スタートボタン
シャッターの降りた店内
父と母が押し殺した声で
話している
折り返しの階段の途中に座り
僕は聞き耳を立てている
「俺が死んだら
その保険で借金を払え
そして子供とふたりで生きて行け」
父の声
母のすすり泣き
「これは前向きな死なんだ
無駄死にじゃない」
僕は身体が震えた
知らず涙が溢れる
12歳の僕に
涙の止め方は分からない
けれど
「死なないでっ!
前向きな死なんてないよっ!
みんなで死に物狂いで
頑張ろうっ!
僕も働くっ!
死ぬ気で働くからっ!」
僕は飛び出して
それだけの事を一気に
捲し立てた
「そうよ、あなた
死ぬ時は死ぬのよ
自分で死ぬことないわ
あたしもなんでもやるっ!
家族なんだもの」
母の決意の言葉
父が後ろを向く
肩が震えていた
そしてまた
撃鉄は落とされた
新しいスタートボタンが灯る
何度でも
なんどでも
*フィクションです。
2020年4月18日