にせものの日本人
私はにせものの日本人だ。
何をしても日本人らしくない。
中世ヨーロッパ風のドレスを着ても日本人はふつう日本人だ。ヨーロッパ人にはならない。
しかし私は誰がどう見てもマリー・アントワネットみたいになってしまう。ドレスを着る前はふつうの日本人なのに。なぜだ。
チャイナドレスに身を包んでも日本人はふつう日本人だ。本場の華人とは同じアジア人でもどこかが違う。
しかし私がチャイナドレスに身を包むと中国語がペラペラになる。普通話だろうが広東語だろうがビン南語だろうがなんでもだ。おまけに酔拳の達人になる。なんでだ。
それは私がにせものの日本人だからに他ならない。日本で産まれ、日本人の両親に育てられ、日本国の教育を受けてもまだ、わたしのはにせものなのだ。なんでだろう。
鏡を見た。そこに映ったのはふつうに顔ののっぺりとした、鼻の低い日本人だった。いや、騙されるな。自分に騙されるな。
「正体を現せ!」
私が疑う目を向けながら言うと、鏡の中の私が笑った。驚いて頬を触ると、確かに自分も笑っていた。なぜ笑う? なぜ、私は笑っている?
「お前は、お前だよ」
鏡の中の私が可笑しそうに言った。
「思い出せ、自分が何者なのかを」
唇を触ると、確かに自分の口が動いていた。
「そして、なぜ日本人に擬態しているのかを」
鏡の中で、自分の顔がスイカのように砕け散った。
それでも私はそんな自分の姿を映して見ていた。目はどこ行った? ものを考える脳もなくなったというのに? 手で自分の頭部を触ろうとしても何もない。空気をスカスカ触るだけだ。
床を見回すと自分の砕け散ったお肉と脳漿が真っ赤な海の中に散乱している。何これ? なんで? なんなんだろう……。
あっ、これ、夢だな。
夢オチだ。
ぽんと手を打ちながらそう思ったが目が覚めない。
仕方なく私はクローゼットを開けてコオロギの頭部みたいなヘルメットを取り出すと、首の先に装着した。
あー。
なじむ。
やっぱり私は宇宙人だもんな。
そのまま階下へ下りて行くと、父も母も私を見てみぬふりした。またにせものの日本人が見事に宇宙人に擬態してやがるとでも呆れているのだろう。
言っとくけど私、本物の宇宙人ですから。