閉じられた門
領へ近付き段々とハッキリ見えて来ると、何やら様子がおかしい。いつもは周囲には多くの商隊が並んでいるのに、今日は一人も居らず、夜でもないのに門も閉じられている。
そこでハッと気付く。それもその筈、忘れていたけれど、夜の方が宙空から姿を現された際のあの魔力量、距離はあるとは言え領城の精鋭の魔術師が一人も感知しないなどあり得ない。という事は恐らく領内はてんやわんやになっているんじゃないだろうか。
そうこうしている内にどんどん高度が下がり、特にこれと言った衝撃もなく僕らを乗せた金色の敷物が、地表へ降りた。門までの距離が少しあるのは、様子見だろうか。
「門がしまっているな。・・・ここは常からこうなのか?」
「いえ、普段は日がある内は開けております。恐らくですがあの、・・・コホン。主様がお姿を現された際の魔力を感知したのだと思います」
え?フィリッポス?
「は?・・・ちょっと待ちなさい。魔力の話は一先ず置いておく。おかしいだろう。何故突然主などと言い出す。話の流れからして私の事だろう?」
そうですよね!? フィリッポスずるい! じゃなくて! 僕達が御仕えする事は出来ない筈だろう! 次期の立場はどうするつもり!?
「はい。私共は未だ受けた恩の対価を未払いの状態です。ですのでお側につけないとは言え、払い終えるまでは主様の指示に従って探し物をするのですから、配下同然ではないかと思いまして」
フィリッポス、なんか思考がいっちゃってない? と、思いつつ、半年先の報告の機会まで、ずっとお二人にお会いできないのも寂しいと思っていた。それは良い案かも知れない。僕も便乗しておこう。
「私も同じ気持ちです。対価を払い終えていないので、その間何かお役に立ちたく存じます」
「やめなさい。どうしてそんな事になる。それから先程も思ったが、まずその様なものの言い方は良くない。どの様な要求をされるか明確ではない事柄に了承などするな」
そのような案じてくださる様な事を注意されると、益々取り下げる気が無くなるのですが。
「次からそう致します」
「ではなくてだな、お前達はそれなりの立場があると言っていただろう。部下はどうする。今の主に何と申し開きするつもりだ。その場の勢いで主を定めるなど、してはならんだろうが」
「確かに私達は其々次期族長として選ばれました。同時に次期領主候補でもあります。ですが、命を救っていただいた恩を忘れては、それこそ、その立場に相応しくないかと」
「だが、一人の命と引き換えに子供二人を配下にしたとなっては、」
「子供ではありません!成人こそ未だしておりませんが、一族の仕事は一人前として任されています!」
「それとこれとは」
「ふふ、うふふ。お可愛らしいこと。私、この光景何度か見た事がありましてよ。お兄様。ふふ」
耳に心地よい涼やかな笑い声が聞こえそちらへ顔を向けると、美しい夕日色のカーテンのような扉(?)の向こうから女神様が話されていた。御車から零れ落ちる衣の裾に艶やかな黒い素材、そこに施された装飾も相まって、キラキラと神々しかった。
今更ながら、この御車の黒光る基礎は一体何の素材なのだろうか。それに白く虹色に輝く素材も、高価であろう事は分かるのに、金の装飾も華美ではなく品があり本当に美しい。金はともかく、僕が見た事のない素材という事は、恐らく普通に出回っている宝石では無い。価値など考えるだに恐ろしい。
其処にいらっしゃると分かっていて見えない高貴な方と言うのは、この様に尊く感じるものなのだろうか。カーテンを上げてみたい気にかられるけれど、まぁ、そんな恐ろしい事絶対に出来ない。それに何だか女神様からは、こう言っては難だけれど夜の方よりも一層神聖な空気が流れているような気がする。近くに居らっしゃると言うだけで、空気感が心地良いのは確かだ。神とは皆この様なのだろうか。
「どう言う事だ?」
夜の方の声にハッと意識を戻す。そうだった。話されているのに意識を他所にやるなど不敬過ぎるだろう、僕のばか!
「あら、こちらに来てしまう前の話でしてよ。彼方でも若い頃には似た様な方が増えていらしたじゃない。親衛隊、でしたかしら」
若い頃? あ、神は見た目と年はあまり関係ないのだったっけ。親衛隊って確か、古代の人々が国家とか言う形態を作って生きていた頃に、偉い人を護ってた騎士団みたいな人達じゃなかったっけ?てことはやっぱ高位の神様だったんだ!!!
まぁ、だよねって感じだけども。人に慕われそうな方だものな。けれど、なぜその信仰を置いてまで土地を離れ・・・、いけない。詮索など、下品な。
「変な事を言うのはやめなさい。ただの友人だ友人。人聞きの悪い」
「なるほど。この様なことが過去にもお有りになったと。で、あれば尚の事、私共だけ否定されるのは納得いきません」
だよね! フィリッポス、頑張れ! その調子で粘って! 他力本願でごめん!
「いや、そもそも情報が手に入った時点で対価は釣り合うのだぞ。過剰に受け取れば大なり小なり災厄にあうだろうが。その様な事御免被る」
「それなら対価に都度報酬を別でお渡しになったら?この土地の事はよく知らないのですし、滞在する間だけでも伝があった方が宜しいのではなくて?」
「・・・」
「誠心誠意お仕え致します!」
「右に同じく!」
「はぁ・・・、分かった分かった。では対価の対象以外に用があれば都度報酬を与える事としよう。もちろん用があって呼び出した時以外は今まで通りの生活をする様に。呼び出しをしないまま私達が旅立つ事もあるからな」
「「はい!」」
残念。呼び出された時だけかぁ。まぁ一族の仕事もあるから仕方ないかな。
「クク、返事だけは無駄にいいな」
呆れた様な微笑み?に呆然としてしまった。顔が良いってすごい。こう言っては不敬かも知れないけれど、意地悪そうな、神様っぽくない表情の破壊力。
横をそっと伺ってもフィリッポスは変わらずのようだ。さすが。
「して、門はどうする?無理矢理開けるのは本意ではないのだが。魔力の感知がどうとか言っていたな」
「はい。主様が姿をお現しになった際の魔力量が途轍も無く大きなものでしたので、領城内でも感知した筈です。恐らく名も無き神かもしれないと警戒しているのかと」
先程も見た片眉を少し上げる仕草。人っぽい表情にソワソワした心地になる。じゃなくて。何か気にされる事があっただろうか。
「名も無き神とはなんだ?」
「え!?」
神が名も無き神を知らないなんて有り得るの? どう言う事? フィリッポスも驚いているみたい。
「・・・ああ、私達の呼び名とこちらでの呼び名では違うのかも知れないな。擦り合わせたいから、どんなものか具体的に教えて欲しい」
「なるほど、言われてみればそう言う事柄も多そうですね」
それはそう。神々の常識が僕達と同じだと何故思い込んでいたのか。驚いたけれど納得だ。ついフィリッポスと顔を見合わせ小さく頷く。
「えっと、あの、こちらで言う名も無き神とは、魔素が凝って発生した、物質に宿っていない状態の存在です。今の所、僕達人類種が把握出来ている事は少ないのですが、一応意思の片鱗はあるもののどちらかと言うと現象、というかそれに近い存在、と言われています。存在を安定させる為に魔力を有する物体に憑く事が多いのですが、物に憑かないまま、信仰を得たり同族を取り込んだりして存在が強くなってくると、意志がはっきりしてくる様なのです。が、そうなってくると少々、その、相容れない事が出てきたりしまして・・・」
「相容れないとは?」
「主様のお言葉を借りますと、その、対価が釣り合わないと言いますか、望んでいない事をされてしまう事が多いそうなんです」
「その言い方からすると、お前達は出会った事は無いのか」
「はい。御座いません」
「私もありませんね」
「けれど、故郷には出会した経験がある者がいると言う事だな」
「はい。お、私も」
「別に無理に畏まる必要はないぞ。普段通りの一人称で話すといい」
「ありがとう存じます! それでですね、俺も祖父に昔語りで聞かされました。皆そうやって幼き頃から、いざという時に被害が最小限になるよう聞かされるのです。本などに残すのは、あー、その、内容的に、万一名も無き神々の目に触れれば怒りを買うとして、口伝ばかりですが」
「なるほど。自身について注意喚起ばかり記載してあるとなれば、理性の無い存在なら危険ではあるな。お前達の祖先は中々賢い」
「有難う存じます」
「それで? 名も無き神とやら程度なら門を閉じれば入れないと言う事か」
「そうです。全てがそうなのかは未だ不明なのですが、どうやら招かれないと入れない性質らしい、と言われております。それは何も結界門でなくとも、民の家々の何の変哲もない扉でもそうらしいのです」
「なるほど。そっちか。」
夜の方は、そこで一旦言葉をお切りになられた。装飾の棒を手持ち無沙汰に掌に軽く打ち付けながら、何かお考えのよう。
ふと、僕とフィリッポスに視線をやると、口をひらかれる。
「私達の方では、妖精、とか妖怪と呼ばれる存在が近いかも知れないな。実際会ってみなければ分からないが。まぁいい。そんなモノが居るなら面倒な事になる前に、お前達にも何か対策をせねばならないな。考えておくとしよう」
「あ、あの、対策とは、何をすれば良いのでしょうか。皆目見当もつかないのですが」
「するのは私だ。お前達は普段通りで良い。」
「有り難く存じますが、その、対価はどうすれば・・・」
「それも一緒に考えておく。お前達から無駄に搾取するつもりなど無いから心配するな」
「その様な事心配しておりません! あわわ、その、す、申し訳ございません・・・」
やっちゃった! だって心外だったんだもん。大きな声だしてごめんなさい。
「ふは、それは悪かったな」
「お兄様。その辺で。あまり意地悪しないで下さいませ」
「はいはい。まぁなんだ、一先ずお前達は気にするな」
「ありがとう存じます!」
「はい」
フィリッポスを横目で見ると目が合い、フィリッポスの意を汲み夜の方に申し出る。
「それでは門を開けさせますので少しお待ちいただけますか」
「ああ、任せる」
「はい!」
やっと役に立てる!腰のベルトにさしていた細瓶から魔力結晶を取り出し、そばへ控えていたイーリオとジュリオに手渡しながら言付ける。
「これで強制的に門を開けてきて。登録抹消されてない限り僕の魔力紋でも開くはずだから。開けた後何か言ってくる様なら、僕とフィリッポスの恩人だと伝えて。それでもうるさいのは無視していいよ。開けたらそのままお祖父様と領主様へ、これを渡しに行ってほしい。これフィリッポスの書いた書状ね」
「「御意」」
「よろしくね」
僕が返事をすると同時に二人は飛び出し、あっという間に門の近くへ行っていた。騎士の身体能力どうなってるのさ?
何故こんな事に? なんだか変な流れになってしまった。私の事をあんなに震える程怖がっていたくせに、懐くの早すぎないか? 命を救ったとは言え対価ありきだったと言うのに。
まぁでもチビの方は何処となーく、みーちゃんに似てる気がしてつい甘くなってしまったかも。何処がと問われると困るのだけど。雰囲気?
にしてもやっぱり子供って訳わかんないな。同僚の子に会った時も、目が合えば泣くくせに、何故か寄ってくる奇行に困惑したし。・・・まぁ何はともあれ、呼び出さなければ良いだけの事。万が一伝が必要な時に、使えるに越した事はない。




