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ぶちゃいくブラザーズが鎌倉山の墓地でひっそりと暮らしながら数日が過ぎた。特にすることもないので、日陰で眠るばかりの日々。たまに散歩に出れば、元就は、「おいらもアロハ着たいな。ダブルアロハだったらチームのユニフォームみたいでカッコ良くない?」と夏男にしつこく言い寄ってきた。
「目立ち過ぎてあっという間に保健所行きだぜ、お前、保健所行ったことねーだろ。マジ、ビビるよ、あそこ。年少とか比じゃねーから」と夏男が凄んで言い返すと「いや目立ち過ぎて、どこかの飼い犬だと思われるよ、きっと。服着た野良犬も珍しいし」と元就は反論する。
何もすることがないと元就は、夏男のアロハシャツを物欲しげにじーっと見ている。
元就のアロハへの執着心を持て余した夏男は、「わかった、わかった。でも実際問題としてアロハは俺が着ている一枚しかないし、俺は自力で脱ぐことができないから、元就にプレゼントしてやることもできない。だろ?」と毎回諭す。
その度に、「おいら、そういう欲しいものはなかなか手に入らないっていう仕組みが好きなんだ」と元就は言い返す。夏男はそのぶちゃいくでユーモアのある元就の顔を見て少し笑う。確かに簡単に手に入るものを欲しいとは思わない。簡単に手に入るものは、簡単に失ってしまいそうだから。
でも、特にすることもなく、平穏で笑い合える日々なんて・・・そう長くは続かない。人生は、波乱に満ち、日常生活は混乱をきたすのが・・・・本当にあるべき歴史の姿。。。。
鎌倉山が夜の暗闇に包まれた丑三つ時、沈黙の音色を辺り一面に響かせながら、悪魔のいっくんが二匹の前に現れた。いっくんは二匹の前でメガネを外し、それを時間をかけてティッシュで丁寧に拭いた。そして、掛け直して、夏男と元就を見下ろしながら鋭く睨む。
「これはこれは、ぶちゃいくブラザーズの夏男さん、元就さん。ごきげんよう」
月光が夏男の存在にスポットライトを当てる。敢えて丁寧語でこちらに迫りくる悪魔の迫力に元就は震え上がり怖気づいた。夏男は、悪魔を睨み返す。いっくんは、学ランの内ポケットから神経質な素振りを隠そうともせず手帳を取り出し、スケジュールを確認した。そして、苛立ちながら喋り始めた。
「夏男、お前も友達ができたりして自分が人面犬であることに違和感を感じなくなっているな。お前を見世物にしたりする悪ふざけはちょっとやり過ぎた。スパルタ調教のつもりだったが効果は薄かったらしい。とりあえずお前に屈辱を味あわせ続けたことだけは申し訳なく思う。俺の可愛い飼い犬を躾けるためとはいえ。ただ、お前は俺が課しているミッションを何一つ遂行してはいない。100の生命を救い出す。そして、人間に戻るという使命がお前にあることを忘れてはいないだろうな。でなければ、俺は、鎌倉の街で大仏の手前、顔向けができなくなる。俺はあいつと男の約束をしたんだ。悪魔のようなガキを更生させて、立派な人間に育て戻すと。俺に恥をかかせんな。悪魔である俺の隠すべき良心は、お前の体の中に埋め込んでいるんだ。夏男、100の生命を救って、俺を満足させて欲しい。こんな墓場で友達ごっこなんかして油を売っているようじゃ困る」
夏男はいっくんの言葉を無言で聞きながら、真っ直ぐに悪魔の目を見ていた。いっくんは、夏男のその睨みっぷりに微笑み、「ちょっとはタフになったみたいだな。ただ、それくらい成長してもらわないと100の生命は救えない。スパルタも悪くなかったな」と冷たい声で夏男を誉めて頭を撫でた。夏男は、その手を振り払うように頭を振った。悪魔は、そんな夏男の素振りを見て、不気味に微笑んで、言葉を続けた。
「あまりのらりくらりやられたんじゃ困る。タイムリミットを設定したい。明日行われる鎌倉の花火大会。最後の花火が夜空から枯れた瞬間からちょうど一週間。そのタイムリミット内で100の生命を助けてもらおう。それができないようなら、夏男、お前は一生人面犬だ。いや、役に立たない飼い犬は処刑かな」
悪魔は一方的にそう言い放って闇に溶けていった。元就は脂汗をかきながら震えている。震える顎を支点として歯がガタガタと音を立ててぶつかる
「お、お、お・・・・・おおおいら、生まれて、はははは初めて悪魔を見たよ」と元就は渇いた口の奥に唾を探すような仕草をしながら言う。夏男は悪魔が消えていった闇を睨み続けた。そして震え続ける元就に語りかける。
「俺は人間だった頃、悪魔と呼ばれ続けていたから・・・悪魔を見ても今じゃたいしてビビらなくなった。初めは怖かったけど、自分が悪魔になっちまえば同じ。奴とは同じ血統だと思ってる」
夏男は、生きてきた自分の姿を思い出した。暴力で自分の弱さを否定して、触れるもの全てを破壊しながら生きていた頃・・・・。しかし、夏男の言葉に元就は、首を横に振った。
「夏男は悪魔なんかじゃない。おいらにはわかるんだ。心の奥底に澄んだ暖かさがある。でも、あいつの心の奥は真っ暗な闇だ。そしてその闇の中に、残酷な肉食獣が住んでいるのが・・・・おいらにはわかるんだ。あいつの心の奥にいる肉食獣は、腹をすかせて何でも食いちぎってしまうよ」
夏男は、元就の言葉に、少し引きつった笑いを浮かべた。元就の言っていることが夏男には痛すぎる程に理解できた。ただ、夏男は強がってみせた。元就の言葉に違った視点から反論してみる。
「その肉食獣はきっと誰の心の中にも住んでいる。きっとな。俺は、頭が悪いからよくわかんないけど。でも、自分の心の闇に潜むその得体の知れない怪物を恐れる気持ちが、悪魔となって人間の目の前に現れるんだと思う。だけど、本当は肉食獣なんていない。そこにあるのは、ただの闇だ。深くて冷たい闇。その闇を恐れた時に、悪魔が生まれる。たぶん、そんな気がする。あいつは、俺の心の闇だ。だから、俺にまとわりつき、俺の前に現れ続ける」
夏男は、あえて・・・・悪魔が消え去った闇に向けて言葉を投げつけた。中学三年生が考えられる言葉の塊じゃない。でも苦しみを与えられ続けて、それを乗越え続けてきた中学三年生。普通の中学生より1000倍くらいタフになっている。
15歳・・・生きていくために歯を食いしばり始めなければいけない年頃。幼いだけのガキではいられない。夏男は闇を睨みつけた。悪魔の余韻はそこから完全に消え去っていた。悪魔が消えたのを完全に確認できた後、元就は申し訳なさそうに夏男に訊く。
「夏男は人間だったのかい?だから人面犬なのかい?・・・・聞いてはいけないことなのかもしれないけれど・・・・」
元就は、緊張していた。夏男の命に内在するタブーを口にしてしまったのではないかと恐れた。でも、夏男は元就の言葉を受け入れて肯いた。夏男は、桜の木の下に腰を下ろし、全てを元就に話した。何一つ隠さず、生まれてから今までのことを正直に元就に語った。洗いざらい喋ってしまうと、夏男の心も洗われた。それを聞いて元就は泣いた。元就は、大声で泣いた。
「夏男、なんで・・・・。もっと楽に生きられそうなものなのに、馬鹿がつくくらい純粋なんだね。天使なのに悪魔と間違えられちまって。おいら、あんたのために命をかけて助太刀するよ。100の命を救うさ。一人で出来ないことも二人ならできるかもしれない。無理かもしれないけど、不可能かもしれないけど、おいら、そういう友情って仕組みが好きなんだ」と元就は真夏の夕立のような言葉を夏男の前に降らせた。。夏男は、自分のために泣いてくれる元就に、自然と微笑んで「ありがとう」と言った。
闇に消えていった悪魔の言葉・・・・花火大会という残響だけが夏男の鼓膜にピアスの穴を開けるかのように突き抜けていた。その余韻は自分を飾るジュエリーにはなりえない。根性試しの思春期の見栄で押しピンを耳たぶに突き刺した時のような痛々しい言葉が夏男の心に残る。夏男の耳たぶにも根性試しの跡はいくつか残ってる。今じゃ、どの穴も塞がっているが、悪魔の言葉が開けた鼓膜の穴は死ぬまで塞がらないように思える。
「元就、明日、一緒に花火大会に行かないか?」と、夏男はしばらく考え抜いた後つぶやいた。
「小さい頃、お母さんと行った思い出の花火大会?」と、元就が返す。
「そう・・・・」と遠い過去を振り返るようにして夏男は答えた。
「おいら、きっと夏男のお母さんも明日の花火大会に来るような気がする。再会する仕組みはそういう風にできているんだと思う。例え、人面犬に姿を変えられてしまった今、夏男がお母さんに会えないとしても・・・・100の命を救って、1週間後にはお母さんの下に帰らなきゃ駄目だと思う。そのためには夏男は、絶対に人間に戻らなきゃ」
夏男は、冷静に思い出に浸る。そして、元就は鼻息を荒くして武者震いをした。不思議と夏男に気負いはなかった。




