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After Surf ...  作者:
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悪魔に人面犬にされてしまった中学生花成夏男の青春

炎天下の夏空に喘ぎながら、大きな額に汗を滲ませ、鎌倉の大仏様が苦しげにため息をつく。苦悩で濁ったため息は、なまぬるく湿気だらけのじめじめした空気となって夏の空に溶けていく。そして、蜃気楼のようにもやもやと揺らめいた。涼しさを求めてもどこにも見当たらない。ため息を溶かしただるい熱気が大仏様の額に滲んだ汗の玉を頬へと押し流す。近くにある夏は蒸し暑くて苦しいだけ。遠い目で遥か彼方に浮ぶ夏の青空を見れば、そこは涼しくて気持ちよさそうな完璧な空間に思えた。そんな遠くの澄んだ夏の大空を見ては、大仏様は愚痴のひとつでもこぼしたくなる憂鬱な気分になる。世界の果ての青い空があまりにまぶしすぎて、今の自分の置かれた境遇が対象的に暗くどんより淀んでいるように思える。

鎌倉の山々は艶やかな緑に覆われ、蝉が短い生命を主張するかのように大声で鳴いている。街に溢れた緑に相模湾から流れ込んでくる澄んだ空気が映える。でも、そんな夏の美しさに彩られた下界の影で、悪魔達が好き勝手悪事を働く現状に、鎌倉の大仏様は嘆かずにはいられない。

「はぁー・・ひぃー・・ふぅー・・へぇー・・ほぉー・・・」

色んな弱気なため息が、髪型をコワモテのパンチパーマにセットした大仏様の口元から力なく零れ落ちる。「あの頃は・・・・はぁ・・・・」なんてため息混じりの独り言で昔を思い出したりもする。そして、次に口から零れる言葉はフラストレーションの原因である部下への叱責。苛立ちと怒りが入り混じった言葉の塊が喉ちんこを揺らす、「できそこないの坊主達め・・・」と。

鎌倉の大仏様は、頼りにならない坊主達にストレスを溜め込み欝気味。仏の鬱を見てくれる精神病院が天竺にあると聞くが、さすがに大仏のプライドにかけて通う訳には行かない。思い込めば血圧があがり、鼻息が荒くなる。


ああ、悪魔達が、日本列島の隅々まで道徳と正義に外れた悪事をばら撒く。


そんな悪が蔓延する現代社会において坊主達には根性も正義感もなく、悪魔を退治するどころか逆に悪魔に脅されてすぐに泣いてしまう。何もかもが神(仏)頼み。もしくは、金頼み。ちょっとしんどい状況を生き抜かなければいけなくなると、すぐに「大仏様ー」とパンチパーマの仏に泣きついてくる。そんな坊主達に限って肝心なことを何一つ勉強せず、泣き寝入りのテクニックばかりを覚える。そして、仏の救いが得られなければ、「けっ、仏の慈悲なんてそんなもんかよ。泣きついて損したぜ」と陰で吠える。本来の坊主の仕事の一つである悪魔退治など、マジメにやるものもいない。むしろ、進んで悪魔と遊ぶ坊主の多さに唖然とする。

「おえぇぇ・・・・っぷ」と、大仏様の喉仏あたりまで胃酸が逆流してくる。

疲れが溜まり、鎌倉の大仏様の慈悲ある大きな心が日に日にしぼんでいく。そんな大仏様は、時々、ふとした瞬間に視線が定まらなくなり涙目になる。そして、同時に呼吸が荒くなって、手が震えて、表情が消え失せた顔は薄く青ざめる。疲れを取ろうと眠ろうとするが眠れない。目の前にある自然は美しく、その夏空に飛んでいった筈の大きな風船が空に浮びきれずに空気が抜けていって力なく地面に落ちていくような嘆きが鎌倉に漂っていた。鎌倉の大仏様は現状を憂い、ストレスに犯され、胃腸が切り切り舞いで、もーいい加減、どこかに引きこもりたくなっていた。「鎌倉から引っ越そうかなぁー」とすら思っていた。そして、また会議の内容を思い出し、胃酸が喉元まで逆流してくる。

「うぉぉおおおおえぇぇ・・・・・ぷ」

大仏様は、とっさにお腹に手を当てる。退治するきっかけすら掴めずに、無数の悪魔を野放しにしてしまっている現状に、鎌倉に住む他の仏様やら、観音様達がうるさくて仕方がない。

「鎌倉を代表する大仏であるあなたは、この状況を一体どのようにして対処されるつもりか?」と円覚寺の仏さんには一方的に管理能力を罵倒される。

「あなたは、鎌倉仏委員会の委員長としての自覚があるのですか!」と長谷寺の観音様には怒られる。

「いや、その・・・・」と返すのが精一杯の大仏様。

そんな議論を聞き流しながら極楽寺の仏様は、「ザッ・湘南ビキニズ」という雑誌をペラペラとめくり、ギャル達の水着姿を熱心に見ては、「ま、時代が時代ですから」と投げやりに大仏様をかばった。「一概に鎌倉の大仏様を責めるのもねぇ。悪魔が力をつけてきてるのも事実ですから・・・」と「ザッ・湘南ビキニズ」の紐パン・紐ブラコーナーを食い入るように見つめながら、アジサイの匂いのする香水をつけた色男の極楽寺の仏様は、妥当な現状認識を仏委員会のメンバーに語った。会議に参加している仏の中には、いびきをかいて眠りこけているものもいた。議事進行も何もかもが滅茶苦茶だった。

「滅茶苦茶ですな」と、長谷寺の観音様が会議の緩みきった空気を感じて、呆れるようにしてキレた。続いて、「委員長の統率能力のなさ、リーダーシップのなさを如実に物語りつつ、更にカリスマ性の欠如をありありと証明していますな、この仏委員会の有様は」と、円覚寺の仏さんは、苛立ちを隠そうともせずに付け加えた。鎌倉の大仏様は、冷汗をかくばかりで何も言えなかった。そんな混沌とした重たい空気を嫌がるように、「まあまあ・・・皆さん、そんなにイライラしなくてもねぇ」と、極楽寺の色男が、雑誌のグラビアページの水着ギャル達の大きな乳房の谷間を凝視しながら語る。委員会の端っこで携帯電話で話す声が聞こえる中、極楽寺の仏様は、もう一度「時代が時代ですから」と、雑誌の紙面にたわわに実ったみずみずしい果実のような柔らかい乳房にピンク色のぽっちを探しながら、興味ここにあらずといった風に鎌倉の大仏様を擁護した。


「ふぉぉぉぇええっぷ・・・・・」

吐き出せず飲み込み返した胃酸が、弱っている胃を更に刺激する。胃に穴が開くのも時間の問題。そして、ストレスを飲み込んだ後に出てくるのは、力のないため息だけ。昔みたいに根性のある坊主がいた頃には、こんな悩みもなかったのに・・・・。悪魔退治なんて朝飯前に坊主達が片付けておく、寺の廊下の朝の雑巾がけみたいなもんだったのに・・・・。

「時代ってのは変わってくもんだなぁー」と大仏様はしみじみと時の流れを感じる。

鶴岡八幡宮で開かれた鎌倉仏委員会からの帰り道、大仏様は一人力なく時代の有り様を嘆いた。



インテリの眼鏡に曇りはない。駆け心地に一ミリのズレもない。高学歴のエリートがこの世界を牛耳る。そう、非常に優秀な悪魔が多い。そして、そいつらが悪さをするのだから、もうどうにも止まらない。うらら、うらら、うらうらよ・・・・♪と悪事がリズムに乗りながら街中で細胞分裂を繰り返す。一つの悪が二つになり、二つの悪が四つになる。テレビをつければ悪の所業が速報で流れ、新聞を広げれば人道を外した所業が文字となり、ネットにつなげばそこには人間のドロドロした欲望を正当化するウィルスが蔓延している。悪魔の営業時間は、二十四時間三百六十五日。そんな働きもので優秀な悪魔達は、効率よく少人数で性悪説の正当性を堕落していく人間達に熱心に説き、悪魔教への信者を増やしていく。信者達はその悪の教えを伝染病のように社会の中で普及させる。悪魔は、憎しみを尊び、快楽を推奨し、裏切りを賛美する。利己主義の中で自分だけを哀れみ、自分だけを可愛がることの重要性を説き、エゴイズムに荘厳なる宗教性を飾りつけ、その美しさを傷つけようとする人間がいるのなら殺してもかまわないという都合のいい殺戮論を教え、そして自分の幸せだけを考えて堕落してゆく人間の姿を模範的信者とする。悪魔は、目を反らしたくなる現実をプロデュースして脚色してはニュースで放映し、高視聴率を稼ぎ出す。もちろん優秀でインテリな悪魔達は、ニュースになるくらいの悪事は当たり前。それくらいは平均点。覚せい剤保持で有名人逮捕。平均点以下。本当にできる悪魔は、自分の悪事を誰かに見せびらかしたりしない。いや、見せびらかすことができない。あまりに卑劣で残虐すぎて視聴者の心を粉々に砕いてしまうから、地上波に乗せて放送すらできない。そう・・・夢と言う名の幻覚を市中にばら撒き、人間を誘惑し惑わせる。夢は美しいと説き、夢の裏側にあるドロドロした甘さを食らおうとする獏達の存在は教えない。夢を追い、夢に砕かれる人の心は、腐っていく。腐っていく心を、できる悪魔は利用する。夢を与え、夢を否定し、目の前にある欲望に手を伸ばすことで夢に破れた心は救われると説く。そして、鶏をつぶすように、人間をつぶしていく。ドキュメンタリーにしたら、皆、吐き気を催す。もちろん、それだけじゃない。浅はかで淫らで自分ひとりの欲望を満たすだけの暴力を伴った性交を街に氾濫させ、清き心を持つ人を騙しては金を稼ぎ、人の痛みにつけ込むことを全面的に後押ししてうっすら笑ってる。そして、そんな悪魔に運命を弄ばれた人達は誰も信じられなくなっていく。そんな状況に悪魔達はたまらないエクスタシーを感じる。悲しいかな、悪魔の計算しつくされた悪戯には、現代におけるデリバティブやクオンツを駆使した高度な金融工学すら到底及ばない。欲望と金の需要と供給をマッチメークさせ続ける悪魔界の天才トレーダー達は、法律という概念に縛られずに自由におもしろおかしくこの世界を動かそうとする。


あああ・・・・快楽が勤勉に勝り、果てのない欲望を喰らえば刺激的なジャンクフードの味がする。善行を忘れた人の体には、ヘドロのような悪玉コレステロールが溜まり、醜く太っていく。悪魔に魅入られた人間達がどんどん堕落し、悪魔の食用の肉になっていく様を、悪魔達は、『チキンゾンビ化』と畜産学的に定義した。養鶏場には食用の鶏がいる。システマイズされた現代社会という鶏舎には、人間がいる。そして、その人間達は、必死に餌を食っては、卵を産み、そして肉になっていく。最近は、どうも卵の生産量が落ちているらしい。先の見えない真っ暗な未来と夢のない厳しいだけの現実の下で卵を産むことをためらう人間達も多い。悪魔の目から見れば、システムに組み込まれた人間って、生きているのか、死んでいるのかわからない。意志があるのか?ないのか?わかりづらい。目の前にある餌に飛びつくだけの思慮なき弱き家禽や家畜どもという意味も当てはまる。餌を食って、太っては食われるためだけに生きている存在。そういう解釈も悪魔辞書の中には存在する。悪魔の中でも人間という存在について解釈が多岐にわたるが、基本部分の共通理解はある。くだらなく、かつ、地球上には無用な存在。しかし、利用価値はある家禽であり家畜。そんな感じ。


悪魔の高笑いは夏の寝苦しい夜によく響く。そんな優秀な悪魔達の中でも、飛び抜けて成績のいい秀才悪魔が湘南・鎌倉地区で頭抜けた成績をあげている。月の裏側の太陽があたらない暗い場所に立つ悪魔第一高校の生徒で、その秀才悪魔の名前は「いっくん」と言う。いっくんは今年大学受験である。推薦狙いである。目指すは、悪魔超エリート達が集結する「悪魔大学」。

いっくんは、代々続く悪魔政治家の家系に生まれ、歴史の教科書に載る先祖を誇りに思っていた。そして、自分も先祖と同じ様に生きていくんだということに一かけらの疑問も持たなかった。だから、覚せい剤なんて偏差値の低いものをばら撒いたりはしない。甘い甘い夢と幻覚で人間、特に若者を誘惑し、徹底的に現実の厳しさを人の体に叩き込んで調教し飼いならす。そして、自分のペットを増やす。マジメに生きてたって意味ないじゃんと思い込む若者に性悪説の正当性を激しく説く。そのいっくんの熱意に現実に怯える人々は神を見るような目でいっくんを見る。いっくんの布教活動における生悪説の檀家の信者の数は10万を下らない(10万人越えの最年少記録を樹立)。その10万人に悪さをさせる。いっくんの得意科目は、家庭科・・・ではなく家庭崩壊。家庭を崩壊してやれば、そこで腐った子供達が簡単に悪魔になついてくる。だから、あらゆる手段をつくして実験的に狙った家庭を崩壊させてきた。そして、行き場を失った子供を飼いならしてやる。思いやるという動物が本来持つ温かさを徹底的に調教して失わせる。そう・・・そして血がつながった群れの中で憎しみだけがはじけ飛びそうな程に膨れ上がる状況を作り出す。

更に、天は二物を与えたのか・・・いっくんはセックスの達人であり、天才的官能的ないかせ上手。人間の弱みにつけ込む術は四十八手以上。人間の痛みに入れ込む体位は、100以上である。そして、快楽のGスポット擦らせりゃ、皆、潮噴いていっちゃう。いっくんの十八番は、正常位。みんな股広げて、激しく喘ぎながら、泣き崩れる甘美な快楽の泉の中で窒息するかのようにイク様は、若き天才芸術家の爆発した才能のようなもの。今までうまい男に恵まれず、いったことのない女の子は争うようにしていっくんのペニスを求めた。悪魔とファックしたがる人間の多さに大仏様は絶望する。いっくんは言う。

「ダイエットなんて気にしなくていい。健康や美貌なんてどーでもいいじゃん。俺は、ふくよかなお肉が好きだぜ」

その言葉に安心する女性達。そして、むさぼるようにいっくんが与えてくれる快楽に身をまかせる。快楽を餌に人間に不摂生を進めては太らせるいっくんは、食べ頃になるまで柔らかいホルモンと脂肪を含んだふくよかな肉を育てた後、皆殺しにして、その肉を調理して食ってしまう。搾り出すフレッシュな血は、おいしい赤ワインになる。軽く引き締まるくらいならいいが、過度のダイエットなんてされたら食べるところがない。旨いのは、霜が降っていて脂がのってるところ。それが悪魔が求める美味であり、快楽であるらしい。ああ、悪魔はグルメ・・・・。女子悪魔で成績優秀な子は、まったく同じことを人間の男どもに誘惑する。脂肪に膨らんだ男を頭から食らう。


家禽や家畜を絞めた後のいっくんは、キレイに手を消毒する。家禽や家畜の生臭さをいっくんは嫌った。潔癖主義、そんな性格のせいか秀才悪魔のいっくんには油断も隙もない。鎌倉仏委員会がつけ入る瞬間は皆無。退治することができず、いっくんに洗脳された悪がはびこっていく。そんな状況に、鎌倉の大仏様は嘆くばかりで成す術なしである。悪魔の高校の生徒達は、「次世代の悪魔の王になるのは代々悪魔政治家の家系のいっくんだろう」と噂する。そんないっくんに悪魔女子高生達は媚を売り、女王になるための誘惑を企むが、いっくんはあらゆる悪事の分野においていい成績を収めることにしか興味がない。悪魔政治家としての系譜を踏んだ家系でありながら、まだ一門の誰も悪魔の王になることができていない歴史がある。血が地上で最も崇高なる権力を欲している。その権力の前にはあらゆる全てが膝まづくといっくんはそう考える。そして悪魔の王は肖像画になれる。

「いずれ俺は、肖像画になり、永遠の命を手に入れるのだ」

これがいっくんの将来の夢だった。悪魔界において肖像画になるということは、歴史に名を残し、永遠に穢れなき名声を手にすることであるという大変名誉なことだった。



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