、負けるのをわかっていながら三人のチンピラに体当たりをかました。元就も目をつぶりながらチンピラどもに突っ込んで行った。

 二匹はいとも簡単に蹴り飛ばされた。それでも夏男は、もう一度起き上がり、大声で吠えた。チンピラを睨みつけ、吠えたてる。小さな体から根性を搾り出すような気合の入ったその夏男の叫びに勇気を得たキャバクラのお姉ちゃんは、大声で、「助けてください!!!」と街中に向かって叫んだ。

 街の目が否応なく一斉にチンピラ三人組に向けられる。何人かの市民が交番に向かってかけていく。110番を携帯電話でかける人達が無数にいるのを目にしたチンピラ達はバツが悪そうに捨て台詞を残してその場を去って行った、「お前みたいなブス、二度と指名しねーよ」と。


 キャバクラのお姉ちゃんは、夏男と元就の外見のことなど全く気にせずに、二匹を抱きしめて「ありがとね、小さなヒーローワンちゃん達」と言った。抱きしめられた大きくて柔らかい胸に、ぶちゃいくブラザーズは、温もりを感じ・・・・一気に発情期に突入してしまいそうだったが、その温もりを振り切るようにしてお姉ちゃんに別れを告げ、路地裏の道を進んで行った。


駅前ではフォークギターをかき鳴らし、陳腐なラブソングを一人の男子高生が大声で歌っていた。迷惑そうな顔して男子高生の前を人々は通り過ぎていく。中には、両耳に指を突っ込んで歩く人もいて、歌う男子高生の心は傷ついた。

 誰も彼の精一杯の陳腐なラブソングを聞こうとはしてくれない。混み合う駅前で、彼の周りだけぽっかりと空いた空間がある。ぶちゃいくブラザーズは男子高生の前へと足を進ませ、真剣に彼が歌う歌詞を聞いた。なかなか悪くなくて、失恋の苦味が出ていて良かった。

 「わん」「わん」と夏男と元就は拍手代わりに吠えた。男子高生は満足気な顔をして、二匹の下に近寄り、二匹の頭を撫でながら「こういうオーディエンスを大切にして生きていきたいね、俺は」と微笑んだ。


夏男と元就は、再び飲み屋街に戻っては、おつまみのチーズの破片をくわえた鼠が赤提灯の飲み屋の親父に飼われた猫に追い回されていた。鼠を助けるために元就は壁になった。そして、あっさり猫に引っ掛かれた。鼠はどこかに逃げてしまった。

 猫は、「ちっ、邪魔が入ったぜ」と悪態つきながら店に戻る。元就は、引っ掛かれた傷の痛みをひりひり感じながら。夏男は、その元就の傷を舐めた。


 ☆


 眠る暇もなく夜が明けた。二匹は歩き回り、辿り着いた由比ガ浜で朝焼けを見た。

 海鳥が海の家のプレハブの上に集団でタムロしていた。遊泳時間前の海には、既に多くのサーファーが波を求めて海に浮んでいた。色とりどりのサーフボードが波を待つ海に面する空は広かった。

 夏男は大きな瞳を細めることなく、太陽が水平線から昇ってくるのを見つめていた。元就は、眠そうな顔で太陽を見て「まぶしいねぇー」と締まらない声を出す。夏男は、「少し眠ろう」と元就に言った。

 二匹は、海岸の端まで行き、砂浜の熱し始めの温かさを感じながらイビキをかきはじめた。眠りは致命傷に向かおうとする疲労の一時の応急処置にはなったが、それでも二時間後には二匹は目を覚ました。

 充分に熱した太陽が、眩しすぎる光を二匹の顔の上に浴びせる。二匹は、閉じた瞼で作り出した小さな眠りという暗闇の中で、これでもかという太陽光線を浴びせられて眠りの闇を失った。これ以上休むことを許されなかった。

 元就は、寝ぼけた声で、「時間がないっていう仕組みは大変だぁー」と言ってぼやく。寝ぼけの元就は、海水で顔を洗い、塩のしょっぱさが目に染みて、「しぇーーーっ」と叫んだ。


 そこに朝早く家を抜け出して国道134号線を自転車漕いで鎌倉山の墓地に行く途中の井伊が通りかかった。二匹を由比ガ浜で見つける。

 「全く、なんでこんなところにいるんだ・・・野良ってやつは言うことを聞かない・・・ちゃんといつもの場所にいなきゃ迷子になるだろう・・・・」と井伊は、ブツブツ言いながら海岸の壁に自転車を立てかけて砂浜を走り、二匹がいるところまでやってきた。そして、リュックから朝食を出して、二匹に食べさせてくれた。しかしブツブツの小言も最初だけで、汗だらけで未来を見つめる二匹の顔を井伊はマジマジと見ながら、「どうしちゃったの、お二人さん?なんだか今朝は、ぶちゃいくな顔がとっても凛々しいよ」と驚いた。由比ガ浜の海面に反射した太陽の光が一人と二匹を眩しく輝かせる。井伊は惚れ惚れするような顔で二匹のぶちゃいくな顔をじーっと見ていた。

 夏男と元就は恥ずかしくなった。あまりの恥ずかしさに、二匹は同時に片足をあげて井伊の足に小便をかけた。井伊は、犬に小便をかけられた事実をどう受け止めていいのかわからずに、苦笑いをした。


井伊は朝食を食べ終えた二匹を自転車のかごに押し込み、鎌倉山の墓地へと戻した。


「大人しくしてるんだぞ」と井伊は、二匹の頭を撫でた。


 二匹は、そんな井伊に尻尾を振って、愛想のいい笑顔を返した。


「じゃ、また夜に来るからなー」と言って、井伊は自転車に跨り受験勉強の続きをするために家に戻っていった。


 ぶちゃいくブラザーズは、井伊の姿が見えなくなるまで尻尾を振り続け、愛想笑いを続けた。そして、姿が見えなくなった瞬間に、顔の筋肉に力が入る。超えなければならない壁を目の前にした表情になる。二匹は、墓地から再び街へ向かって歩き出した


 ☆


 自分達を必要としてくれる命を探すことは非常に難しいことだった。無理矢理優しさを押し売ったところで誰もそんなもん受け取っちゃくれない。どんなに自分達が心を開いたところで、心を開いてくれない命の方が多い。

 ぶちゃいくブラザーズは、失敗を繰り返し、思い通りにいかない現実に喘いだ。それでも挑戦し続け、失敗を受け入れ、そこから前に進むための手掛かりを探し求めていた。夏の澄み切った青空を二匹で見上げてみるが、そこには答えが書いてありそうで書いてなかった。


腹を空かせたホームレスのおっちゃんに自販機の下で拾った100円をくわえて持って行けば、おっちゃんは100円をひったくるようにしてもぎ取り、「ありがとう」の言葉もなく、コンビニへとそわそわと歩いて行った。二匹は少し悲しい気持ちになる。でも、前に進むためには、この悲しみを知らなければならなかった。


 路上でパチンコ屋新装開店のティッシュ配りをする女子高生の夏休み短期バイト。なかなかティッシュを受け取ってもらえない。通行人に、「お願いします」と擦れた声で女子高生はお願いし続けていた。まだ、ティッシュの詰まったダンボール箱の中にあるノルマの5分の1も配れていなかった。

 「誰か助けて・・・この後、友達と遊びに行くのに・・・」と潤んだ女子高生の瞳を見て、夏男はティッシュの詰まった段ボール箱に体当たりをして倒した。箱の中から路上に散らばったティッシュを夏男と元就は口に加えて、通行人に配り始めた。犬がティッシュを配るというもの珍しさに通行人は次々とティッシュを受け取ってくれた。その行為の可愛らしさに、通行人は夏男の姿形まで気にしなかったよう。ティッシュをもらっていった人達は、女子高生に「お手伝いのできるワンちゃんを二匹も飼っているなんて羨ましいわ」と声をかけていった。

 さっきまでは皆、彼女の前を無言で通り過ぎて行ったのに・・・・。女子高生は、小さな奇跡に心を震わされ、全て配り終えた後、ぶちゃいくブラザーズに高級ドッグフードを買って食べさせた。そして、女子高生はドッグフードを食べる二匹の顔をじっと見て、一瞬ぎょっとしたが、でも外見なんてどうでもいいんだとすぐに我に返った。


 「人間に似ているアロハ着用の柴犬に、醜いブルドックちゃん。あたしは、男は顔よりも心意気に惚れるタイプなのよ。ちょっとあそこ見せてご覧。いい男はあそこも立派だもんねー。うーん、どれどれ・・・・」と言って、女子高生は、二匹の股の付け根を確認した。「いいもん持ってるねぇー。あたしはあんた達にぞっこんだよ」と女子高生は笑った。


 大通りで横断歩道を渡るのに躊躇するおじいさんを先導したら喜ばれた。でも、犬嫌いのおばあさんに同じことをやっても「ふん」とそっぽを向かれるだけだった。


夏男は、誰かに心を開くことを恐れながらも、生命が持つ視線から目をそらさず、睨み返しもせず、自ら誰かに近づいていく努力をした。そんな努力を笑う奴等も少なくない。人面犬だと気づいて追いかけてくる奴等もいる。そしてボロボロの体でそんな奴等から逃げなきゃいけないと疲労がより溜まる。

 努力、そんなこと生まれてからしたことなかった。苦手なことを実践するのは難しかった。疲れた心と体に神社から夏祭りのお銚子の音が聞こえてくる。子供達の楽しげな声が耳に届き、太鼓が軽快になる音が心に響く。夏男は、ため息を一つつく。


 ぶちゃいくブラザーズは寝る間も惜しんで、必死に走り回った。誰かに必要とされているかもしれない。なんらかの形で生命を救って、元気にさせることができるかもしれない・・・と、思い上がりでもいいから、そう信じた。

 温かい気持ちで生命と触れ合うためにすべきことは何なのか・・・・それを考えると頭と心がいっぱいいっぱいだった。

 夏男と元就は、鎌倉の隅から隅まで足を運んだ。山奥で翼を怪我をしたスズメさえ獣医の前まで運んでいった。ちっぽけな自分達の存在で、果たせること以上のことを果たしていた。だけど、無情にも時は一定の速度で流れ続ける。そこには一時停止もスローモーションも巻き戻しもない。どれだけ頑張っても一週間以内に100の命を救うことは完全に不可能に思えた。体力も精神力もすり減らし、夏男と元就は、空を見上げた。

 花火が夜空に枯れてから四日が過ぎ、夏祭りの賑やかな音色だけが虚しく二匹の心に響き渡っていた。

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