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After Surf ...  作者:
21/45

 死を待ちながら、吠えることすらできず二日が経った。そして、三日目の朝、夏男が閉じ込められた檻の前に悪魔のいっくんが立っていた。


「どうだい、夏バテは解消されたか?」


 いっくんの質問に夏男は答える術がない。ただ、空調の効き過ぎた場所で青ざめて震えていた。そんな夏男を見て、愛しそうにいっくんは、空調を消してやる。冷気が少しずつ温度を持つ。


 「この二日間、死という恐怖に直面して、少しは賢くなったかい?色々考えて悩んだろうさ」


 いっくんは、夏男の目を見ながら微笑み、質問を続けた。

 「生きたいか?」といっくんは、夏男に訊いた。

 夏男は口輪をされているせいで、何も答えられない。ただ、その質問には例え口輪をされていなくても答えられなかったかもしれない。

 「生きたいか?」・・・その質問は、空調を止めた筈の辺りの空気を再び凍りつかせた。死んでいった犬達の怨念がこもる檻の中、沈黙だけがあたりに響く。いっくんが、沈黙に自らの言葉を響かせる。


 「天使を連れてきてやったぜ」


 いっくんは、夏男に天使を紹介した。悪魔が夏男に紹介した天使は、イタリア製の白いダブルのスーツを身に纏っていた。リーゼントでパリパリに髪を固めたオールバックのヤクザの若頭だった。

 若頭は、夏男の醜い顔に同情の視線を注ぎ、「夏男、俺がお前を救ってやる。そして、大切に飼ってやる。俺達は家族だ」と小声で語りかけた。


 保健所職員が、ヤクザの若頭の脇に立っていて二人の対面を見守っていた。保健所職員の顔には精気がなかった。野良犬を捕まえ終わると、後は事務作業といった感じで割り切った対応を飼い主と名乗る男に対して取っていた。

 ヤクザの若頭は、保健所職員に「このアロハシャツを着た犬は、間違いなく私が飼っていた犬です。私が飼い主です。一週間前に、体を洗ってやろうと首輪を外した瞬間に逃げてしまって・・・・。探していました」と、しのぎを削って生きてきた演技力を持って語った。口輪をされた夏男は、その会話に何の反論も口槍も入れることはできない。若頭は夏男を愛おしそうな顔で見つめては、保健所職員に語りかける。


「私は、アロハシャツのコレクターでして、自分のかわいいペットにもアロハシャツを着せていたんですよ。いや、アロハシャツを着ている犬なんて珍しいので、保健所に捕まえてもらったらすぐにわかるだろうと思っていたんですが、本当に見つかってよかった。この子は・・・・」


 演技が長く続きそうだったので、保健所職員は嫌な顔を隠そうともせずに「本当にあなたの犬だと証明できるものはありますか?」と聞いた。そして、若頭は保健所職員に、「これは、私の可愛いペットを見つけてくれたささやかな気持ちです」と金一封を渡した。

 保健所職員は、それを慣れた手つきでポケットに入れて、「確かにあなたが保護者のようですね。これからは犬が逃げないようにしっかりとしてくださいよ」と無表情で飼い主に注意を促した。

 白いスーツを着こなす若頭は、表情に黒い愛想笑いを浮かべて職員の言葉に答える、「ええ、逃がしませんよ、二度とね」と。

 いっくんは、微笑みながら見慣れた裏取引の証人として、視線を握手する二人に向ける。夏男は、相変わらず口輪をされたまま何も言えずにいた。


 「夏男、良かったな。これで、しばらくは死ななくてすむぞ」と、いっくんは、夏男に向かって微笑んだ。

 夏男は、まだしばらく生きることに少し恐怖を感じた。

 いっそ、死んでしまえば・・・・楽になれるかもしれない・・・・と自殺願望のある中学生の心境を心に浮かべた。生きれば生きるほど苦しみばかりが募っていく。しかし、そんなことを思っている間に、夏男は檻から引きずり出された。乱暴に扱われる夏男の心と体に傷がまた増えた。



夏男はヤクザの若頭と悪魔のいっくんに連れられ、黒塗りのトヨタ・センチュリーのトランクに詰め込まれた。夏男は、保健所所有の口輪を外された後、直ぐに暴力団所有の口輪をはめられた。更にひどいことに、夏男はヤクザの若い運転手の慣れた手つきで体中をロープで締め上げられた。SMプレイでゆう亀甲縛り・・・・夏男は、全く身動きが取れないようになった。

 完全に誘拐であり、拉致だった。ただ、どこにいても夏男の言葉を誰も聞こうとしないことだけは同じだった。だから、もう・・・口輪なんてなくても一言の言葉すら喋ろうとも思わなかった。無視される続ける言葉は、どうあがいたところで意味の持ちようがない・・・・・。


 車内では、若頭といっくんが後部座席でビジネスの商談をする。組の若い衆がハンドルを握り、助手席にはスーツの下に銃を二丁隠し持つボーディーガードの組員が辺りを注視している。


 「夏男は金になる」と若頭が言うと、いっくんは、「ああ」と頷いた。


 いっくんは、学ランの内ポケットからスケジュール帳を取り出した。そこには夏男の調教スケジュールが記され、由比ガ浜の海の家を脱走するところで、終了になっていた。

 その後は、「ある程度タフになったら、その後は、とにかく人面犬の醜さと汚さを侮辱し、挑発し、罵倒し、感情をあおりながら孤独を弄び人間に戻りたいと強く思わせる。そしてチキンを収穫する」と悪魔的戦略計画が組まれていた。


いっくんは、車の中に準備されていた葉巻を一本口にくわえた。

 若頭は、いっくんのくわえた葉巻に火を点ける。そして、いっくんは、葉巻から煙を思い切り吸い込み、横柄な態度で豪快に吐き出した。そして、車窓越しの流れる景色に海を見た。


 「なぜ夏になると人は海に集まるのか?暑さを逃れて涼を取る・・・本当だろうか?真夏の鎌倉由比ガ浜、焼けるような太陽の下、凍えるような孤独を背負った人間達が、一瞬でも我を忘れたくて・・・・忘れたまま新たな自分を探そうと集まってくるように俺には思える。そう、青空の下の解放感の中、自分に欠落しているものを埋め合わせられる何かを求めて海にやってくる。この島国は病んでるからな・・・。いや、この地球上の文明全てが病んでいるといえるのか。

 悪魔の仕業だけじゃなく、文明を発展させてゆく過程で自ら破滅へと向かって歩き出しているのが人間という存在だ。そんな人間達に夏男の姿を見せてやれば儲かるさ。人間は、人面犬の哀れな姿を目にした時、自分の恵まれた人生を再認識して安心する。終っているのは、自分達だけじゃないんだと・・・・。

 お前さんのところでやってる海の家で夏男を見世物にすれば金は掃いて捨てる程稼げる。金を出して優越感を買う人間は腐る程いるからな」と、いっくんは大物政治家にでもなったような素振りで黒塗り車の中で分かりきったようなことを神妙に語ってみたりした。

 若頭も葉巻をくわえて火を点け、悪魔の言葉に頷いた。

 悪魔のエリート街道を登っている学生の言葉には斬新な説得力がある。若頭は、吸った煙を吐き出す。後部座席は、煙だらけで、モヤがかかる。


 「俺は、悪魔が尊ぶ性悪説を信じるぜ。人間なんて人の痛みを笑う生き物よ。そして、そういう商売が一番金になるんだ。ところで、夏男の顔も体も傷だらけのアザだらけ。あれじゃ見世物にならないんだが・・・・・治してくれるよな?」と若頭はいっくんに問いかける。


 「もちろん」と、いっくんは吸いかけの葉巻を灰皿に置いて、悪魔の呪いの文句を唱え始めた。すると、車のトランクに閉じ込められた夏男の体の凸凹は平らになり、傷はふさがっていった。

 「死者を蘇らせる黒魔術の原理を応用すれば、あのくらいの傷やアザは直ぐに治せる」と、いっくんは余裕で言う。

 死者を蘇らせる魔術は、悪魔高校生の誰もが使える訳ではない。超有名悪魔大学の入試試験にしか出てこない超難解な数式「生と死の相関関係の証明式」を深く理解しているものにしか使えない。


 「前金の100万だ。この封筒の中に入っている。あと、お前に頼まれた小田原の鶏だが・・・あの養鶏場だけはどうにもならない。人がいる気配がしないんだ。だから、誰と交渉していいのかもわからない。なんだかお化け屋敷みたいに不気味で、組員も近寄りたがらない。すまないが、それに関しては協力できない。調べにいった組員の話だと、養鶏場というよりは廃工場みたいな場所で、地元じゃ心霊スポットの一種に考えられているらしい。朝ではなく夜に鶏の鳴き声が聞こえると・・・」


 「ああ、それはこっちでなんとかする。あと、契約条項にもう一つ加えて欲しい項目がある」


 「なんだ?」


 「お前さんのとこの海の家で唐揚げを好きなだけ食わせてくれ」


 「ふっ、どうして悪魔ってのはこうもチキンの唐揚げが好きなんだ。呆れるくらいチキンに執着する。ま、それくらいお安い御用だ。好きなだけ食うといい」

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